741.後始末
「一応シュバシュバッと叩きのめした後は、稜真のお菓子で餌付けもしたんだよ?」
「餌付け…ね」
自分の料理に餌付け効果があるのか疑問だが、ルクレーシアがその手のおかしな称号を付けている予感がする。ならば、自分とアリアに不都合な行動はしないと信じたい。
学園に通う前まで、稜真はアリアの異常さを知られて王家に取り込まれる心配をしていたが、その心配はしなくていいような気がする。エドウィンは稜真に好意的だし、王妃様が妖精種の蜜蜂印の蜂蜜の信奉者になっているからだ。
蜂蜜を守る為なら、アリアに無理強いはしないだろう。国王、王妃、王太子、第2王子に会って人柄を見たから余計にそう感じる。
王家は大丈夫でも、他の貴族に関しては分からないから気は抜けないが。
ミッキーがアリアの下僕になった事にはモヤモヤするが、味方になったのは心強い…だろうか? 稜真の精神衛生上、そして瑠璃やマーシャの教育上よろしくないので、距離は保ちたいと思う。
モヤモヤの解消には、もふもふ&もちもちが1番である。
稜真の前に並ぶ従魔達を順番に愛でていると、モヤモヤが晴れ、ついでに今日までのストレスもとけていく。
「……あの~。稜真、そ…そろそろゆるして欲しいなぁ…なんて」
モヤモヤの元凶が何か言っている。
アリアの尋問は、森の人目のつかない場所まで移動させてから行った。当然正座をさせているので、足の痺れが限界なのだろう。
「さて…どうしようか…」
帰るまでにやらねばならない事は多いのだ。稜真は、仰向けになって腹を出しているきさらを撫でる手を止めない。一緒にいられる時間が短いきさらが優先されるのを、他の子は誰も嫉妬しない。賢い従魔達である。
(私も撫でて欲しいなぁ…。無理だって分かってるけどね! ──思ってた以上にミッキーが強かったから、ついやり過ぎちゃったんだよね。……うん、反省した!)
「思いっきり反省したんだからゆるして下さい!!」
「仕方ないな」
ゆるしてやる、と言いかけた稜真の頭上を影が差した。影の正体は黒いグリフォンだ。
背にまたがったシュリが、「リョウマ、我は帰らねばならんのじゃ! ではな!!」と言うと、きさらの父は猛スピードで飛び去っていった。
「なんであんなに急いでるんだろ?」
「…ちっ」
「稜真が舌打ちなんて珍しいねぇ」
ゆるして貰えたと思ったアリアはよろよろと立ち上がったのだが、稜真に肩を押さえられてしまった。
「ふぇ?」
恐る恐る稜真を見上げれば、暗い目をしてククククッと笑っているではないか。不穏な空気に従魔達がそそくさと離れて行くが、肩を掴まれているアリアは逃げられないし、そもそも足が痺れていてその場から動けない。
「リリンの事を黙っていただけでなく、屋敷に滞在して堂々と観察してくれてからに…。お客がいなくなってから存分に話をしようと思っていたら…帰っただと?」
(な~んだ。怒りの矛先はシュリかぁ。……だったらなんで私は押さえられてるの?)
「お嬢様にはあらぬ妄想について、きっちりお話しなくてはと思っていたのです。良い機会ですから、きっちりとお話をいたしましょうか」
「ええええええっ!?」
(あらぬ妄想って、どれ!? 水遊びの分は夜にお仕置きされてるし、エドウィン様の看病イベントはのぞいてないからセーフな筈! ドアに張り付いて歌を聴いたのは私だけじゃないもん! エドウィン様と調査に出かけた時、こっそり後をつけたのがバレた? ──他になんかあったっけ!? うわ~ん! 無意識にやらかしたかも知れないけど! そんなのはいつもの事なのに~~っ!!!)
ドラゴンの本能で逃げたシュリのとばっちりを受け、アリアの正座&お説教時間は大幅に伸びたのだった。
お客様一行が出立して寝込んでしまったクラウディアは、夫の手厚い看護で徐々に回復しているので、アリアは心置きなく規制報告の顔出しに出発できた。──と言うか、両親のいちゃいちゃっぷりに辟易して、早々に出発した。
あちこち顔出ししてお土産を配り、近況を聞き、マクドナフでアリサの母にちょこぬいぐるみを発注した。すっかりぬいぐるみ職人と化したアリサの母は、ちょこの毛質の再現にもこだわりを見せた。
完成次第、王都へ送ると約束してくれた。きっと愛らしいぬいぐるみが出来上がるだろう。
最後に向かったのはドラゴニアだ。
自分がモデルの聖女像には思うところがありまくる稜真だが、ハンネスが手がけたグリフォン像を見たい気持ちの方が大きかった。
精霊に道に入ってすぐ、「リョウマさん!」と声がかかる。声の主はがたいの大きな冒険者だが、見た記憶がない。
「マクドナフにいた稜真好きかな?」と、アリアが首をかしげる。
「ご利益がありました!! ありがとうございます!!」
そう言って稜真を拝んでから去って行ったのだ。
「…御利益って何だ?」
「もしかして、あれじゃない?」
アリアが視線を向ける先にあるのは精霊像の祠だ。
祠の精霊像を拝んだら毛が生えるという噂が広まった辺りで、アリアが「稜真がモデルになったの?」と口走り、そこから稜真を拝んだ方が効果があるというデマが広まってしまった。
王都にいる稜真に会う機会などないから、毛が薄い者は祠の精霊像にすがるしかなかった。
そうしてどこで噂がねじ曲がったのか、精霊像のモデルは稜真である→毛が生えたのは稜真のお陰となったらしい。
面白がった精霊が、稜真を思って祈る者の毛を優先して生やしたせいでもある。
こちらに気づいた者が、精霊像ではなく稜真に対して祈る様子を見せたので、あわててその場を離れた。
「こんな事なら空から行けば良かったな…」
ジリジリ照りつける太陽の下を進むより、洞窟の方が涼し気だと思ったのが間違いだった。
定着してしまった噂が消える事はあるのだろうか。精霊像の効果だけが広まり、自分の部分が消える事を願う稜真であった。
『しゃいんくりすたーる。らぶりーちぇんじー』
そらはひよこ色に変身。全員認識阻害装備をつけ、稜真はノワール装備に着替えた。ももとさちは稜真のロングコート下に隠れた。
それからは問題なく精霊の道を通り抜け、ドラゴニアに着いた。
全身黒づくめの上に、フードで顔を隠している稜真は目立つ。ロングコートに付いている効果で暑くはないが見るからに暑苦しいので、少しでも軽減できるかと袖まくりをしてみた。
ドラゴニアで声をかけられることはないと思った稜真は、モニュメントの前でフリーズした。
モニュメントの前には、膝をついて祈りを捧げる人々がいたからだ。精霊像に祈りを捧げるなら分かるが、どうしてモニュメントに祈りを捧げているのか訳が分からない。
「……なんだこれは」
ノワールの演技中の稜真は通常より低い声を意識していたが、意識しなくとも低い声が出る。
初めてドラゴニアにやって来た冒険者も同じ疑問を持ったようだ。
「なあ、おい。どうして像に祈ってたんだ?」
「ん? お前新入りか?」
質問された冒険者はうれしそうに語る。
「聖女様のご加護があるんだよ。祈った日は怪我をしなかったり、収穫が多かったりするんだぜ!」
その上、反対に祈らなかった日は怪我が相次いだり、収穫が少なかったりしたと語る。パーティーによっては、仲間内で仲たがいもしたのだと。偶然にしても、それが一組だけではなかった事から、かえって真剣に祈る者が増えてしまった。
冒険者は験を担ぐ者が多い事から、祈りが定着したのだ。──朝夕に神殿の巫女が祈りを捧げているのも原因だろう。
「まっさか稜真の女装がこんな形で見られるとは思わなかったわ〜」
「違うだろう!?」
もっと突っ込みたいが、騒げば注目を浴びてしまう。
像は素晴らしい出来だ。きさらは言うまでもなく、他の子達をグリフォンにするとは。ハンネスのアイデアに感じ入った。──が、何故自分をモデルに聖女像を彫るのか。
そのものずばり間違っていないだけに、なんと言っていいのか分からない。
祈りを捧げる人々を見ないようにして、稜真は聖女とグリフォン像を鑑賞した。自分がモデルだという現実を追い払って眺めれば、素晴らしいモニュメントである。いつまでも見ていたかったが、祈りを捧げている人々の存在が気になってならない。
神殿から見覚えのある巫女が出てくるのが見え、稜真は慌てて冒険者ギルドに向かう。厩に預けたきさらの付き合いで、そらとちょこも残る。ももとさちは稜真のコート下に隠れたままで、稜真とアリアはギルドに入った。
Aランク冒険者ノワールの名を出して、ギルド長室に案内してもらう。
「Aランク冒険者ノワールの名はここにも聞こえているが、何のようだ?」
ギルド長の貫禄が出て来たサイラスは怪訝な顔だ。福ギルド長のニコルもいて、こちらを警戒している。まずアリアが認識阻害ブレスレットを外すと、「「アリア様!?」」と声をそろえた。
「も…もしかして…?」
「ま…さか…?」
稜真がフードを外すと、2人は壁まで飛び退いた。
「おかしな反応をしますね。俺はただ、話を聞きに来ただけですよ? モニュメントに祈りを捧げる冒険者についての話をねぇ…。ふ、ふふふふふ」
「「ひぃ!?」」
「止めさせようとしたんだ!」と、必死で言い訳をするサイラスとニコルだが、精霊像と聖女像でダブル攻撃を受けた稜真は聞く耳を持たない。
──そして。
「ぐえ…」
「うぐぅ…」
アリア作の料理を食べさせられたサイラスとニコルは、悶絶したのだった。




