740.怒濤の日々の裏側で
「まさに怒濤の日々だったよね~!」
デルガドの門外で王都へ向かう一行を見送ったアリアは、開放感を感じて大きく伸びをした。
気を張るメンバーじゃなかったし、いつもの帰省と違って刺激たっぷりの楽しい日々だったけど、それでも多少は気を張っていたのだろうか。
瑠璃とマーシャが行ってしまったのは寂しいが、すぐに王都で会える。
見送りに来たのはアリアと稜真と従魔達だけ。
町門の正面にいたら邪魔になるから脇に寄っているのだが、ふいにきさらが門の方へ1歩動いた。気づけばそらとももとちょこが、アリアを囲むように位置を変えているではないか。
(んえ? なんだか包囲されたような気が…。はっ!? そう言えば!!)
いつもの稜真ならアリアの言葉に相づちを打ってくれるのに、ずっと無言のままだ。恐る恐る稜真を見れば、冷たい笑みを浮かべているではないか。
つまり包囲するかのように、ではなく。逃がさないように包囲されているのだ。
(逃げなきゃ!)
アリアはあわてて辺りを見回した。
町の方は通行人が多い。壁を乗り越えるのは容易いが、そんな事をしたら稜真だけでなく父と母からお説教される未来しかない。残るは森方面だ。
ふわぁ、とのんきにあくびをするきさらと違って、そらは翼を広げて地面に立ち、左右に体を揺らしながら、ゴールキーパーのようにアリアを阻もうとしている。それを真似てか、ちょこも両腕を広げて左右に体を揺らしている。
アリアは和みそうになった。
(って! そんな場合じゃないんだった!!)
ももが森方面にいたら厄介だったが、街道の方向でプルプルしている。ならばアリアが警戒するのは稜真だけだ。さちが見えないのが不安だったものの、探している余裕などない。
アリアは予備動作抜きでその場からジャンプし、そらとちょこの上を抜けた。猛ダッシュで森へ駆けて──「へぶっ!?」
後頭部に柔らかい物がぶつかったと思ったら、目の前に地面が迫り、すんでの所で全身をぐるぐる巻きに拘束された。拘束したのは稜真が投げたさち。稜真の背中に隠れていたのだ。
「あばばばば」
「お嬢様。何故逃げようとなさったのか…教えていただけませんか?」
地面に転がるアリアを冷たく見下ろす稜真。
ドS様降臨であった。
怒涛の日々を送ったのは、稜真達と客人だけではなかった。
とは言え、使用人は王太子一行をもてなした実績があったので、特に問題なく日々を送った。
お嬢様の学友として扱ってくれと、当の王子が言ったからだ。──侯爵令息はともかく、エドウィンはとても王子に見えなかったからでもある。
難があると思われたのが母のクラウディアだった。
前回は寝込んで、ユーリアンに任せっきりになったからだ。が、シーヴァーがハラハラしたのをよそに、見事に伯爵夫人として振る舞いきった。
娘に尊敬の眼差しを向けられたクラウディアは、「ほほほ。わたくしはこれでも侯爵令嬢でしたのよ」と優雅に笑った。
稜真の魔法で眠っていれば、馬車移動が可能だと分かったのも自信の元だろう。お客様が出立してから試す予定だったが、エドウィンが寝込んで時間が空いた時に実験を行ったのだ。
体の不調を感じる事なく、無事に隣町まで移動できたクラウディアは感動していた。もちろん帰りも睡眠移動だ。
問題があるとすれば、夜に中々眠れなかった事だけ。移動の際には、その辺りも考慮せねば…とシーヴァーが今から頭を悩ませている。
そんなクラウディアは現在、「きゅう…」と倒れて寝込んでいたりするのだが、アリアはまだ知らない。
怒濤の日々を1番楽しんだのはシュリだろう。
山に戻る様子がない彼女は、稜真とアリアが王都に戻る日まで滞在するつもりらしい。
シュリの次に楽しんだのは、ミルティアとヤンだ。
侵入者撃退訓練も大いに楽しみ、コボルト忍者と組んだ防衛網を考えては新たに訓練をしていた。──小芝居だけは忘れずに。
2人はミッキーに姿を見せないままだったから、小芝居を披露した人間は限られていた。自分を外してくれてもいいのに、という稜真の嘆きは無視されていた。
滞在していた方も、共同研究だけをしていたわけではない。
デルガドの冒険者ギルドで依頼を受けたり、Sランク冒険者のスタンリーに稽古をつけてもらったり。シュリと一緒に屋敷に滞在している、きさらの父に乗せてもらったりしていた。
焼きもち焼きのリリンも、きさらの父との触れあいだけはゆるしてくれたので、エドウィンも空の旅を楽しんだのである。
夏期休暇を堪能しまくったと言えよう。
アリアだって堪能した。
同性ではなかったのは残念だが、友人達とすごした初の夏期休暇なのだ。意見を出し合った、共同研究は楽しかったし、隙を見てコレットと連絡を取り、稜真絵の新作を手に入れている。
同時に、手紙で依頼してあった稜真ぬいぐるみ2体(フォーテスキュー侯爵家の双子に渡してしまった、稜真とアリアの分)を、エドウィンに見つからないように気を配って受け取ってある。
それがどうして、野外のひと目がない場所へ移動して正座させられているのだろう。
(あの馬鹿があんな事をしなかったらバレなかったのに~~!)
「……白状しろ」
「え~っと。白状しろだなんて、まるで尋問されてるみた~い。なんて?」
冗談めかして言ってみても冷たい反応しか返ってこない。
「私はただ、餌付けを完璧にしておこうと思っただけだったの」
本当に、最初はそれだけのつもりだったのだ。
昨日アリアはあの馬鹿──ミッキーを屋敷裏へ呼び出した。
愛するティアラに、自分の報告のせいで稜真が捕まりでもしたら『あなたを殺して私も死ぬわ』と言われ、報告書をあげる時はエドウィン、サディアス、ディアンのチェックを受けると言う話は稜真とアリアも聞いている。
その後、ギルドで依頼を受けて住人の好感度を上げ、防衛訓練に協力し、稜真の料理を何度か口にしている。
だが、アリアは安心できなかった。万が一があったらどうするのだ。
稜真は優しすぎるから、自分が心配りをしなくてはなるまい。だからミッキーを試そうと思って、本気の殺気付きで大剣を突きつけた。
「………わぉ」
予想なら、ガタガタ震えて腰を抜かすと思っていたのに、ティアラは我関せずとあくびをし、ミッキーは平気な顔で大剣を指でつついた。
「真剣だねぇ。ええっと、もしかして僕、闇に葬られちゃう感じ?」
「どうしようかしら。知られたら不味い情報を帰りに耳にするかもしれないじゃない? だったら今のうちに…ふ…ふふふふ…」
いらっとしたアリアから覇気が漏れ、辺りの木々がざわめいた。
「うっわぁ…。伯爵令嬢の覇気じゃないねぇ」
「平気な顔してるくせに、何を言ってるのかしら?」
ちょっと試した後は、稜真が作ったとっておきのお菓子を食べさせて餌付けするつもりだったのに、平気な顔のミッキーに気が変わった。
「……それで?」
「餌付けじゃ生ぬるい気がして、シュバッ…とこう…ね?」
訓練場へ連れ込んで、叩きのめしたのである。途中から表情が変わってきて、もしかして不味かったかも…と思ったが、その時にはもう遅かった。
「あれがドMなのは知っていただろうが!」
「そんな事言っても! ティアラ限定だと思ってたんだもん!!」
別れ際のミッキーは、アリアの前で跪いて手を取り、「アリア様。王都でお目にかかれる日を心待ちにしております」と言ったのだ。──頬を染めて。
アリアの分からせは、ドMの性癖に刺さってしまったのである。
「アリア女王様。王都でお目にかかれる日を心待ちにしております…か」
「稜真!? 女王様なんて言ってなかったよ!?」
「下僕のしつけ法は、王都に帰ったらアンに教わっておけ」
「下僕って何!?」
ミッキー内のランキングでは、愛するティアラが1位。
2位は敬愛する騎士団長のレオンハルトで、3位は第6部隊部隊長だった。そのランキングが変動したのは何年ぶりだろうか。
不動のティアラの次に、アリアが2位になってしまったのである。
「はぁぁ…」
アリアに熱を帯びた目を向けたミッキーに苛立っていた稜真は、深々とため息をついて額を押さえた。
馬車に座り、膝に乗せたティアラにブラシをかけるミッキーは、アリアから受けた痛みを思い出しながら恍惚とした表情を浮かべていた。
『……気持ち悪いわ』
「ごめんねぇ。だってうれしくってさぁ」
同乗している少女達と若者の教育に悪いのではなかろうか。
今のところ、3人で話をしていてミッキーの表情に気づいていないが、時間の問題だろう。
実は3人とも気づいていたが、マーシャとイネスは『アリア様を敬愛するのは当たり前』だと思っていたし、瑠璃はまた何かやらかしたのだと思って見ないふりをしていた。
ティアラは、そんな事とは知らない。
馬車から降りて、自分に乗って移動しようと持ちかけるべきか、物理的に顔を引き締めさせるべきか。
悩ましいティアラであった。




