739.怒濤の日々
どっちが可愛い対決は稜真の負けで終わった。多数決での敗北である。
「くそっ…」
落ち込む稜真に対してドヤ顔のエドウィンだが、それでいいのだろうか。公然と稜真に好意を抱いていると言ったに等しいが、本人が気づいていないので誰も指摘しないようにしている。
──今さらだったし。
稜真は気晴らしに町へ出かける事にした。
多数決で『リョウマの方が可愛い』に票を入れた輩の同行は固く拒否したが、アリアだけは拒みきれなかった。
「課題に協力してくれた人達に、直接お礼が言いたいの」と言われれば仕方がない。『アリア様』にお礼を言われて喜ぶ顔が浮かぶからだ。
まだ防衛訓練は続いているので、従魔は置いていく。正面は防衛訓練範囲に含まれていないので、出入りに問題はない。
「うっふふふ~。稜真と二人っきりのお出かけって、な~んか久しぶり!」
「……そうだったか?」
「キュッ!」
稜真の腕に抱かれていたちょこが、アリアの肩から後頭部に移動した。落ちないようしがみついてから、抗議パンチを繰り出す。
ぽかぽか、ぽかぽか、ぽかぽかぽか。
「ごめんごめん! ちょこもいたっけね~」
あはは~と平気な顔で笑うアリアに苛立ったのか、ちょこのパンチは激しさを増した。
例えちょこが本気を出していてもアリアにダメージは入らない。
必死な姿が愛らしくて、稜真の不機嫌も吹き飛んだのだった。
さて、どこから挨拶に回ろうかと思っていたら、「よう! そこにいるのは、猫使いの従者様じゃねぇか! 猫は王都で留守番か?」と声をかけられて稜真は「ブフッ」と吹いた。
声をかけて来たのは、デルガド冒険者ギルド長のゴヴァンだ。
「もう! じいちゃんったら。それじゃ私が猫使いみたいじゃないの〜」
「なんで…ああ! 猫使いの従者様って言ったらそう聞こえるか。こりゃ悪かったな」
アリア様の従者で知られている稜真をからかって、『猫使いの従者様』と呼んだのだが、確かに『猫使いのアリア』の従者と聞こえてしまう。特に、ここメルヴィル領では。
取りあえず、稜真をからかう目的は果たせたようだ。稜真は、額を押さえてふるふる震えているのだから。
「稜真が猫使いって呼ばれてるのを、どうしてじいちゃんが知ってるの?」
「町のもんはみんな知ってるぜ? うちで依頼を受けまくっている王都からきた冒険者が、話していたからな」
曰く。猫使いがギルドを出ると、猫が並んで出迎える。
曰く。猫使いとして依頼を受けている。
曰く。猫の言葉が分かるのではないかと言われている。
(ちょ!? 最後のはなんで…)
二つ目までは実際に起こっているが、猫語が分かるのはバレていないはずなのだ。
(いや。ゴヴァンさんは言われていると言ったから、バレているわけじゃないな…)
稜真が思った通り、猫に命じられるなら、きっと言葉も分かるのではないかという予想で噂されているのだ。面白い噂は諜報の仕事に関わる場合があるので、ミッキーは積極的に集めていた。
(町の人が俺を見て物言いたげにしていたのは、猫使いの話を聞いたからか…)
知られたら不味い事を隠す努力はしていたが、まさか王都の噂を広められるとは思ってもいなかった。
『どうしたの?』
『ああ。ちょっと気が滅入る事があってね』
『ふーん。ねぇ、あなた。美味しい物持ってない?』
『美味しい物?』
自分は誰と話しているのだろうか。稜真が声の方を見ても人間はいない。そっと視線を下げると茶トラの猫がお座りしているではないか。つまり稜真はこの猫と、猫語でニャアニャア会話をしていたのだ。
ギギギ、とぎこちなくアリアとゴヴァンを見れば、片方はニマニマしているし、もう片方は笑いがこらえきれなくなったらしく爆笑した。
「はっはははは!」
いくら噂の広まりに気づいて落ち込んでいたからといって、この手のついうっかりは何度目だろう。マダラに言葉に気をつけろと注意されていたのに。
視線を感じて周囲をうかがえば、壁に手をついている人や、あからさまに稜真から顔をそらす人の姿がある。どちらも肩をふるわせて笑いをこらえているではないか。
顔のこわばりを感じながら、稜真はアイテムボックスに入っていた魚を猫に差し出した。
猫は「ニャオン(ありがとう)」と言って、魚をくわえて去って行った。
──稜真は知らない。
メルヴィル領に入ったエドウィン一行が、稜真とアリアの学園での話をした事を。
精霊の道で、猫使いを含めた稜真の話をした事を。
ついでにドラゴニアで、「童顔の後輩」や「童顔のクラスメイト」の話をした事を。
その結果、高位精霊やドラゴン、稜真好きな人々の間に噂が広まって行った事を。
ともあれ今回の失敗はミッキーのせいだと、次の防衛訓練に参加を決めた稜真であった。
あっという間に時は流れ、エドウィンが王都に戻る日となった。
「まさに怒濤の日々でしたね」
サディアスが青空をふわふわと流れる雲をみてつぶやき、「ああ」とエドウィンが相づちを打つ。
稜真とアリアはいない。
ギリギリまで領地で過ごし、裏技とやらで戻るそうだ。嫌そうな顔をした稜真が「領地でやらねばならない仕事が残っている」と言った。嫌そうなのはのこっている仕事のせいか、裏技の方か分からないが、エドウィンも無理は言えなかった。
王都行きのメンバーは増えている。
元々のメンバーであるエドウィン、サディアス、ビリーとリーン、ステファノとココ、ナディム、ロベルト。
増えたのはエドウィンの従魔リリンと、ディアンとルディだ。メルヴィル伯爵邸で真面目にメイド仕事をしていたフレアは疲れが出たのか、ルディの中で眠っている。
一行を先導するのはナディムとロベルトが乗る馬だ。その後ろをエドウィンとサディアスの馬、馬車と続き、最後尾をビリーとステファノが守っている。
馬車を引いているのはカフェである。
すっかりおとなしくなったカフェは、メルヴィル領を行き来する役目を与えられた。行き来に使われるのは稜真達が乗ってきた馬車で、ディアンとルディが御者をしている。
馬車内にいるのはミッキーと猫サイズのティアラ、そしてマーシャとイネスだ。マーシャはティアラにちょっかいをかけようとしているブランを、しっかり抱きかかえている。
ミッキーは恍惚とした表情で、ティアラにブラシを入れていた。
「イネスお兄ちゃん。本当に良かったの?」
「あ、ああ。まだ迷っているけど、たくさん迷って決めると良いって言って下さったから。お言葉に甘えて悩もうと思う」
マーシャとイネスは、王都の伯爵邸で勤務しないかと伯爵に勧められたのである。
とにかく人手不足なので、信頼できる使用人が必要だ。特に料理人は頭の痛い問題となっている。
マーシャはブランの問題があるから、魔獣使いの勉強と受験勉強をして入学に備える。
イネスもまだまだ修行中の身なので、王都へ行くならフォーテスキュー侯爵家で修行する。マーシャと同じく、学園に入学する気持ちがあるなら支援すると伯爵は言った。
立派なメイドになって、メルヴィル伯爵家に恩返しをする気持ちは変わっていないマーシャは、二つ返事で了承した。
料理修業に関してはどんとこいなイネスではあるが、侯爵家で修行は気が重い。──が、興味はある。平民の自分にとっては、もったいない程の機会だから、王都行きを決めるのは早かったが王立学園入学は…。
「マーシャこそ。入学までまだ3年あるのに、王都暮らしを始めていいのかい?」
「うん。お父さんとお母さんとは、たっくさんお話ししてきたし。おじいちゃんのお家で暮らすのも楽しかったの」
「はぁ…王立学園ねぇ。俺は勉強苦手なんだけどな…」
「ふふん。そんな事言ってると、私が先に入学しちゃうんだから! 来年入学できたら、お嬢様とリョウマお兄ちゃんと一緒に通えるもん!」
「うっ…。マーシャならかなえそうだ。──リョウマさんと一緒に…かあ。よし! 俺も頑張るぞ!」
「応援してますわ」
くすっと瑠璃が笑った。
そう。稜真から離れて、瑠璃も馬車で王都に向かっているのだ。
マーシャと一緒にメイド修行をし、王都の伯爵邸で暮らしていた瑠璃も伯爵に勧誘されたのである。
瑠璃は精霊だと知られていない。稜真が預かっている娘だと認識されている瑠璃は、信頼できる娘だと思われている。
学園行きの支援についても言われたが、実力派の教師揃いの学園では、精霊なのがバレるかも知れないし、人間の授業に興味はない。
将来どうするかは稜真によるが、できるなら今の伯爵邸で管理人夫婦のお手伝いをしていたいという気持ちを伝えた。
新しい伯爵邸が出来たら、今の伯爵邸はどうなるのだろう? そう、不安を管理人夫婦がもらしていたのだ。
「ふむ。新しい伯爵邸が出来れば、あの家は事務所の下宿にしようかと思っている。君が手伝ってくれるなら安心だ。もちろん管理人はそのままだ」と伯爵は答えてくれた。
稜真は新しい伯爵邸で暮らすだろうが、念話でいつでも話せるし、瑠璃は稜真の元へ転移もできる。一刻も早く朗報を伝えたいという思いで気がはやる。
(──おじいちゃんとおばあちゃんに早くお知らせしたい気持ちは本当ですけど…)
出来れば裏技移動は避けたい瑠璃だった。
「いやー、面白い依頼だった」
「……ナディム。まだ終わってない」
「分かってるけどよ。あとは帰るだけだろ? 護衛も増えてるし問題ねぇって。もちろん気を抜くつもりはないぜ?」
「それならいい」
ふっ、とナディムは笑って、愛馬の首を軽くたたいた。ナディムにならって、ロベルトも愛馬の首を軽くたたく。
ブルルッ!と2頭は機嫌よく鼻を鳴らして進む。
滞在中稜真に愛馬の紹介をする機会はなく、紹介できたのは出発間際だった。
「賢い目をした馬ですね。名前はなんです?」と聞かれて2人は焦った。旅の間には名付けようと思っていたのに、未だに思いつかずにいたからだ。
「……リョウマさんなら、どんな名前にします?」
苦し紛れにナディムが言った。
「俺ですか?」
カフェオレ色の馬にカフェと名付けたせいか、喫茶関係の言葉しか出てこない。
ナディムの馬は紅茶色。紅茶といえばアッサムだ。ロベルトの馬は茶と白が混ざっていて、コーヒーにミルクを混ぜるイメージが浮かんだ。
「この子はアッサムで、こっちの子はマーブル…なんてね。で、この子達の名前は?」
「良かったな、アッサム! リョウマさんに名付けてもらえたぞ!」
「うむ。マーブル…いい名だ」
「ちょっと!?」
相変わらず、残念なネーミングセンスの稜真であった。
主人公サイドの夏期休暇エピソードがもう少し続きます。




