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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第10章 石窯と念話

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210.石窯作りの準備

 ここ2週間ほど様子を見て来たが、イネスもマーシャも屋敷にとけ込んでおり問題はない。問題があると言えば、過保護な従魔達である。未だにマーシャを守ってやらなくては、と誰かが側にいようとする。

 これは1度離した方が良さそうだ、と稜真は思う。


 アリアは毎日のマナーレッスンでストレスが溜まって来ているし、それを見越した伯爵から、マクドナフに顔を出して、魔物の発生具合を調査するよう頼まれていた。伯爵もアリアの限界時期を分かっているのだろう。


 冒険者活動の再開だ。先にシュリの山へ行くかどうかは、湖の家へ行ってからアリアと相談しようと思う。


 出発前に稜真は、イネスとマーシャに先日購入した絵本を渡した。

「アリアさまと、リョウマおにいちゃんがかえってくるまでに、おしごとおぼえる!」と、マーシャは張り切っている。

「無理しない程度に頑張るんだよ」

「マーシャ。帰ったら一緒にお墓参りに行こうね!」

 稜真とアリアの言葉に、マーシャは元気良く「はい!」と返事をした。


 あっさり受け入れたマーシャと違って、イネスの方が寂しそうだ。

「その時はイネスも一緒に行こうな。4人で馬車を使って行こう」

「……はい。リョウマさんに貰った絵本を読む練習してます! だから…その…」

「帰ったら読んでやるよ」

「はい!」


 ももは稜真の懐に潜り込み、稜真とアリアはきさらにまたがった。そらは一足先に飛び立つ。


「行って来るよ」

「行って来ま~す」


 イネスとマーシャは、いつまでも手を振って見送っていた。






 湖には昼前に着いた。

 待ちかねていた瑠璃が、稜真に飛び付いた。瑠璃は屋敷へ遊びに行くと約束されてから、寂しい気持ちも薄れたが、この家に稜真達がいるのは別格に嬉しいのである。


 稜真と瑠璃は一緒に昼食を作る。シプレもやって来て、調理を手伝ってくれた。シプレが来たのは、約束していた石窯を作る打ち合わせもあるからだ。

 明日は石釜とピザを作る予定だ。マクドナフに行くなら、食べ物をたくさん作っておかねばならない。稜真には、ノーマンに強請られる未来が見えていた。


 ──そう、結局マクドナフ行きが先になったのだ。その訳はティヨルである。


 シプレはティヨルの体調を気にかけ、時折淵まで行っていた。1度行った場所ならば、精霊は転移出来るのだ。ちなみに瑠璃はそれに加え、稜真から呼ばれればどこへでも行ける。


 それによるとティヨルはまだ、自らの木から長時間離れられないのだそうだ。先に山に行ったシャリウがティヨルを呼び出し、少しでも負担をなくす予定だが、それでも力が足りない。例えどんな状態だろうと、稜真が山へ行くならば自分も行くと言い、誰が止めても聞く耳を持たないらしい。


「出来るならば、こちらの無理を聞いて欲しいと、これを預かって来ました」


 シプレがテーブルにこんもりと積み上げたのは、真珠色の鱗だ。


「──これ、どうしたんです?」

 歌聞きたさにむしったにしても、多すぎるのではなかろうか。

「淵の底には、たくさん沈んでいるそうですよ。長年の間に剥がれた鱗らしいです」

「むしった訳じゃないんですね」


 シャリウが気に入らない稜真だが、恩を受けた事に間違いはない。むしられていなかったなら、良かったと思う。藻が付いて緑がかった鱗は、様々な大きさがある。剥がれた部分が違うのだろう。


「分かりました。山へ向かうのは今度にします」

 急ぐ用ではないのだから、今回は他を優先すると決めた。

「アリアもそれでいい?」

「私はかまわないよ~。どうせなら、ティヨルと一緒に稜真の歌を堪能したいもんね!」

「ふふっ、ティヨルも喜ぶでしょう」


「まぁ、どちらから行こうか迷っていた位ですから。シプレ、明日ですが──」

 稜真がざっと石窯の構造を説明した。詳しい設計図は、今からスキルを使って書き出す。


「それでは私は、今の内に材料を用意します」

「手伝いましょうか?」

「大丈夫ですよ。すぐに終わります」

「よろしくお願いします」


 きさらは久しぶりの自分の部屋で、昼寝をするのだそうだ。

「そらはどうする? ──そら?」

 稜真が声をかけたが、そらはどこかぼうっとして、何度か呼ばないと気づかなかった。旅が終わってから、そらの様子がおかしい。どこか思い悩んでいる風に見える。


『あるじ。そらは、ルリと、はなしたい』

「私とですか?」


『瑠璃、そらは何か悩んでいるみたいだ。話を聞いてやってくれるかな?」

 稜真は念話で頼んだ。

『分かりましたわ』

 瑠璃はそらを連れて、自分の部屋へ行った。


 残ったももは稜真の肩に乗り、ぷるぷると揺れている。アリアは食事の片づけを買って出てくれた。


 石窯での調理に必要であろう鉄製の皿、皿を取り出す為の道具類は、ここ2週間の間に手に入れた。いくつか頼んで作って貰った物もある。

 大食漢のきさらと瑠璃の為に、窯は大き目に出来ないだろうかと、稜真は考えている。同時にいくつか焼ければ、手間が省けるからだ。


 以前イタリアンの料理人、岸辺雅人(まさひと)の記憶を確認した時、石窯はレンガで作っていた。この家の暖炉や竈は、様々な大きさの石を組み合わせて作られている。シプレが集めている材料も、きっと石だろう。

 雅人の記憶では、岩石で作られた石窯を見た経験もあったから、実際の製作はシプレに任せようと思う。


 まずは大きさと構造だ。稜真は雅人に意識を切り替えた。

 早速石釜の形、構造を書き始める。何パターンか書き出して、シプレと相談しようと考えていた。──集中したいのに、にまにまと見つめて来る視線が邪魔だ。視線の主は、言わずと知れたアリアである。ささっと片づけを終わらせると、稜真の正面に陣取ったのだ。


『……気が散る。出て行け』

 稜真はアリアに向かって冷たい声音で言い、睨みつけた。アリアは「はふぅ~」と息を吐くと、両手を染まった頬に当てて身悶えした。


(岸部雅人は普段はチャラいけど、仕事には真剣なんだよね! ううう~ん。真剣な表情が格好良いよぉ~)


 冷たい口調も視線も、アリアにとってはご褒美である。


『……気が散ると言っている』

 稜真が何を言っても、アリアは内容を聞かず、声にしか意識を向けていない。にまにまを続けるアリアに業を煮やし、稜真は立ち上がった。

 アリアの首根っこを掴むと、そのまま引きずるように玄関まで連れて行き、扉を開けてポイッと放り出した。ポイポイッと靴も投げる。


「な、投げるなんてひどい!! レディに対しては、優しいキャラだった筈でしょ!?」

『レディに対してなら、俺はいくらでも優しくするぜ? ガキはレディの修行をして、出直して来い!』


 そう言うと、稜真はバタン!と扉を閉めた。


(ぶっきらぼうに扱われるのも、新鮮~。あれ? ゲーム中でそんな扱いをされるのは、男ばかりだった気が……。まぁいっか! ほとぼりが冷めるまで、素振りでもしてようっと)


 アリアは立ち上がると、お尻をパンパンッと叩き、汚れを落として靴を履いた。




『ったく!』

 稜真が振り返ると瑠璃がいた。

 そらとの話は終わったのだろう。稜真が険のある顔をしていたせいか、瑠璃はおずおずと話しかけて来た。


「…あの…主…」

 稜真は表情を緩めた。

『どうした瑠璃?』

「…私も、ここにいない方がいいですか?」

 稜真はしゃがんで、瑠璃に視線を合わせる。

『俺はガキと言ったんだ。瑠璃みたいな小さなレディを、邪魔には思わないぜ?』

 そう言って、稜真はニッと笑う。


 アリアと話していた時とは全く違う声音。落ち着きのある、どこか艶っぽい声で優しく言われ、瑠璃の頬が染まる。以前、御船真悟になった時は、稜真とは違った可愛らしさに驚いたが、今回の人物は大人の色気がたっぷりなのだ。


「い、今の主の破壊力は、凄まじいですわ」

『そうか?』

「そうなのです…。あの、私、お茶を入れますわ」

『頼む』


 そらは床に降り、どうしようか迷う仕草をしている。稜真はそらを捕まえると、椅子に座り作業を始めた。膝に乗せたそらを、左手で撫でてやりながら書き進める。


『あるじ…。そら、じゃまでしょ? あっち、いくよ?』

『邪魔じゃない。そらを撫でていると落ち着くから、ここにいてくれ。おまえは俺の、大切な癒やし要員だからな』

『たいせつ』と呟いたそらは、喉を鳴らして静かになった。ももは何かを感じたのか、稜真の肩から降りると、部屋の掃除を始めた。




 石釜の構造とピザのレシピを書き出した稜真は意識を戻し、シプレが石を積み上げている場所へやって来た。台所のちょうど裏手で、シプレは木の根を操り、地中などから石を集めていた。まるで大蛇がそこら中を蠢いているようだ。稜真はポカンとして、しばらく見守ってしまった。


「──お疲れ様です。シプレ」

「リョウマさん、設計図は出来ましたか?」

「はい。何種類かあるので、どうするべきか相談しようと思いまして」

 稜真はシプレに図面を見せながら、ザッと構造を説明した。

「直接その方に話をお聞きしたいですね。ふふっ。リョウマさんのスキルも見てみたいです」

「あー、はい。分かりました」


 シプレに見せるのは恥ずかしいが、お願いする立場なのだから仕方がない。稜真は意識を切り替えた。


 稜真の雰囲気が変わる。しっとりとした、大人の色気が滲み出るようだ。童顔は変わっていない筈なのに、少し目を細めた表情と纏う空気が、全く別人に見せていた。


「…驚きました。ここまで違うものなのですね。リョウマさんとお呼びしても、よろしいのかしら?」

『好きに呼んでくれ、美しいお嬢さん』

 稜真はシプレの手を取り、口づけた。そのまま上目遣いに流し目を送る。

『で? 俺に何を聞きたいって?』

 口の端を上げて笑う稜真に、珍しくシプレが頬を染めた。


 2人は話し合い、石釜の大きさを決めた。

 初めに思っていたよりも大きくなった。これから夏にかけて暑くなるというのに、台所が蒸し風呂になりそうだ。表情を曇らせた稜真に、シプレが石窯用の小部屋を作り、台所の隅から移動出来るようにしようとアイデアを出した。


『ひと部屋増やす事になるとはな。シプレには無理を言ってしまうが、ここまでして貰っていいのか?』

「構いません。リョウマさんのお願いですもの」

『助かる』

「もう少し石が必要ですから、今日中に集めておきます。石釜で作ったお料理は、私にもご馳走して頂けます?」

『ふっ、もちろんだ』


 稜真はシプレを見つめた。

 艶やかなストレートの髪は、濃緑。腰にかかる髪は風にそよぎ、さらさらと揺れる。稜真を見る琥珀色の瞳は、慈愛に満ちていた。

 まるで聖母のような微笑みに魅せられる。正面から視線を合わせたいのに、この体では身長が足りない。その思いを感じてくれたのか、シプレが膝を軽く曲げて腰を落とした。


『はっ! 男の方が背が低いとは、なんとももどかしいものだな』

「リョウマさん?」

 稜真は手を伸ばして、小首を傾げるシプレの頬に触れた。いつもと違う稜真に、シプレはきょとんと目を瞬かせる。その表情は、打って変わって愛らしい。

 もっと触れたいという感情が沸き起こった。その衝動のままに顔を寄せ──。





 しばらく素振りをしたアリアは、そろそろ稜真の作業も終わった頃だろうと家に戻ったが、稜真はいない。


(どこ行ったんだろ? 設計図が描けたなら、シプレの所に行ったのかも…。行ってみよっと。──見~つけた。やっぱりシプレといた。んん? シプレの頬がほんのり赤いや。珍しい。いつもは、からかわれた稜真が赤くなるのに…。へ? 稜真がシプレの頬に手を添えた? なんで? 顔を近づけて、って! ちょっと!?)


「稜真っ!?」

 アリアの叫び声で稜真は我に返った。自分が何をしようとしたか気づき、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


(あ…、危なかった…)


「りょ~~まぁ~? シプレに、何をしようとしたのぉ~」

「……さぁ、なんだろうね…。雅人の個性が強烈過ぎて、引っ張られたみたいだ…」

「うぅ~っ!!」

 アリアが唸りながら、ポカポカと──と言うか、ドカドカと稜真の背中を握った拳で叩く。仕草は可愛らしいが、込められた力は全く可愛くない。


「ぐっ!? アリア、少しは手加減してくれ!」

「知らないもん! 稜真、そのキャラ禁止だからね!!」

「そもそも言い出したのはアリアだろうに。まぁ、レシピも書き出してあるし、もう彼にはならなくていいかな。はは…は…」

「笑い事じゃないの! 女の人に押し切られる心配はしたけど、稜真の方から押し倒しに行くなんて!」

「押し倒してないだろう!?」

「あのままほっといたら、何しようとしてたの!?」

「そ…それは…その…」


「ふふっ、相変わらずお2人は、仲がよろしいですね。私にとっては、貴重な体験でした。リョウマさんなら、続きはいつでも歓迎しますよ?」

「……お願いですから、忘れて下さい」

「嫌です。リョウマさんに口説かれるなんて貴重な体験、是非ともティヨルに話してあげなくては」

「やめて下さい!!」

「うふふふ。さぁ、どうしましょう」


 お酒のお土産を交換条件に、なんとか話さないと約束を取り付けた。ひと息ついた稜真だが、アリアはぷっくぷくにふくれて、こちらを睨んでいる。


「たらしキャラは危険すぎる。ただでさえ稜真はたらしなのに~」

「たらし言うな。今のは事故だろう」

「…事故ぉ…?」


 乙女ゲームのキャラクターは、当然ながら乙女心をくすぐるセリフを吐く人物が多い。そして稜真は、乙女ゲームの仕事を、それはもうたくさんやっていた。


 ──事故が起こるリスクはあっても、稜真様の声は堪能したい。ジレンマに陥るアリアであった。




 シプレは石集め。稜真はピザの仕込みをするというので、アリアは気分転換に夕食の魚を穫ることにした。

 稜真にシプレが近づかないよう、瑠璃が見張っているので大丈夫だろう。もちろん、稜真が瑠璃にお説教されたのは言うまでもない。


 アリアが湖のほとりで槍を取り出していると、そらがやって来た。


『おねえちゃ…』

「ん~? どうしたの、そら?」

『あのね…』



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