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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第10章 石窯と念話

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208.イネスとマーシャの新たな生活

「マーシャ、イネス、覚悟はいい?」と、稜真が言った。


「うん」

「……良くないです」

 イネスは緊張でガチガチになっていた。


 無事に旅を終えた一行は、伯爵家に帰宅した。そして執務室へとやって来たのである。従魔達は今頃、厩や庭で羽を伸ばしている頃だろう。


「マーシャ。旦那様には、はいとお答えしようね」

「はい」

 アリアには丁寧な言葉を使っていたが、稜真に対しては気が抜けてしまうようだ。マーシャは真剣な顔で頷くが、少しだけ震えている。


「マーシャ、私と手を繋いで行こうね~。大丈夫、お父様は怖くないよ」

「アリアさまのおとうさま。こわくない」

 そう言いながらも、マーシャはアリアの手をしっかりと握った。


「ふっ、イネス。俺も手を繋いでやろうか?」

「い、いりません!!」

 慌ててイネスは、稜真の服を掴んでいた手を離した。






「旦那様。ただいま戻りました」

「お帰り。皆も変わりないようだな」

 厳めしい印象の伯爵だが、マーシャを見る目は優しい。


「よろしく、おねがいします」と、マーシャが真っ先に頭を下げた。

「よ、よ、よ、よろしく! お、お願いします!!」

 ガチガチのイネスに、伯爵は微笑する。

「そう緊張せずとも良い。マーシャ、お前は学ぶ事が多いだろう。焦らず励みなさい」

「はい」

「イネス。厨房は手が足りない。お前が来てくれて、ライダルも助かるだろう。よろしく頼む」

「は、はい! 頑張ります!!」

「リョウマ、2人を案内してやりなさい。部屋の準備は出来ている。場所はエルシーに尋ねるように」

「かしこまりました。それでは、失礼いたします」

 稜真はマーシャとイネスを促して退出する。


「アリアヴィーテ」

 一緒に出ようとしたアリアは、ビクッと立ち止まった。

「お土産について話を聞きたい。こちらに来なさい」

「…はい…」




 マーシャはエルシーと同室になった。弟妹の多い家で育ったエルシーは、小さな子の相手に慣れている。子供好きのエルシーは雰囲気が柔らかい。にっこりと微笑まれ、マーシャも笑顔を見せる。

「2人部屋に1人で寂しかったのよ。マーシャが来てくれて嬉しいわ」

「よろしく、おねがいします」


 イネスは1人部屋だ。

「俺、1人部屋なんて初めてです。いいんでしょうか」

「寂しいなら、俺と同室にするか? 月の半分はいないけど」

 少し心惹かれたようだが、男性の使用人は皆1人部屋だと聞き、このままでいいと答えた。

「寂しかったら、いつでも俺の部屋に来るといいよ。隣だからな」

「はい!」




 そしてイネスとマーシャの、伯爵家での日々が始まった。


 マーシャは、メイド長とエルシーが交代で指導する。

「雇うからにはビシバシやります」と、メイド長はマーシャを脅していたが、少し働くと休ませてお菓子を与えている姿からは、とてもビシバシやっているようには見えない。

 今は屋敷の仕事よりも、勉強時間の方が多い。厨房の手伝いをする事もあり、料理長にも可愛がられている。

 お給料で、両親のお墓にお花を持って行くのだと、やる気満々である。


 村から運んで来たリンゴの木は、庭の日当たりの良い場所に植えられた。暇を見つけてはリンゴの木を見に行くマーシャは、世話の相談に乗ってくれた庭師のラリーと、すぐに打ち解けた。


 ぎこちないながらも屋敷に溶け込み始めたマーシャが、少しだけ怖がる様子を見せたのは、スタンリーだ。この日、厨房で手伝いをしていたマーシャは、スタンリーが来るのを見て、慌てて稜真の後ろに隠れた。


「…どうして俺だけ」

「顔が怖いんじゃないですか?」

「良い度胸だなぁ! この間はでかい土産をありがとよ! おかげで解体に駆り出されたぜ」

「あれはお嬢様のお土産です。俺は関係ありません」

「ふふん。お前、鍛えてくれって言ってたよな。表へ出ろ!」

「望む所です!」


 元々しごいて貰う予定だったのだ。稜真にとっては、願ったりかなったりである。


「マーシャ。こんな人だけど、師匠は怖くないよ。少しずつ慣れればいいからね」

「うん」

 マーシャは稜真の陰から出て、スタンリーにぺこりと頭を下げた。

「こんなは余計だ」

 スタンリーはマーシャの頭をくしゃりと撫で、外へ出た。


 マーシャは嫌がってはいない。他の人に比べて少し苦手なだけのようだ。稜真はスタンリーに乱されたマーシャの髪を整えると、後を追って外へ出た。




 ひたすら手合わせをするだけのアリアと違い、スタンリーは稜真の至らない部分を指導してくれる。

「お前、力と速さに頼っている部分があるよな。お嬢様の相手をして、ついていけるようになっているからか、それが顕著に現れている。刀に関しては俺は分からないが、素振りや型をきっちりやってみろ」

「……そうします」

 鍛錬の前に、迅雷に身をゆだねて、型を練習しようと決めた。


「Bランクに勝ちたいんだったな。今のままでも良い線行くと思うが、もう少しもんでやるか」

「よろしくお願いします」



 ──鍛錬が終了し、稜真は荒く息をつく。


「はぁ、はぁ」

 へたり込んでいないだけ、アリアの時よりはましだ。

「後は体力だな。俺よりも体力がないんじゃ、話にならんぞ」

「…師匠の体力は、無尽蔵すぎませんか?」

「無尽蔵ってぇのは、ああ言うのを指すんだよ。俺なんて、まだまだだ」


 先程からアリアが大剣の素振りをしているのだ。小柄な少女が巨大な剣を軽々と振り回すさまは、何度見ても目を奪われる。空を斬る音がこちらにも届く。


「──お嬢様には、ついて行くのが大変ですよ」

「お前は良くやってるさ。あのお土産に関しては、どうかと思うがな」

 伯爵に事の顛末を聞いたのだろう。アリアを見る目が生暖かい。

「ははっ。俺も驚きましたよ」

「だろうな。ところで稜真。あれがお嬢様の土産なら、お前の土産はなんだ? あるんだろう?」

「色々あるので、厨房で出しましょうか」

「厨房って事は食い物だな? 楽しみだ」



 アリアもついて来ようとしたのだが、マナーレッスンの時間だとメイド長に引きずられて行った。お土産の詳細を話したアリアは、レッスン時間を増やされたのである。


 今頃は、母とメイド長の2人がかりの指導を受けているだろう。


 稜真が厨房で取り出したのは、ワイバーンの干し肉各種である。村の女性達が、各家の干し肉を分けてくれたのだ。稜真が気になっていたレニの粉も頂いた。


 出した干し肉は、各人が味見をしている。味見要員は、スタンリー、料理長、エルシー、イネス、マーシャ、そして稜真だ。


 純粋に保存だけを重視したカチカチの干し肉とは違い、食べて美味しい干し肉だ。家庭ごとに微妙に味の違う干し肉は、甘めから辛めまで各種揃っていた。稜真は少し香辛料の効いた物が好みだ。


「これは、ちょいと甘すぎる。お子さま向けだな」

 文句を言うスタンリーに、料理長が違う物を差し出した。

「お前はピリ辛が好みなんだろう? これはどうだ?」

「お、これこれ! 酒の肴にちょうどいいな」


「俺はこれが好きです」

 イネスが選んだのは、香辛料が効いているがそこまで辛くない、稜真と同じ物だった。マーシャは、スタンリーが甘すぎると言った干し肉をかじっている。

「私も余り辛いのは苦手です」

 エルシーもマーシャと同じ干し肉を食べていた。


「辛みを押さえて香辛料を使って、少し甘味を出したらどうだろうな」

 料理長は稜真が出したレシピを見ながら、配合を考え始める。

「辛いのも頼むな」

「分かっている」


 稜真のアイテムボックスには、ワイバーンの肉が大量に眠っている。料理長の研究用にどん、と提供した。






 マーシャの授業は、2階の部屋で行われていた。


「…駄目ね」

 エルシーは、窓の外を見てため息をついた。保護者達が集まっていて、マーシャの集中力が無くなったのだ。


 過保護な保護者とは従魔達である。

 マーシャの仕事中は館内を移動しているので、側についているのは()()だけだが、勉強の時は必ず揃ってのぞきに来るのである。


 そらは窓辺に止まる。

 ももは壁を転がるように登って来て、窓に張り付く。

 きさらは窓の外で、器用にホバリングする。これでは、マーシャは勉強どころではない。


 先生役のエルシーは額を押さえ、苦肉の策で外で授業を行う事にした。




「──すみませんでした」

 話を聞いた稜真は謝った。

「皆、マーシャが心配なのね。でもこれじゃ授業にならないから、お願い」

「はい」


 稜真は従魔達に勉強の邪魔をせず、大人しく見守る事を約束させた。じっとしているなら、かえってマーシャの気持ちを安定させてくれるだろう。


 マーシャの隣には、頭を抱えるイネスがいた。

 イネスはすっかり厨房に溶け込み、時折飛ぶ料理長の叱責にもへこたれず、元気に日々を過ごしている。元気がなくなるのは、マーシャとの授業中だけである。


 伯爵からの指示で、イネスも勉強をする事になったのだ。

 読み書きさえ出来ればいいと思っていたイネスにとって、算数や社会についての勉強等、全く興味がなかった。

「俺は料理人として雇われたので」と固辞したのだが、メルヴィル領に住む子供の勉強は義務と言われ、渋々参加している。


 旅の間に基本の読み書きはマスターしていたので、なんとかついて行けるが、分からない所はマーシャに教えられ、情けない思いをしている。


 そんな勉強の後のお楽しみは、稜真の読み聞かせだった。マナーを叩きこまれているアリアも、その時間にはやって来て、皆で揃って聞いている。

 稜真としては、エルシーがいるのは構わないのだが、スタンリーがにやにやしながら聞いているのは、正直勘弁して欲しかった。






 従魔達はマーシャの授業参観から離れないので、稜真は1人、町へ買い出しにやって来た。──つもりだったのだが、アリアが抜け出してついて来た。


「今はマナーレッスンの時間じゃなかった?」

「息抜きも必要だもん!」

「ったく…」



 旅の間に少なくなった物を購入した帰り道、アリアの視線が下を向いた。

「あれ? 稜真、その子誰?」

「へ? あ、あれ? サラちゃん、いつの間に……」

 稜真の服の裾を掴んで、サラが並んで歩いていたのだ。


 自分に気づいた稜真に「こんにちは」と言うと、抱っこと両腕を上げる。稜真はサラを抱き上げた。

「アリア、この子はリリーちゃんの友達のサラちゃんだよ。どうしたのかな、サラちゃん」

 サラはそれには答えず、稜真の後ろ髪を引っ張った。


「……まだ、結べない…」

 サラは残念そうに、こてんと稜真の肩に顔を埋めた。

「あはは…。サラちゃん、ひと月程度じゃ伸びないよ。確認しに来たんだね…」

「ん? 結べないって、なんの事?」

「…アリア様、こんにちは。あのね、お兄ちゃんと約束したの。髪の毛結んで見せてくれるって。リリーが髪を結んだお兄ちゃん、王子様みたいだって言ったの。──お兄ちゃん、降りる」


(……アリアには内緒にしておきたかった…)


 顔をひきつらせた稜真がサラを降ろすと、サラは手を振って帰って行った。手を振り返している稜真を、ムスッとした顔で睨んだアリアが、ボソッと呟いた。


「──幼女キラー」

「誰がだよ!?」

「リリーちゃん、サラちゃん、瑠璃だって幼女だし、マーシャだって。村でも小さな子に好かれてたじゃないの~~!」

「そんな事言われても…」

「むぅ! 稜真だから仕方ないけどさ。でも稜真は確か、女の子みたいって言われるから、髪の毛切ったんでしょ? それなのにどうして、伸ばす約束したの?」

「期待に満ちた目でじっと見つめられて、見たいのって言われたらね。断れなかったんだよ…」

「まぁ、私も見たいからいいけど~」


 アリアはチロリと稜真を見上げる。

「──稜真。男の人に襲われて力負けするのは仕方ないけど、女の人に襲われて押し切られないように気をつけてよ?」

 ピキッ、と稜真の顔が凍り付いた。


「……なぁ…アリア…。どういう意味で…言ったのかな?」

 稜真は両手で、がっしりとアリアの頭を挟む。

「だ、だって! 女の人には押し切られそうな気がするんだもの!!」

「それは自分でも危ないかと思うから、気をつけるけどな! 男に襲われて力負けするのは仕方ないって、なんなんだよ!?」

「うっかり妄想が混じったんだもの! 大目に見て、流してよ!」

「流せるかっ!」


 瑠璃のお説教も、そらを使った対抗策も、全く効き目がなかったようだ。アリアのこめかみを抉りながら、稜真は深々とため息をついた。


「痛たた!! ごめんなさ~い!!」




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