184.スケア村へ
片付けをすませ眠る準備を終え、全員が期待に満ちあふれた顔でたき火の側に集まった。先程までむくれていたアリアも、すっかり機嫌が直っている。
炎の明かりだけでは暗いので、稜真は杖を取り出し『ライト』と唱えた。杖の先に明かりが灯る。その明かりで物語集を読み始めた。
『創造神ルクレーシアは、最初に2柱の神を産み出されました。後の太陽の神と月の女神です。次いで4柱の神々を。そして──』
第1話は、創世神話だ。
ルクレーシアが世界を創世する物語に、稜真はなんとも言えない微妙な気持ちになる。とは言え、世界の成り立ち、7柱の神が産まれる物語は、稜真にとっても新鮮だ。
『──7柱の神にこの地を任せ、創造神ルクレーシアは眠りについたのです。』
(眠ってないよなぁ…)
稜真は心の中で突っ込みを入れた。
この神話は、マーシャは巡回の巫女に、イネスは神殿で聞く機会があったそうだ。
「リョウマおにいちゃんがよむと、なんだかちがってきこえる」
「やっぱりリョウマさんが読んでくれると、いいなぁ」
マーシャとイネスが言う。
『うふふ。主の歌も好きですけど、お話も好きですわ』
『きさらも大好き!』
瑠璃ときさらから念話が届いた。
『ありがとな』
稜真の肩で聞いていたそらが、頬をすり寄せる。
『あるじの、おはなし、すき!』
ももがぷるぷると揺れ、メリッサも「ブルルッ」、と感激を表した。
そして、残り1名は熱っぽい視線で稜真を見つめている。話を聞いていたのか、声を聞いていたのか分かった物ではないが、いつもの事だ。
「はっ!? 稜真、もう1つ読んで!」
我に返ったアリアが言うと、他の面々も聞きたいと口々に言う。きりがないのでもう1つだけと言い、稜真は読み始めた。
第2話は悪戯好きの遊戯の神、エリファレットの物語だった。
読み終えるともう1話、とせがまれる。
「駄目だよ。明日はこの辺りを調査しないといけないだろう? 皆早起きしないとね」
稜真はそう言って、皆を寝かせた。
イネスは毎朝、マーシャの髪を結ぶ練習もしている。
きさらに乗る時はポニーテール禁止なので、旅の間は下の方で軽く縛り、リボンを結んでいる。日替わりで1つ結びや2つ結びにする。
今日のお嬢様方の気分は、2つ結びだそうだ。稜真がアリアと瑠璃の髪を結ぶ間に、イネスはマーシャの髪を結んだ。
イネスも手馴れて来ており、櫛で真ん中から2つに髪を分けて、綺麗に結んだ。
「ありがと、イネスおにいちゃん」
マーシャは満足そうだ。
「イネスもだいぶん手馴れて来たし、そろそろ編み込みにチャレンジかな」
「編み込み…。が、頑張ります!」
朝食を終えると、二手に分かれて周辺の調査開始だ。千里眼が使えるアリアが、きさらに乗って空から調べる。残りの面々は地上の調査だ。
「イネス。グリフォンに乗りたいなら、私と一緒に行く?」
「アリア様、と…? いや…その…。俺は今度、リョウマさんと行きます…」
「そう? それじゃ瑠璃、マーシャ、行こうか。私は千里眼で遠くを調べるから、2人は近くにおかしな所がないか探してね」
「はい」
「分かりましたわ」
『いってきます』
そらは、きさらとの通訳を兼ねてアリアに付き合う。瑠璃でも通訳は出来るが、マーシャに不審に思われてはならない。
何かあれば、稜真ときさらの念話で連絡を取り、そらがアリアに通訳する。
飛び立つきさらを見送った稜真は、じろっとイネスを見た。
「…顔が赤いぞ?」
「俺は何も思い出してません!」
「思い出して、と言っている辺りがなぁ…」
どうやらイネスは、マーシャの柔らかい発言を思い出したようだ。
稜真はコツン、と軽くイネスの胸を叩いた。
「こっちは下から調査だ。付き合ってくれ」
イネス、メリッサ、そしてももがこちらのメンバーだ。
馬車を残して行くのも不用心だ。稜真が馬車をアイテムボックスに入れると、イネスが唖然とした。
「馬車ごと…? 稜真さんのアイテムボックスは、大きいんですね…」
稜真は笑ってごまかした。
野営地から林へ入る。それ程木々が入り組んでいないので、馬体の大きなメリッサもついて来れた。
「何か気がついたら教えてくれ」
そう言った稜真に、真っ先に反応したのはメリッサだった。ブルルッ、と嘶き、稜真の服をそっと噛んで、ある方向へとうながす。先導するメリッサについて行くと、小さな川に出た。
稜真が地図を広げて確認する。山から流れている大きな川があり、この川はその支流にあたるようだ。ちなみに地図は、稜真とアリア、それぞれが持っている。
川は底が見え、水が茶色く濁っていた。川辺の様子からして、本来の川幅の半分以下に水かさが減っているのだ。
あの大雨以来、雨は降っていない。今の時期は、山の雪解け水で水量が増える筈だ。上流で何か起こっているのかも知れない。
地図によると、川の上流はスケア村に近かった。少し急いだ方がいいな、と稜真は思った。
アリアはまだ戻らない。
稜真達は周辺の調査をしつつ、薬草や食べられる植物の採取をした。
メリッサは、稜真達と一緒に調査に参加して楽しそうだ。ももが背中に乗って揺れている。
「イネス、そこにあるの薬草だ」
「こんな影に生えてるのに、よく気づきますね」
「薬草の採取は冒険者の基本だからね」
「へぇ」
イネスは感心しているが、稜真が見つけられるのは木の精霊シプレの祝福のお陰だ。毒のある植物も、なんとなく毒だと判別出来るのだ。祝福を貰った経緯はともかくとして、ありがたい。秋にはキノコ狩りが楽しみな稜真である。
川は気になるが、アリアが戻るまでは動けないのだから、と内心で言い訳しつつ採取を続ける。ももも手伝ってくれた。
メリッサはイネスに、鼻面で薬草の在りかを教えてやっていた。
しばらくしてきさらから、『今から戻る!』と念話が届く。稜真達は野営していた場所に戻り、馬車を取り出してメリッサを繋ぐ。
「メリッサ、さっきはありがとな。また、馬車を頼むね」
ブルルッ!と、メリッサは元気よく嘶いた。
アリアによると、何ヶ所か崖崩れらしきものが見えたらしい。アリアは地図に丸く印を入れていた。それらはどこも、人里から離れた場所なので問題はなさそうだ。
「そっちはどうだったの?」
「ああ、上流で何か起こっている可能性があるんだ」
稜真は川の水が減っている話をした。
「そっかぁ。それじゃ、ここからは真っ直ぐスケア村へ向かおう」
「アリアの馬車練習は今度だね。ごめんなイネス、きさらに乗せるのは、もう少し遅くなる」
「調査が優先ですし、分かってます!」
「でも稜真! 休憩の時は本読んでね~。心に余裕も持たないと」
「心に余裕、ね。そうだな」
何も分からないままに焦って、いざという時に動けなければ話にならない。その代わり、朝早く出発して、夕方までを移動に費やす事にした。マーシャの疲れが心配だが、事情を話すと納得し、頑張ると言ってくれた。
瑠璃が『こっそり回復しますわ』と、念話で言ってくれた。
『頼むね。瑠璃も疲れたら言って、無理はしない事』
『はい』
話も決まり早速移動だ。
昼食の時は馬車を止めて、メリッサも馬具から外してやる。食事を作る時間は取らない。稜真がアイテムボックスに入れている料理で、簡単にすませた。
それでも物語は1話読んだ。食休みは必要だし、きさらとメリッサは人を乗せ、馬車を引かねばならないのだから。物語を読む時は、メリッサもきさらと並び話に聞き入る。聞くのを楽しみにしているようだ。
この日は途中の村で泊まる。スケア村までの最後の村になる。そして同じく最後のギルドだ。何か情報がないかと、稜真とアリアはギルドへ向かった。他の面々は宿で留守番だ。
ギルドで話を聞くと、例年よりも水量が減っており、心配する声があると聞かせてくれた。ついでにスケア村の依頼を押しつけられた。
今、腕の立つ冒険者はマクドナフに行っているそうだ。サイクロプスとオークキングが現れた情報が流れ、力試しに向かう者が増えたらしい。
お陰で、辺鄙な村へ向かう者がいないのだと言う。どちらにせよ目的地だから引き受ける。
翌日も休憩以外を移動に費やし、夕方にスケア村に到着した。村は先を尖らせた丸太を打ち込んで作られた、頑丈な塀で守られている。山に近い程魔物は多いのだ。
グリフォンがいた事からアリアがいると分かり、入り口を守っていた村人が村長に知らせた。小さな村だ。他の村人達も集まって来た。
アリア様とグリフォンと一緒にやってきたマーシャを、村人は驚いて出迎えた。
「マーシャ、どうしたの?」
マーシャに声をかけたのは、同じ年頃の少女だ。マーシャは何も言えず、固まっている。瑠璃は、震えるマーシャの手をギュッと握った。
「すみません、皆さん。後で説明しますから、村長の家を教えて下さい」
「私が村長です。どうぞこちらへ」
村長は中年の穏やかそうな男性だ。
案内された村長の家についても、マーシャの震えは治まらない。村長の家を見て立ちすくんでいる。これでは中に入って話を聞くのは無理だろう。
「皆、マーシャを頼むね」
稜真とアリアは2人だけで、村長の家に入る。
「…そう…でしたか…」
話を聞いた村長は、沈痛な面もちで外を見た。
窓からは村に面した山が見える。地肌が見える部分があった。あそこが崩れた場所なのだろうか。
「畑と家の両方が潰れたのは、マーシャの家だけです。他の者は、どちらか片方だけでした」
「調査書では、人の被害はなかったとありましたが」
稜真が聞いた。
「はい。崩れたのが昼間でしたから、皆助かったのです。──マーシャの父は何もかも失い絶望したのでしょう。引き止めたのですが、いちから出直したいのだと言って…。たまたま商隊が立ち寄った事もあり、慌ただしく出て行きました。あの商隊が立ち寄らねば…、あのまま…この村でやり直したでしょうに……。こんな事を言っても今更ですが…残念です」
家は埋まり、お金も着替えも何もない一家に、村人達が餞別を渡した。成功したら、きっとお返しに戻って来る、マーシャの父はそう言って、旅立ったのだと言う。
「それがまさか…。マーシャの親戚については、知る者がいないか聞いておきます」
「よろしくお願いします。俺達は、しばらくこの村に滞在します。実は──」
稜真は川の上流を調べたいと話した。
「確かに。例年でしたら川の水は澄み、水量ももっと多いのです。私も気になっておりました。崖崩れの復旧が終われば、誰かに調べさせようと思っていたのです。アリア様、リョウマ様、どうぞ家にお泊まり下さい。調査に行かれている間、マーシャの面倒は見ましょう。うちの娘とマーシャは、仲が良かったのですよ」
「う~ん。せっかくだけど、宿に泊まるわ。マーシャはまだ、ショックがとれてないの。両親を亡くしたマーシャに、友達の幸せな家庭を見せるのは辛いと思う。出来ればマーシャから近づくまで、村の人にはそっとしてと伝えてくれないかしら」
「…そう、ですね。これは私の考えが至りませんでした。村の者には伝えておきます」
マーシャ一家の事が報告書に書かれていなかったのは、やはりすぐに村から出た為であった。被害に応じて補助金が出される。村から出た者の分を貰うのは、申し訳ないと思っての事だったらしい。
「もう1度報告書を出して。マーシャ一家の事もちゃんと書いてね。出て行った事もしっかり記載すればいいの。それに応じてお父様が判断するわ。申し訳ないとか思わなくてもいい。村の被害は、被害なんだもの。それに予算が足りなかったら、私が魔物狩るから大丈夫」
そう言って笑うアリアに、村長は頭を下げた。
↓ルクレーシア視点の創世神話です。
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