183.イネスと稜真
「稜真ぁ、そんなに気にしちゃ駄目だって、ね?」
「分かってはいるんだけどな…。はぁ…」
アリアの慰めにも、表情は晴れない。稜真がアリアに慰められているのには、訳があった。
稜真達は村々を回り、時には野営をし、時には宿に泊まり。遠回りをしながらスケア村へと向かっていた。
遠回りをしているのは調査の為だが、少しでもマーシャを人に慣れさせたい思いもあった。
幸い瑠璃とマーシャは気が合い、仲良くなっている。マーシャは、瑠璃を守ると決めたらしい。
『私は守って貰わなくても、大丈夫ですのに』
瑠璃が念話で稜真に言う。その表情はくすぐったそうだ。
『瑠璃が強いのは知ってるけど、守られてあげて、ね?』
『分かりましたわ』
進むにつれ、村に入ってもマーシャが怯える回数は減って行く。
稜真とイネスは、料理の情報を交換しあい、宿に泊まる時は一緒に勉強する。
イネスは少しずつ、自分で絵本が読めるようになっている。それでも稜真の読み聞かせを待ちわびていた。夜営時は周囲の迷惑になるかも知れないと、読み聞かせは宿に泊まる日だけなのだ。
──旅は順調なのである。
なんの問題もないが、稜真にとっては大きな問題が発生していた。
白いグリフォン連れなので、『アリア様』と『従者』がいるのは一目瞭然である。
伯爵の通達により、白いグリフォンをテイムした従者は、男だと知られている。つまり、イネスが従者だと思われるのだ。
村へ入る度に間違えられる。稜真が気にしないでおこうと思っていても、こう毎回毎回では精神がすり減る。
「あの、リョウマさん…。外見はともかく、リョウマさんは頼りがいもあるし、教わる事が多いです。可愛くても、やっぱり年上ですよね!」
「イネスはひと言…いや、ふた言余計なんだよ!!」
イネスの気遣いは、全く慰めにならなかった。
馬車でイネスと並ぶから、身長差で余計に小さく見られるのだろう。そう思った稜真は、アリアと交代してきさらに乗ったが、効果はなかった。
『あるじー、だいじょぶ?』
そらが心配してくれている。ももも、稜真の肩に乗りぷるぷると揺れている。
『…主?』
瑠璃からも念話が届く。
「大…丈夫…だよ。うん…」
「え~っと稜真。次は私と稜真がきさらに乗ろうよ。私達がきさらに乗ってれば、間違われないって!」
「そうだね…、そうしてみようか」
稜真とアリアがきさらに乗り、残りの3人は馬車の御者台に座った。小さな瑠璃とマーシャとなら、3人でも余裕がある。
次の村に近づいた。どんな小さな村でも、魔物の多いメルヴィル領では柵と門番は必須である。遠目からも、白いグリフォンが見えたのだろう。『アリア様』を出迎えようと、門番が柵の外に出て来た。
「おっ! 坊主、従者様に乗せて貰ったのかい?」
「ふ、ふふっ…。坊主、か」
結局、何をしても無駄だったらしい。
この村に泊まろうか迷ったが、そろそろ距離を稼ぎたいので、今夜は野営する事にした。
ここから先、スケア村まで人里がない。明日はこの周辺の調査をしてから、出発する事にした。野営地に他の旅人はいなかった。
まだ夕方前だ。手分けして辺りを見回ろうとアリアが言う。
「ちょっとだけ待ってくれる? …俺が癒されるまで」
稜真はきさらのもふもふを堪能中であった。坊主扱いのダメージは大きかった。
(……もういっその事、イネスをお兄ちゃんとでも呼んでやろうか)
「リョウマさん、今日の夕食は何にします?」
やって来たイネスを、稜真はじとっ、と見上げた。
「どうかしました?」
高い身長と童顔ではない顔が、心底うらやましい。
稜真は声を少し高くし、子供の声を作る。
「ねぇ。イネスお兄ちゃんって、呼んでもいい?」
「ひっ!? リョウマさん、どこからそんな可愛い声を出してるんですか!?」
「出しちゃ駄目? 変かな?」
「…いつものリョウマさんでいて下さい。……お願いします」
イネスは頭を抱えてしゃがんだ。
(何をやってるんだろうな…俺は…)
ストレスのはけ口が、変な方向に向かってしまった自覚はあった。アリアがきらきらした目で、こちらを見ている。
「──で? イネスはいつまでそうしてるのかな?」
稜真は声を戻して聞いた。
「ただでさえ可愛いリョウマさんに、あんな可愛い声を出されたら、俺はどうすればいいのか…」
「声はともかくとして、可愛いって言うなよなっ!?」
「すみません…。でも俺にとって可愛いは、ほめ言葉ですよ。俺はこれまで、1度も言われた記憶がないから」
「親にも?」
「……はい」
「それはそれで、気の毒か…」
稜真はしゃがんでいるイネスの隣で、体育座りをした。
「もう少し小さくなりたいです…」
「俺はもっと、大きくなりたいよ…」
「年相応の顔がいいです…」
「それに関しては同感…」
「普通がいいです…」
「いいな…普通、か…」
はぁ…、と稜真とイネスは顔を見合わせて、ため息をついたのである。
「おにいちゃんたち、かわいそう…」
そう言って、マーシャが交互に頭を撫でてくれた。
「「…うっ」」
1番の庇護対象であるマーシャに撫でられ、ある意味で最大のダメージが2人を襲ったのだった。
この日はどうにも稜真の気力が上がらず、イネスが夕食作りを引き受けてくれた。もちろん瑠璃やマーシャ、そしてももが手伝っている。
その間稜真はテントを張る。
『あるじー。そらは、さくてき、する?』
「アリアがきさらと見回りに行ったから、今はいいよ。俺を手伝って欲しいな」
『はーい!』
そらは稜真が取ってと頼んだ物を運ぶ。とてとて、ぱたぱた、よちよちと手伝ってくれる姿に、稜真の心が和んだ。
きさらと近辺をひと回りしたアリアは、「異状なかったよ~」と戻って来た。
イネスが作った夕食は、実家の料理屋で出していた料理だ。これまで何度か作ってくれた料理は、素朴な煮込み料理が多く、全員に好評だ。
今夜の料理も気持ちをほっこりさせてくれて、とても美味しかった。
「あの…リョウマさん。明日から俺、馬車の中にいましょうか。俺の姿が見えなければ、間違われないと思います…」
イネスはあれからずっと、悩んでいたらしい。
「………」
稜真は自分の頬を、両手で思いっきりパンッと叩いた。頬が赤くなる。そらがびっくりして羽を毛羽立たせ、真ん丸にふくらんだ。アリアと瑠璃ときさらは、ぱかっと口を開いて唖然としている。同じく固まったマーシャの手の中で、ももがふくらんでいる。
「リョウマさん!?」
イネスはどうしていいか分からず、おろおろしている。
(ったく! 何をやってるんだ、俺は! 強くなる事ばかり考えて、強さって力ばかりじゃないだろう!? 今の年齢に引っ張られていたけど、もっと人生経験があるだろうが! 子供に気を使わせるなんて、最低だ!!)
完全に吹っ切るのはまだ難しいが、稜真は猛省した。思えばこれまでにも、イネスが考え込んでいる姿を見かけた。料理の修行先で悩んでいるのかと思っていたが、それだけではなかったのだろう。
稜真は、もう1度両頬を叩いて気合を入れた。
「イネス、気を使わせて悪かったよ。もう気にしない…のは無理だけど、受け入れるからさ。そんな事言うなよ。いつも通り、一緒に行こう」
「……でも」
「大丈夫だよ。今度間違われたら、諦めて『お兄ちゃん』って呼ぶから」
冗談めかして『お兄ちゃん』の部分を、声を作って言ってやった。
「や、止めて下さい!」
「ははっ! 冗談だよ。イネスは背が大きいだけで、中身は子供らしいよ。弟みたいに思ってる」
「……弟」
イネスは照れくさそうに頬を染めた。
「今度、俺と一緒にきさらに乗ろうか」
「いいんですか?」
「いいよ」
「その前に、私に馬車の御し方教えて」
アリアは馬に乗れるが、馬車の動かし方は知らなかったらしい。もちろんマーシャも無理だ。どうやら稜真がイネスときさらに乗るのは、もう少し先らしい。
明日からは、アリアがイネスと馬車に乗り練習する事になった。運動神経の良いアリアだ。それ程時間はかからないだろう。
イネスもグリフォンに乗りたかったらしく、押さえているが嬉しそうだ。イネスは身長も高く、ぱっと見は大人びて見えるが、今の表情は子供らしさを感じさせる。
例えイネスの方が年上と見られても、身長が見上げる程に高くても、稜真には子供にしか見えていない。だと言うのにストレスをぶつけてしまったのは、一緒に料理をしたり、勉強をした事で、気安くなったから。それだけ心を許しているのだ。
「イネス。変に気を使わせたお詫びをしたいんだけど、何がいい?」
「お詫びなんて、別に…」
「なんでもいいぞ」
「稜真のなんでも!? 私だったら──もごっ!?」
余計な事を言いそうな気配に、すかさず稜真はアリアの口を手で塞いだ。
「アリアには聞いてない」
「…また…絵本を読んで貰えますか?」
「それでいいなら、いくらでも」
イネスの目が輝く。そこまで待ち望んで貰えるのは、稜真にとっても嬉しい事だ。
あちらで演技の勉強を兼ねてボランティア活動をしていた時、幼稚園を訪問して読み聞かせをしていた。イネスを園児と同列にするのは悪いと思うが、キラキラした目で聞き入る姿は同じだ。懐かしかった。
「そうだな。今日は絵本じゃなくて、違うお話を読もうか。たまにはいいだろう?」
「リョウマさんが読んでくれるなら、どんなお話でも大歓迎です!」
「稜真、絵本って何!」
アリアが食いついた。ここまで静かに聞いていた、瑠璃とマーシャも不思議そうにしている。
「イネスの文字の勉強用に、絵本をあげたんだよ。文字の勉強に、読み聞かせは基本だろう?」
「稜真の読み聞かせ!? 私も聞きたい!!」
はい!と、アリアが手を上げた。
「私も聞きたいです!」
「マーシャも、ききたい」
もちろん従魔達もそれぞれに聞きたいと声に、行動に示している。
「それなら片付けをすませて、寝る準備をしようか。全部終わったら読んであげるよ」
「「「「行ってきます!」」」」
全員が、それぞれ片付けに散って行った。──と思ったら、アリアが戻って来た。
「ねぇねぇ稜真。さっき『お兄ちゃん』って言った声、もう1回聞きたいな~。あの声で、私にお姉ちゃんって言ってみて?」
何しに戻って来たのかと思ったら、そんな事を言う為か、と稜真は脱力した。
「……やりません」
「え~!? 聞きたい!!」
「アリアには、本を読まなくてもいいのか? 1人で先に寝るんだね?」
「う!? そっちも貴重…。だけど、さっきの声も聞きたい…。でも…、う~ん。迷うなぁ」
「だから、あれは気の迷いでやったんだから、もうやりません。やらないんだから、迷う必要もないだろう」
「ひと言だけ! ね? お願い!」
アリアは両手を組んで、上目使いに稜真を見上げた。
「…はぁ。他の皆に聞かれたくないから、もう少し近くに寄って」
「は~い」
いそいそとアリアは稜真に近づく。
「あ、その前に。アリアの誕生日はいつだった?」
「へ? 8月だよ」
「前世は?」
「何故か同じ~。それがどうかした?」
稜真は、にっこりと微笑み、アリアの希望通りの声を作って言ってやった。
「精神年齢、今は俺と同い年なんだね。お姉ちゃん」
「っ!? ……り、り、稜真の馬鹿ぁ!!」
暗に前世年齢を足されたアリアは、ぷるぷる震えてから叫んだ。
「あははっ」
稜真の笑い声は楽しげだった。きさらのもふもふにも癒されるが、ストレス解消にはアリアとの触れ合いが1番らしい。
片付けに行きかけたアリアは、振り返ってもう1度叫んだ。
「馬鹿ぁ!!」
「あはははっ!」




