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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第9章 マーシャとの旅

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182.絵本

 稜真は昼食の準備をしようと、作業テーブルと食材を取り出した。

「さて、何を作るイネス」

「そうですね…」

 イネスは稜真の顔をじっと見る。


「どうかした?」

「リョウマさん、疲れてます?」

「あー、はは…。お嬢様方にお説教食らってさ」

「昼食は俺が作りますから、ゆっくりして下さい」

 どうやら顔に出ていたらしい。せっかくなので、甘える事にした。

「悪いね」


 稜真が疲れている訳は、移動中、昨夜の話を根掘り葉掘り聞かれたからである。


 ギルドでの騒動に関しては、稜真が納得しているなら省いていいと言われたので、ひとまず安心した。詳しく話したら、この2人のお返しはあんなものではないだろう。戻ってシバくと言い出しかねない。

 リックとの手合わせ当初は、それでもいいかと思っていたが、サウスとデニールの話を聞いてからは、それ以上させる気は無くなっていた。


 リックの罰から飲み会終了までを、ざっと話した。


「ん? 今、料理を口に入れて貰ったって言った?」

「言ったけど?」

「誰に?」

「さっきの門番のサウスさん」

「…あの人なら…、まぁ…いい…かな。いやいや! 稜真ったら、普段私に妄想するなって言うくせに、そんな美味しいネタを仕出かして来るなんて、どういう事なの!?」

「……ネタ?」

「男同士であ~んしたら、充分ネタになるでしょ!?」

「食ってみろって言われて食べただけなのに…」

「私が妄想するって事は、アウトなの!!」

「それを基準にしたら、俺は男性と話も出来なくなるよ…」


 瑠璃が頭をぐっと反り返し、アリアと目を合わせた。ちなみに今はいつものように、瑠璃は1番前、アリアはその真後ろにいる。

「…アリア。後でお説教ですわよ?」

「げっ!? で、でも今回は稜真が悪いと思うんだけどな。──えっと稜真。他には?」

「……デニールさんには、口に唐揚げ突っ込まれたけど、ノーカンだよね?」

「アウト!! ほら、やっぱり2人とも堕としてた!!」

「…堕とした言うな。飲み友達になった気はするけどな」



 そんなこんなで、根掘り葉掘り聞き出され、お説教され続けた稜真は疲れていたのである。


 疲れを癒すのは、もふもふとの触れ合いが1番だ。稜真はきさらとメリッサにブラシをかけてやる。きさらもメリッサも艶々でご機嫌だ。




 昼食を終えると出発した。進路にある小さな村に、話を聞こうと立ち寄る。


 村長によると、ほとんど被害はなく、畑の作物が少々駄目になった程度だった。この辺りの地形は平地な為だろう。近くの川も幸い氾濫はしなかった。


 稜真とアリアが話を聞いている間、瑠璃とマーシャとイネスは休憩している。マーシャはももをもちりながら、きさらにもたれて座り、瑠璃と話をしている。そらは、馬車の上で索敵と警戒だ。


 イネスは、昨夜稜真に教わった単語を、地面に何度も書いて練習していた。そんなイネスに、村人が話しかけて来た。皆、アリアの話を聞きたいのだ。

「俺は会ったばかりで、余り詳しくなくて」と答えながら、当り障りのない返事を返す。

 話せるのは、稜真との手合わせくらいだ。ついついアリアよりも稜真についての話が多くなる。それでも村人は興味深かったようだ。


 稜真に大雨の被害がなかったか聞いて欲しいと頼まれていたので、村人の質問に答えた後は大雨について聞いた。


 マーシャが話を耳にすれば、辛い記憶が蘇るかも知れないと心配だったが、こちらを気にせずに瑠璃と話しているし、グリフォンに近寄る者はいない。

 村人達は家が雨漏りして、作物が少し駄目になった程度だったと話してくれた。


 ──こうしていくつかの村を回ったが、どの村も同じで被害は少なかった。


 夕方近くに着いた村で宿泊だ。

 宿の手配をしてから、稜真は村の空き地を借りた。目的はアリアとの手合わせである。


「ふん、ふふ~ん。夕方だから、思う存分やれるよね~」

 次にやる時は夕方に、そう言った手前、稜真に手合わせを断る術はなかった。


 観客の村人達は、アリアの強さを目の当たりにして感激していた。



 手合わせを終えた稜真はへたり込んだ。

「はぁ…はぁ…」

 稜真はまたもや、こてんぱんにやられたのである。その後、アリアが瑠璃にお説教されるまでが、いつものパターンになっている。


「ですから、やり過ぎなのですわ!」

「ごめんなさい」

「例の件でのお説教とこれは別ですからね!」

「うえええ~」


(はは…。やっぱり、うちで最強なのは瑠璃だね)


 幼女にお説教されるアリアに、村人達は唖然としていていた。

 稜真には同情が集まり、作物やお菓子などの差し入れをたくさん頂いた。おまけに、「可哀そうにねぇ」と老女に頭を撫でられたのである。──アリアにやられたダメージよりも、会心の一撃であった事は言うまでもない。




 この村の宿にはお風呂がなかった為、共同浴場へ向かった。共同浴場は時間交代制ではなく、少し狭いが男女が分かれていると聞いて、全員一緒だ。さすがに従魔は入れないので、宿で留守番をしている。


 稜真が体を洗ってお湯に浸かると、湯が傷に染みた。

「痛たた…」

「リョウマさん、大丈夫ですか?」

 イネスが心配してくれた。

「大丈夫…。擦り傷だし、明日には治るよ」

「打ち身もありますよ。薬を塗りましょうか?」

「このくらい、塗らなくてもいいよ。もっとひどくやられた時は、頼むね」

「はい! 任せて下さい!」

 そんな羽目には、ならないように願いたいものである。


 宿へ向かう帰り道、瑠璃がおんぶをせがんで来た。稜真の背にくっついた瑠璃は、こっそりと回復してくれたのだった。




 宿は前回と同じ、ツインとダブルの部屋だ。

 そらとももも、アリアとマーシャの部屋で眠る。マーシャを守ると決めているのだ。


 夕食が終わると、稜真はアリアのお手入れをすませる。その後は部屋に戻り、イネスと勉強の時間だ。


「イネス、これやるよ」

 稜真がイネスに渡したのは、ロッドウェルの町を出る前に購入した、勇者物語の絵本だった。朝起きて思いつき、アリアに本屋の場所を聞いて、急いで購入して来たのだ。

 この絵本の他に、物語集を買ってある。神話や民話が集められた分厚い本だ。本代は自分のお給料から払った。


「俺に…ですか?」

「文字を覚えるのに、単語ばかりではつまらないだろう?」

「本なんて…俺初めてです」

 絵本の表紙には、勇者が剣をかざし、ドラゴンと対峙している絵が描いてあった。ページをめくると、臨場感溢れる絵の横に文字が書かれている。

 小さな子供向けの絵本ではないので、文章が多い。稜真がこの絵本を選んだのは、12歳の少年なら勇者物語に興味を持つと考えたからだ。

 文字を覚える為だけの絵本もあったが、どうせなら興味を引く本の方がいいだろう。


 イネスは感嘆のため息をつきながら、そっとページをめくった。

「あ!? リョウマさん、この文字読めます! 『リンゴ』ですよね?」

 それは稜真が昨夜教えた言葉だった。


「そうだよ。ちゃんと覚えていたんだ。偉いね」

「これ…俺の本…ですか?」

「そう」

「…でも、俺…。勉強や料理を教えて貰ってるのに、本まで…」

「イネスには、俺も料理を教えて貰ってるだろう? 馬車の御者もして、料理も作ってくれている。今日も村の人に話を聞いてくれた。俺はとても助かっているよ。だから、これぐらいで遠慮するな」

「はい…、はい! ありがとうございます!」


 イネスは絵本を眺めた。絵だけでも、なんとなく話が分かる。自分で読めるようになれば、どんなに嬉しいだろう。

 これまで、イネスが自分の持ち物と言えるのは、身につける物だけだった。

 子供の多い両親には、そんな余裕がなかったのだ。可愛がってくれなかった訳ではないし、誕生日にはごちそうを作ってくれた。物がなくても、新しい料理を教えて貰うだけで嬉しかった。


 まさか絵本が自分の物になるなんて、嬉しくてたまらない。ページをめくっては、絵と文字に手でそっと触れた。そうして文字を追っていくと、教わった単語を見つけた。『パン』と『スープ』だ。イネスは指で文字を追いながら、他にも教わった文字がないか探す。


 稜真は新しい単語を教えるよりも、絵本を見るのを優先させた。何よりも、イネスが絵本を手放しそうにない。目を輝かせ、時折「あった!」と声を上げるイネスを微笑ましく思いながら、自分の勉強を続けた。



「──さて、今日はここまでにしようか」

「……え」

 イネスは残念そうだ。何度見ても飽きないらしい。

「見ているだけじゃ、話は分からないだろう? 読んでやるから、ベッドに入ろうな」

「でも…。リョウマさんは、アリア様との手合わせで、疲れてるし…」

「絵本を読むくらい、なんでもないさ」


(瑠璃に回復して貰ったしね)


 稜真の答えに、イネスは嬉々としてベッドに入った。

 イネスは物語を聞いた事もなかった。ましてや本を読んで貰うなど、初めての経験だ。

 稜真はイネスが横になったベッドの隣に、椅子を持って座る。そして横になったイネスから絵が見えるように絵本を開いた。




 ──稜真は、静かに読み始めた。


『むかしむかし。ある王国に7人の、それはそれは美しいお姫様がおりました。中でも1番下のお姫様の美しさは、国中、いいえ。他の国々にまで届くほどでした。

 そのうわさは、いつしかドラゴンのもとへと届いてしまったのです。』


 さらわれたお姫様を探し、悪いドラゴンを倒す勇者の物語。

 稜真が読む物語は、姫の声は高くか細く、勇者の声は勇ましく格好良く、ドラゴンの声には身が震える程だった。イネスは物語に引き込まれていった。


「お終い」と、稜真が絵本を閉じた時も、ここが宿の部屋であると分からない程だった。まるで自分が物語の中にいたような感覚が残っている。はぁ、とイネスは熱いため息をついた。


「…あ、あの、リョウマさん。もう1度、読んで貰ってもいい…ですか?」

「いいよ」

 稜真は軽く笑って、もう1度読み始めた。ハラハラドキドキ、百面相して聞いているイネスの表情が面白かった。


 イネスは2度目も、物語に引き込まれた。まるで、寝る前から夢を見ているかのようだった。


「…あの、もう1度…」

「寝るのが遅くなるよ。また今度ね」

 稜真は約束すると部屋の明かりを消し、ベッドに横になった。稜真が寝つくのは早い。その寝息を聞きながら、イネスは絵本の話を思い返していた。目を閉じると絵本の絵が瞼に浮かぶ。稜真の声が頭を流れる。──何度も、何度も。


 この日イネスは、自分が絵本の勇者になって戦う夢を見たのだった。




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