180.アリア様の従者 中編
(なんで…どうしてだよ!?)
リックは訳が分からない。対戦が始まったら、こちらから一方的に打ち込んでやる。身の程を知らしめてやる、と思っていた。それなのに、どうしても打ち込めないでいる。
門番として働く為に、毎日の鍛錬は欠かしていない。先輩に手ほどきも受け、自信もついていた。目の前にいるのは、見下ろす程に小さな少年なのだ。打ち込めないなんてあり得ない筈なのだ。
──汗がしたたり落ちる。足がすくむ。
「来ないのですか?」
冷たい声にリックはギリッ、と歯噛みした。
「──お待たせ、そら」
稜真はあっさりと勝利した。
『まってない、はやかった!』
稜真はリックの実力を確認する為、何度か剣を受けた。自信過剰なだけかと思ったが、光るものは感じられた。だが、あくまでも上から目線で、やりこめてやろうとする姿勢が頂けない。
長く相手をする気にもなれず、文句のつけようがないように、相手以上の力とスピードで、正面から叩きのめした。
リックはうめき声を上げて、うずくまっている。容赦なく打ち込んだので、しばらくは打ち身が痛むだろう。
「…し、身長差があったから、気の毒で強く打ち込めなかったんだ。負けたのはそのせいだ!」
「………」
この男どうしてくれようか、と稜真は冷たくリックを睨んだ。
リックの背後に立った男が、拳骨で殴りつけた。
「この、馬鹿が!!」
容赦ない一撃にリックは床に倒れ込んだ。
「痛っ! サ、サウスさん!? どうしてここに」
「お前がギルドで問題を起こしていると聞いて、飛んで来たんだよ!」
稜真は、息を切らしている受付嬢に気付いた。門まで呼びに行ってくれたのだ。サウスと呼ばれた男は、リックを止めた年かさの門番だ。
「だ、だって、こんな子供がアリア様の従者だなんて、信じられなかったんです!」
叫ぶリックを捨て置いて、サウスは稜真に向き直ると深々と頭を下げた。
「迷惑をかけて申し訳ない。きっちりと教育をし直すので、許して貰えないだろうか」
サウスが自分のせいで頭を下げる姿に、リックは慌てた。
「そこまで謝らなくても、いいじゃないですか! だって、こいつがグリフォンをテイムしているなんて、未だに信じられません!」
まだ言うかこいつは、と稜真は目を細めて睨みつけた。せっかく稜真が勝って機嫌が直ったそらが、またふくらんでいる。
サウスはリックを引き起こして、無言で殴りつけた。尻餅をついたリックの襟首を掴んで体を引き起こす。
「いいか。アリア様の従者がグリフォンをテイムしているのは、伯爵様からの通達にあったんだ。それを疑うと言う事は、伯爵様の言葉を疑う事だ。しかも、ギルドを疑う言葉も口にしたらしいな? ──死にたいのか?」
「…俺は…そんなつもりじゃ…」
「従者様の実力は、その体で確かめただろうが! それを身長差のせいにするとは、呆れて物も言えん!」
「……その小さい魔鳥だけなら、そいつがテイムしたと聞いても納得出来たんだ。まさかグリフォンなんて…。本当なのか?」
リックはブツブツとつぶやいている。そらが苛立って、ふぅさせてと稜真にせがむ。
「サウスさんと仰いましたか? あなたの謝罪は受け入れます。その人には、ギルドに対する謝罪をきちんとさせて下さい。それと。彼はまだ、俺が従者であると、本心から納得出来ない様子ですね。先程からずっと、この子が怒っているのです。この子の一撃を浴びさせてくれるなら、彼の事も俺は不問にしましょう」
「それはありがたい。こいつは好きにしてくれ。だが、その子でいいのか? なんならグリフォンを連れて来てくれてもいいが」
リックは声にならない悲鳴を上げ、後ずさる。
「腹を立てているのは、この子ですから。そら、ふぅさせてあげる」
『やる!』
稜真はリックを立たせた。リックの背後にいる人間は、全員こちら側に移動して貰う。
「何を…するつもりだ?」
「あなたは黙っていて下さい。この子の一撃を受ける間、そこに立っていればいい」
「ふん。魔鳥の一撃くらい、構える必要もないさ」
懲りない男である。
「そら、オーク相手よりも威力は押さえてやって」
「オーク相手? あー、従者様。その魔鳥はオークと戦った事があるのですか?」
サウスが恐る恐る聞いた。
「はい。俺がオークキングと戦った時に、戦力になってくれました」
オークキングと稜真が戦ったいきさつは、噂になっている上、サウスは詳細を記した報告書を読んでいる。
「…手加減…してやって下さい」
「そのつもりです。いいよ、そら」
『はーい!』
そらは飛び立つと、リックとの距離を測り、深く息を吸い込んでブレスを吐いた。
ヒュウウウ。
小さなそらから放たれたブレスがリックを襲う。
「なっ!?」
冷気の風が巻き起こった。見物していた者達は、思わず目を閉じた。
──風が止んで目を開けると、リックを中心に1メートル程が霜で覆われていた。
リックの髪や服は凍り付き、パリパリと氷の欠片が落ちる。ガタガタと震えているが、命に別状はなさそうだ。
「あんなちっさいのにブレス!?」
「すっげぇ…」
「氷のブレスを使う魔鳥って、レベルどんだけなんだよ…」
同じ魔鳥でも、そらと同じレベルでブレスを使える個体はいない。そらが覚えられたのは、創造神の加護のお陰だろう。
『あるじー、すっきりした!』
戻って来たそらを、稜真は優しく撫でてやった。
その頃のアリアは、買い物の真っ最中だった。
「ギルドで…」とか「アリア様の従者が…」とか、何やら噂話が聞こえる。のぞきに行きたかったが、マーシャをゴツイ連中だらけのギルドになど連れて行けない。
(何が起きているのか大体は想像つくけどねぇ。稜真ったら、ギルドでのお約束、何回目? あ~、見に行きたかった~)
諦めたアリアは買い物に集中する。購入するのは、瑠璃の下着一式。マーシャの着替えが少ないのも分かっていたので、こちらも追加で何枚か買った。
次は服だ。動きやすくて可愛い服を探す。
店の女性店員も、アリアと一緒になってあれこれ選んでくれた。瑠璃とマーシャがお揃いになるように、色違い、大きさ違いで何枚も出してくれる。
店員とアリアは和気あいあいとしながら、幾度となく着せかえて、似合う服を選んだ。
次々に選んでは着せるアリアに、マーシャは困惑顔である。既に買うと決めた服が山になっている。きっと申し訳なく思っていると察した瑠璃が、「お揃いですわね」と笑いかけた。
「…おそろい」
「たくさん買って貰うかわりに、お手伝いを頑張りましょう」
「うん。がんばる!」と、マーシャも決意を新たにした。
早々に自分の買い物を終えていたイネスは、遠い目をして店内の椅子に座っていた。
いつまでたっても、買い物は終わりそうにない。時折、着せかえ人形にされたマーシャが、「どっちがいい」と聞いて来るので、自分なりの意見を言う。
イネスは男兄弟ばかりで、女の子の買い物に付き合った経験がなかったのだ。
(リョウマさん…。頑張れの意味…教えといて欲しかったです…)
アリアは服のついでに、マーシャのリボンを買った。マーシャの髪はふわふわで、肩よりも少し長い。是非とも稜真に頼んで、可愛くして貰わねば、とアリアは常々思っていたのだ。
マーシャに好きな色を選ばせたら、赤を選んだ。
細い真っ赤なリボンを2本と太い青いリボンを1本、そして櫛を買う。マーシャは、リボンを持つのは初めてらしい。
「明日、稜真に結んで貰おうね。3人でお揃いにしよう!」
「リョウマさんって、髪も結べるんですか」
イネスが驚いている。
「わたし、イネスおにいちゃんに、むすんでほしい」
マーシャが言う。
「俺?」
「…だめ?」
「すぐは無理だなぁ。髪なんて結んだ事ないから。リョウマさんに教えて貰うよ。マーシャ、練習に付き合ってくれよ」
「うん」
マーシャは、少しずつ感情を現せるようになっており、その口元が少し上がった。
──後始末はギルド長とサウスに委ね、稜真は宿へ戻った。
ももはずっと静かに稜真の胸元にいたが、もしかしたら眠っていたのだろうか。宿の厩で出してやると、何事もなかったかのように、きさらの上に乗った。
「お待たせ」
稜真は約束通り、きさらにブラシをかけてやる。
きさらは腹を稜真に向け、脱力しきって喉を鳴らしている。メリッサが、期待に満ちた目をして順番を待っている。
「…リョウマさん、ただいま戻りました」
「お帰り、イネス」
イネスは疲れた顔をしている。
「女性の買い物って、大変なんですね…」
「2人分だからね。お疲れさん」
「疲れましたよ。今更ですけどリョウマさん、助言しといて欲しかったです…」
「助言、ねぇ。耐え忍ぶ事かな」
「その助言、意味ないですよ!?」
「ははっ! イネス。ブラシかけを手伝ってくれ。メリッサがお待ちかねなんだよ」
少しふくれかけたイネスは、アリアと同じ12歳の子供の顔だった。
自分の番が来たと分かったのか、メリッサは自分用のブラシを咥えて、そっとイネスに鼻面を押し付けた。
「分かった分かった! 今してやるって!」
疲れているのは、稜真も同じである。2人でもふもふと触れ合い、癒して貰ったのだった。
夕食、入浴、アリアのお手入れ、追加で瑠璃とマーシャのお手入れをすませ、稜真は部屋へ戻った。
そらとももは、まだマーシャから目を離したくないらしく、ダブルの部屋で眠ると決めているらしい。
稜真とイネスの部屋には小さな机がある。そこへ稜真は、宿題を取り出した。伯爵の依頼を受けての移動だが、それとこれとは別だと、オズワルドに出された物だ。
「リョウマさん、今から勉強もするんですか?」
「俺は知らない事が多いんだよ。だから時間が空けば、勉強しないとね。灯りは机だけに絞るから、先に寝てていいよ」
「……あの。俺も一緒に勉強してもいいですか? 文字の読み書きを覚えたくて…それで…」
「いいよ。一緒に勉強しよう。教えてやるよ」
部屋の机は小さいが、椅子は2つある。イネスに机を使わせ、文字の書き取りをさせながら、稜真は本を広げて勉強した。
他領では、それ程領民の勉強に力を入れておらず、文字の読めない者も多い。
学問所もあるが、裕福な商人の子が通うくらいだ。イネスの家では、全員を行かせる余裕はなく、通ったのは長男だけ。家に本もなかったらしい。
両親は読み書きが出来るので、文字を覚えたら、手紙を書きたいのだと言う。
イネスは、真剣に単語の書き取りを始めた。稜真は、覚えやすい単語がいいだろうと、食材の単語を見本として書いた。イネスは物覚えが早く、もっと教えて欲しいと言ったが、今日は買い物で疲れているだろう。勉強は1時間程で切り上げた。
「明日も移動があるからね。勉強はまた明日。今日は早く寝ような」
稜真は、イネスをベッドに追いやる。
「リョウマさんは寝ないんですか?」
「ギルド長から呼び出しがかかっていてね。今から行って来るよ」
「こんな時間から…ですか?」
「そんなには遅くならないさ」
横になったイネスに、稜真は布団をかけてやる。
「今日はありがとうございます…。お休みなさい」
「お休み」
現在時刻は、21時少し前。稜真は、呼び出された店へと足を向けた。アリアと瑠璃には、出かけると伝えてある。
どうやらこの店は、お酒を出す店のようだ。
「頼まれたから案内するが、進められても酒は飲むなよ。ったく、こんな時間に、こんな店に呼び出すなんざ、いい大人のやる事じゃねぇ」
店主なのだろう。稜真の為に怒ってくれているのは分かるのだが…。稜真はそっと、ギルドカードを差し出した。差し出す行動が手慣れて来た自分に、複雑な思いを抱く。
「なんだ? ……16? あー、悪かった」
「はは…。慣れています…から」
稜真は個室へ案内された。




