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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第9章 マーシャとの旅

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180.アリア様の従者 中編

(なんで…どうしてだよ!?)


 リックは訳が分からない。対戦が始まったら、こちらから一方的に打ち込んでやる。身の程を知らしめてやる、と思っていた。それなのに、どうしても打ち込めないでいる。

 門番として働く為に、毎日の鍛錬は欠かしていない。先輩に手ほどきも受け、自信もついていた。目の前にいるのは、見下ろす程に小さな少年なのだ。打ち込めないなんてあり得ない筈なのだ。


 ──汗がしたたり落ちる。足がすくむ。


「来ないのですか?」

 冷たい声にリックはギリッ、と歯噛みした。





「──お待たせ、そら」

 稜真はあっさりと勝利した。

『まってない、はやかった!』


 稜真はリックの実力を確認する為、何度か剣を受けた。自信過剰なだけかと思ったが、光るものは感じられた。だが、あくまでも上から目線で、やりこめてやろうとする姿勢が頂けない。

 長く相手をする気にもなれず、文句のつけようがないように、相手以上の力とスピードで、正面から叩きのめした。


 リックはうめき声を上げて、うずくまっている。容赦なく打ち込んだので、しばらくは打ち身が痛むだろう。


「…し、身長差があったから、気の毒で強く打ち込めなかったんだ。負けたのはそのせいだ!」

「………」

 この男どうしてくれようか、と稜真は冷たくリックを睨んだ。


 リックの背後に立った男が、拳骨で殴りつけた。

「この、馬鹿が!!」

 容赦ない一撃にリックは床に倒れ込んだ。

「痛っ! サ、サウスさん!? どうしてここに」

「お前がギルドで問題を起こしていると聞いて、飛んで来たんだよ!」

 稜真は、息を切らしている受付嬢に気付いた。門まで呼びに行ってくれたのだ。サウスと呼ばれた男は、リックを止めた年かさの門番だ。


「だ、だって、こんな子供がアリア様の従者だなんて、信じられなかったんです!」

 叫ぶリックを捨て置いて、サウスは稜真に向き直ると深々と頭を下げた。

「迷惑をかけて申し訳ない。きっちりと教育をし直すので、許して貰えないだろうか」

 サウスが自分のせいで頭を下げる姿に、リックは慌てた。

「そこまで謝らなくても、いいじゃないですか! だって、こいつがグリフォンをテイムしているなんて、未だに信じられません!」


 まだ言うかこいつは、と稜真は目を細めて睨みつけた。せっかく稜真が勝って機嫌が直ったそらが、またふくらんでいる。

 サウスはリックを引き起こして、無言で殴りつけた。尻餅をついたリックの襟首を掴んで体を引き起こす。


「いいか。アリア様の従者がグリフォンをテイムしているのは、伯爵様からの通達にあったんだ。それを疑うと言う事は、伯爵様の言葉を疑う事だ。しかも、ギルドを疑う言葉も口にしたらしいな? ──死にたいのか?」

「…俺は…そんなつもりじゃ…」

「従者様の実力は、その体で確かめただろうが! それを身長差のせいにするとは、呆れて物も言えん!」


「……その小さい魔鳥だけなら、そいつがテイムしたと聞いても納得出来たんだ。まさかグリフォンなんて…。本当なのか?」

 リックはブツブツとつぶやいている。そらが苛立って、ふぅさせてと稜真にせがむ。


「サウスさんと仰いましたか? あなたの謝罪は受け入れます。その人には、ギルドに対する謝罪をきちんとさせて下さい。それと。彼はまだ、俺が従者であると、本心から納得出来ない様子ですね。先程からずっと、この子が怒っているのです。この子の一撃を浴びさせてくれるなら、彼の事も俺は不問にしましょう」

「それはありがたい。こいつは好きにしてくれ。だが、その子でいいのか? なんならグリフォンを連れて来てくれてもいいが」

 リックは声にならない悲鳴を上げ、後ずさる。


「腹を立てているのは、この子ですから。そら、ふぅさせてあげる」

『やる!』

 稜真はリックを立たせた。リックの背後にいる人間は、全員こちら側に移動して貰う。

「何を…するつもりだ?」

「あなたは黙っていて下さい。この子の一撃を受ける間、そこに立っていればいい」

「ふん。魔鳥の一撃くらい、構える必要もないさ」

 懲りない男である。


「そら、オーク相手よりも威力は押さえてやって」

「オーク相手? あー、従者様。その魔鳥はオークと戦った事があるのですか?」

 サウスが恐る恐る聞いた。


「はい。俺がオークキングと戦った時に、戦力になってくれました」

 オークキングと稜真が戦ったいきさつは、噂になっている上、サウスは詳細を記した報告書を読んでいる。

「…手加減…してやって下さい」

「そのつもりです。いいよ、そら」

『はーい!』

 そらは飛び立つと、リックとの距離を測り、深く息を吸い込んでブレスを吐いた。


 ヒュウウウ。

 小さなそらから放たれたブレスがリックを襲う。

「なっ!?」

 冷気の風が巻き起こった。見物していた者達は、思わず目を閉じた。


 ──風が止んで目を開けると、リックを中心に1メートル程が霜で覆われていた。

 リックの髪や服は凍り付き、パリパリと氷の欠片が落ちる。ガタガタと震えているが、命に別状はなさそうだ。


「あんなちっさいのにブレス!?」

「すっげぇ…」

「氷のブレスを使う魔鳥って、レベルどんだけなんだよ…」

 同じ魔鳥でも、そらと同じレベルでブレスを使える個体はいない。そらが覚えられたのは、創造神の加護のお陰だろう。


『あるじー、すっきりした!』

 戻って来たそらを、稜真は優しく撫でてやった。





 その頃のアリアは、買い物の真っ最中だった。

「ギルドで…」とか「アリア様の従者が…」とか、何やら噂話が聞こえる。のぞきに行きたかったが、マーシャをゴツイ連中だらけのギルドになど連れて行けない。


(何が起きているのか大体は想像つくけどねぇ。稜真ったら、ギルドでのお約束、何回目? あ~、見に行きたかった~)


 諦めたアリアは買い物に集中する。購入するのは、瑠璃の下着一式。マーシャの着替えが少ないのも分かっていたので、こちらも追加で何枚か買った。

 次は服だ。動きやすくて可愛い服を探す。

 店の女性店員も、アリアと一緒になってあれこれ選んでくれた。瑠璃とマーシャがお揃いになるように、色違い、大きさ違いで何枚も出してくれる。

 店員とアリアは和気あいあいとしながら、幾度となく着せかえて、似合う服を選んだ。


 次々に選んでは着せるアリアに、マーシャは困惑顔である。既に買うと決めた服が山になっている。きっと申し訳なく思っていると察した瑠璃が、「お揃いですわね」と笑いかけた。

「…おそろい」

「たくさん買って貰うかわりに、お手伝いを頑張りましょう」

「うん。がんばる!」と、マーシャも決意を新たにした。




 早々に自分の買い物を終えていたイネスは、遠い目をして店内の椅子に座っていた。


 いつまでたっても、買い物は終わりそうにない。時折、着せかえ人形にされたマーシャが、「どっちがいい」と聞いて来るので、自分なりの意見を言う。

 イネスは男兄弟ばかりで、女の子の買い物に付き合った経験がなかったのだ。


(リョウマさん…。頑張れの意味…教えといて欲しかったです…)




 アリアは服のついでに、マーシャのリボンを買った。マーシャの髪はふわふわで、肩よりも少し長い。是非とも稜真に頼んで、可愛くして貰わねば、とアリアは常々思っていたのだ。

 マーシャに好きな色を選ばせたら、赤を選んだ。

 細い真っ赤なリボンを2本と太い青いリボンを1本、そして櫛を買う。マーシャは、リボンを持つのは初めてらしい。


「明日、稜真に結んで貰おうね。3人でお揃いにしよう!」

「リョウマさんって、髪も結べるんですか」

 イネスが驚いている。

「わたし、イネスおにいちゃんに、むすんでほしい」

 マーシャが言う。

「俺?」

「…だめ?」

「すぐは無理だなぁ。髪なんて結んだ事ないから。リョウマさんに教えて貰うよ。マーシャ、練習に付き合ってくれよ」

「うん」

 マーシャは、少しずつ感情を現せるようになっており、その口元が少し上がった。






 ──後始末はギルド長とサウスにゆだね、稜真は宿へ戻った。


 ももはずっと静かに稜真の胸元にいたが、もしかしたら眠っていたのだろうか。宿の厩で出してやると、何事もなかったかのように、きさらの上に乗った。

「お待たせ」

 稜真は約束通り、きさらにブラシをかけてやる。

 きさらは腹を稜真に向け、脱力しきって喉を鳴らしている。メリッサが、期待に満ちた目をして順番を待っている。



「…リョウマさん、ただいま戻りました」

「お帰り、イネス」

 イネスは疲れた顔をしている。

「女性の買い物って、大変なんですね…」

「2人分だからね。お疲れさん」

「疲れましたよ。今更ですけどリョウマさん、助言しといて欲しかったです…」

「助言、ねぇ。耐え忍ぶ事かな」

「その助言、意味ないですよ!?」

「ははっ! イネス。ブラシかけを手伝ってくれ。メリッサがお待ちかねなんだよ」

 少しふくれかけたイネスは、アリアと同じ12歳の子供の顔だった。


 自分の番が来たと分かったのか、メリッサは自分用のブラシを咥えて、そっとイネスに鼻面を押し付けた。

「分かった分かった! 今してやるって!」


 疲れているのは、稜真も同じである。2人でもふもふと触れ合い、癒して貰ったのだった。




 夕食、入浴、アリアのお手入れ、追加で瑠璃とマーシャのお手入れをすませ、稜真は部屋へ戻った。

 そらとももは、まだマーシャから目を離したくないらしく、ダブルの部屋で眠ると決めているらしい。


 稜真とイネスの部屋には小さな机がある。そこへ稜真は、宿題を取り出した。伯爵の依頼を受けての移動だが、それとこれとは別だと、オズワルドに出された物だ。


「リョウマさん、今から勉強もするんですか?」

「俺は知らない事が多いんだよ。だから時間が空けば、勉強しないとね。灯りは机だけに絞るから、先に寝てていいよ」

「……あの。俺も一緒に勉強してもいいですか? 文字の読み書きを覚えたくて…それで…」

「いいよ。一緒に勉強しよう。教えてやるよ」

 部屋の机は小さいが、椅子は2つある。イネスに机を使わせ、文字の書き取りをさせながら、稜真は本を広げて勉強した。


 他領では、それ程領民の勉強に力を入れておらず、文字の読めない者も多い。

 学問所もあるが、裕福な商人の子が通うくらいだ。イネスの家では、全員を行かせる余裕はなく、通ったのは長男だけ。家に本もなかったらしい。

 両親は読み書きが出来るので、文字を覚えたら、手紙を書きたいのだと言う。


 イネスは、真剣に単語の書き取りを始めた。稜真は、覚えやすい単語がいいだろうと、食材の単語を見本として書いた。イネスは物覚えが早く、もっと教えて欲しいと言ったが、今日は買い物で疲れているだろう。勉強は1時間程で切り上げた。


「明日も移動があるからね。勉強はまた明日。今日は早く寝ような」

 稜真は、イネスをベッドに追いやる。

「リョウマさんは寝ないんですか?」

「ギルド長から呼び出しがかかっていてね。今から行って来るよ」

「こんな時間から…ですか?」

「そんなには遅くならないさ」

 横になったイネスに、稜真は布団をかけてやる。


「今日はありがとうございます…。お休みなさい」

「お休み」





 現在時刻は、21時少し前。稜真は、呼び出された店へと足を向けた。アリアと瑠璃には、出かけると伝えてある。


 どうやらこの店は、お酒を出す店のようだ。

「頼まれたから案内するが、進められても酒は飲むなよ。ったく、こんな時間に、こんな店に呼び出すなんざ、いい大人のやる事じゃねぇ」

 店主なのだろう。稜真の為に怒ってくれているのは分かるのだが…。稜真はそっと、ギルドカードを差し出した。差し出す行動が手慣れて来た自分に、複雑な思いを抱く。


「なんだ? ……16? あー、悪かった」

「はは…。慣れています…から」


 稜真は個室へ案内された。




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