179.アリア様の従者 前編
「イネスも忙しい生活を送っていたんだね」
「それが日常でした。言われてみれば、友達や年の近い兄は遊んでばかりでしたっけ」
イネスの兄弟は、弟が2人、兄が4人だそうだ。
店の手伝いをするのは、上の兄2人とイネスだけ。イネスは料理が好きだから構わなかったが、年の近い双子の兄2人は、店に寄り付きもしなかった。祖母が残った弟達の面倒を見てくれていたのだと言う。
そんな話をしながら、馬車を進ませた。
昼食の休憩ではイネスが料理を作り、それを稜真が手伝った。
(……主のお手伝いがしたいのに、私が入る隙がありません)
稜真とイネスが楽し気に料理をする様子に、瑠璃がむくれている。アリアは、違う視線を2人に送っていた。
(稜真とイネス、仲良いね~。まるで兄弟みたい。どう見ても、稜真が弟だけど…。兄弟…かぁ。うふふ)
「アリアさま。どうして、おにいちゃんたちをみて、わらってるの?」
「わ、笑って、な、ないと思うよ~」
「? たのしそうだった」
「そ、そ、そうだったかなぁ?」
目を細めてこちらを睨む瑠璃を見て、アリアはわたわたしている。瑠璃は稜真に念話を繋いだ。
『主』
『どうかした?』
『アリアにお説教の効果は、なかったようです』
『……またやったのか』
『また? と言う事は、この短い間に他にもやったのですね?』
『そうなんだよ。困ったお嬢様だ』
『困ったお姉ちゃんですけど、このままではすませませんわ!』
朝の出発が遅かった事もあり、ロッドウェルの町に到着したのは夕方近くだった。
「大きな町だね」
「古い町なの。ここら辺りでは1番大きいかな~」
アリアは冒険者を始めてから、領地中を駆け回っていた。さすがに全てを把握している訳ではないが、ある程度大きな町には大抵滞在した経験がある。
ロッドウェルの町は、周囲を守る壁も整っている。時間帯のせいか人の出入りも多く、中へ入るための列が少し伸びていた。
グリフォンに気づいた人々のざわめきが聞こえるが、稜真もアリアも気にせずにいた。
小さな子供が平気な顔でグリフォンに乗っている事、グリフォンが白い事から、『アリア様の従者』がテイムしたグリフォンと分かったのだろう。もちろんアリアに気づいた者もおり、それ以上騒がれる事もなかった。
マーシャは瑠璃の手前だからか、それとも落ち着いてきたのか、怯える様子はない。
アリアに気づいた若い門番が列を止めた。先に通そうと考えたらしく、こちらに来ようとしている。アリアは門番を睨み、首を横に振った。
年かさの門番が若い方の首根っこを掴み、何やら言い聞かせたようだ。列は普通に進み始めた。
しばらくして、稜真達の番が来た。
「先程は失礼しました。新人だったもので、アリア様を優先させなければと考えたようです。よく言い聞かせました」
「申し訳ございませんでした!!」
「私、特別扱いは嫌なの。覚えておいてね」
「はい!」
若い門番は、ガチガチであった。
アリアのお陰か、人数の確認をされただけで、証明書の確認はされなかった。
今回は見せずにすんだが、イネスとマーシャは旅の証明書を持っている。そして瑠璃は何も持たないが、10歳以下は保護者がいれば、証明書は必要ない。
買い物の前に宿へ向かった。馬具を外して馬を休ませたいし、注目を浴びているきさらを連れ歩く訳には行かないだろう。
宿ではツインとダブルの部屋を取った。今夜は3人一緒に眠ると聞いている。ダブルベッドなら、アリアを含めた3人がゆったりと眠れる。
稜真は1人宿の裏へ向かった。
馬を馬車から外してやり、きさらと共に厩へ入った。他の馬がグリフォンに怯えたが、一緒にいる馬が平然としている事と、稜真がきさらを連れて挨拶に回った事で落ち着いてくれた。
「きさら。後でブラシかけに来るよ。お利口に留守番していてね」
『うん! 分かった!』
一緒に旅をしている雌馬は、鹿毛で名前はメリッサ。メリッサにもブラシの約束をして、稜真は部屋へ向かった。
全員、ダブルの部屋に集まっていた。
「買い物に行く間、稜真はどうするの?」
アリアが聞いた。
「ギルドへ行って来るよ。この辺りの被害確認をして来ないとな。イネスはどうする?」
「俺も服が見たいので、アリア様達と一緒に行きます」
自ら進んで女性と買い物に行きたがるとは、奇特な奴だな、と稜真は思った。
「頑張れ…」と肩を叩いて励ましたら、不思議そうな顔をされた。
ギルドに着いた稜真の肩にはそらがおり、ももは稜真の懐に隠れている。外を見るよりも、稜真とくっついている方がいいらしい。しばらく構ってやれなかったからだろうか。
夕方近いギルドは、少し混み合っていた。稜真は比較的空いている列に並ぶ。
まだ後ろに並ぶ者もいるし、今すぐ話を聞くのは迷惑かも知れない。約束だけ取り付け、後で出直すべきだろうか。
しばらく待ち、稜真の番が来た。
「お忙しい時間にすみません。アリア様の従者の、稜真と申します。この周辺の出来事について、お話をお聞きしたいのです。空いている時間を指定して頂ければ、その時間に改めて来たいと思っているのですが、御都合はいかがでしょうか?」
受付嬢は丁寧な口調の稜真を、まじまじと見つめた。
「あなた、が…? アリア様の従者の…リョウマさん…ですか…?」
「はい」
「本当に?」
「…はい。どうして、そんなに不思議そうなのでしょう?」
「いえ…その…。実は門番から連絡が来まして。『アリア様の従者は、16歳で黒髪黒目の少年と通達が来ているが、オレンジ色の髪、青い目の間違いだろう。不正確な情報を出されると、仕事に差し支える』と、ひどい剣幕で詰め寄られまして…」
オレンジ色の髪で青い目。イネスの事か、と稜真の顔がひきつる。
「情報の訂正を求められたのですが、伯爵様からの署名入りの書類に間違いありませんでしたし。こちらとしても、どう対応しようか困っていたのです。確認しますからと、なんとか追い返…いえ帰って頂いたのですが、あの様子ですとまたやって来そうで…」
ため息を吐く受付嬢に、稜真はギルドカードを見せた。ギルドカードは本人以外が持つと、淡く赤い光を放つ。これにより、本人の確認が出来るのだ。
受付嬢は、ギルドカードと稜真を何度も見比べた。
「…16歳…確かに…。しかもCランクですか…。失礼しました。アリア様かリョウマさんがいらしたら、すぐにお通しするように、ギルド長から言いつかっております。こちらへどうぞ」
受付嬢が先に立って案内してくれたのは、2階のギルド長室だ。
「ギルド長。アリア様の従者の、リョウマさんがおいでになりました」
「……君が?」
40代くらいのギルド長が目を瞬く。受付嬢がギルド長に耳打ちした。
「──そうか。いや、失礼したね。君ならあの報告書にも納得だよ」
報告書のどの部分に納得したのだろうか。稜真は嫌な予感しかしないので、突っ込まないでおく。受付嬢はお茶を入れると部屋を出て行った。
「アリア様は、この町に滞在してくれるのだろうか?」
「いいえ。申し訳ありませんが、買い物に寄っただけです」
「そうか…。門からアリア様がいらしたと聞いて、滞在を期待していたのだが…残念だよ。それで君の用件は?」
稜真は街道の調査をしながら、大雨の被害が起きた村へ向かう途中であると説明する。そして、この町の周辺で変わった事が起きていないか、大雨の被害はなかったかを尋ねた。
「この町の周辺は被害は少なかった。例年になく変わった事は、特に起こっていないな」
強いて言えば、魔物が少々増えている気がするくらいだと言う。
「そうですか…」
稜真はマーシャの例を上げ、同じ事例がないか、伯爵から改めて調査依頼が来る事も伝えた。
「何年かに1度は、魔物の多い年はあるものだ。サイクロプスとオークキングが同時に現れた報告書は読んだ。こちらでも気にかけておこう。周辺の村の再調査も了解した」
「よろしくお願いします」
明日は町を出ると伝えて階下に降りると、何やら受付が騒がしい。見ると、騒ぎの主は門番だった。列を止め、こちらを先に通そうとした男だ。
「間違いを認めないのか!?」
先程の受付嬢が懸命に説明している。
「そんな訳ないだろう!? 黒髪黒目の子供はいたが、アリア様の従者は、腕が立つと聞いている。あんな子供が腕利きな訳がない!」
(……子供、か)
稜真はため息をこぼした。このままそっと立ち去ろうかと思ったが、困り顔の受付嬢が気の毒になる。
「失礼します。アリア様の従者は俺で間違いありませんが、何か問題が?」
「君が? 冗談ではなく?」
「こんな事で冗談は言いません」
上から下まで、まじまじと不躾な視線を送られた。そしてふん、と鼻で笑われた。
「君に助言をしよう。アリア様の手柄を自分の物にしても、自らの腕が上がらなければ、なんの意味もない。肝に命じておくべきだな。グリフォンもアリア様がテイムされたのだろう」
どんな噂が流れているのか知らないが、それは全てアリアがやった事で、稜真は乗っかっただけと判断したらしい。さすがの稜真も苛立ちを隠せない。
『あるじ! そら、ふぅしていい?』
「駄目だよ」
勘違いされるのも、この見かけなら仕方がないのだろう。そう自分に言い聞かせ、そらを撫でてなだめる。
「リックさん!? リョウマさんはCランクなんですよ! 腕前はギルドが保証します!」
それを聞いた周囲がざわめいた。
「Cランクだとよ」
「すげえな…」
「アリア様の従者はオークキングを倒したって聞いたぜ。それなら当然だろう」
「あんなに可愛いのになぁ…」
聞き慣れた形容詞が聞こえ、稜真はため息をついた。だが、受付嬢が言った言葉を聞いても、リックは納得しない。
「アリア様の従者だからと言って、そこまで便宜を図ったのは、どこのギルドだ? 抗議すべきだな」
ギルドを疑う言葉に、周囲の冒険者が殺気立つ。
『あるじ! そら、あいつ、きらい! ふぅさせて!』
そらはますます羽をふくらませている。迅雷もパシンパシン、と小さく存在を主張する。
自分の実力を疑われるのはともかく、ギルドを疑うとは。これは放置する訳にはいかないだろう。
「……あなたが俺の腕前を測ってみれば良い」
「ギルドで恥をかいてもいいのか? ランクを下げられるかも知れないぜ?」
「それはどうでしょう」
「俺はBランク並みの実力と言われているんだぞ」
「あなたが? ふっ、そうは見えませんね」
先程のお返しに、稜真はまじまじと見つめてやった。
「言ってくれるじゃねえか…」
「そちらこそ、人を馬鹿にするのもいい加減にして下さい」
──こうして、ギルドの訓練場で手合わせする事になった。
ギルドで話を聞いていた冒険者達が、見物に押しかける。
審判はギルド長だ。呼び出されて話を聞いたギルド長は、厳しい顔でリックを見ている。
「手加減はしないぜ」
リックが笑った。
「相手の実力も図れない人が、いつまで意味のない挑発をしているのですか。さっさと始めましょう。時間の無駄です」
稜真は冷たく言い返した。
自称Bランクのこの男は、本人が思っている実力はない。剣を持って間もない頃の稜真でも、対処出来ただろう。ましてや今ならば、万にひとつも負けない自信があった。
現にギルドにいた冒険者でも、実力のある者は稜真の力が分かっていて、従者である事を納得している。分からない若手に説明もしているようだ。
稜真は木刀を取り出そうかと思ったが、後でケチをつけられても面白くない。ギルドに用意されている、刃をつぶした剣を使う事にした。
久しぶりの剣に、感覚を取り戻そうと何度か素振りをすると、迅雷が不服そうにパシン、と音を立てた。そっと手で触れてなだめる。
そらは受付嬢に預けようと思ったのだが、姿が見当たらない。やむを得ず、そらを壁にある出っ張りに止まらせ、大人しくしているように言い聞かせた。
「すぐ終わるから、そらは応援していてね」
『……わかった。おうえん、する』
自分でやっつけたかったのだろう。そらは少々不満そうだ。ももはじっとしていて、全く動きがないので、このまま胸元に入れておく。
「はっ! その魔鳥が従魔なんだろう? グリフォンだなんて大口を叩いて、恥ずかしいと思わないのか? 町に来た時も、お前は馬車に乗っていただろうが」
「きさらは…グリフォンは俺の従魔ですが、あなたにはこれ以上言っても無駄でしょう。人の話を聞かない、見る目もない、そんなあなたが門番とはね。明らかに人選ミスでしょう」
「…言ってくれるな。俺が勝ったら、アリア様にお前の負けっぷりをお話して、従者から外すように進言させて貰う」
「好きにすればいいでしょう。勝てたなら、ね」
稜真は剣を構え、リックと向き合った。




