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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第9章 マーシャとの旅

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181.アリア様の従者 後編

 案内された個室で稜真を待っていたのは2人の男、ギルド長と門番のサウスだ。

「こんな遅い時間に呼び出して申し訳ない」

 サウスが頭を下げた。

 ギルドで名前は聞いていたが、ギルド長は改めてデニールと名乗った。


 稜真はリックの処分を聞く為に呼ばれたのだ。正直、報告など必要なかったのだが、相手の気がすまないらしい。

「……いえ。こちらこそ、俺の都合で時間を変更して申し訳ありません」

 最初は19時と指定された。だが入浴やら、お手入れの時間やらを考えれば、その時間の外出はとても無理だった。イネスが寝るまで、1人にしたくないという思いもあった。体が大きくとも、宿に泊まった経験もない子供なのだ。


 リックへの罰の内容とは、朝夕に町の外周を走らせる事。剣の修行を行う事。そして減給だ。

 それに加えてギルドに登録させた。門番の仕事が休みの日はギルドで依頼を受けると、これは本人から言い出したそうだ。

「リックは世間を知らなすぎます。冒険者をやる事で、少しでも視野が広がればと思います」とサウスは言う。


「ギルドに対して不審な思いを抱くのも、ギルドという組織を知らないからだ。Cランクとはどういうものか、その身で確めさせる。あいつがCランクになる日が来るかは、分かりませんがね」

 そうデニールが言った。


「甘い罰かも知れないが、これで許して貰えないだろうか。リックは思い込みが激しいが、基本的には悪い奴ではないのです。部下の不始末は、私の不始末でもあります。きっちり教育し直すので、どうか!」

 サウスは立ち上がって、深々と頭を下げた。


「俺からも頼みます。リックはこの町に家族と住んでいる。どうか、やり直す機会を与えて下さい」

 デニールも立ち上がり、同じく頭を下げる。

「……はぁ」

 稜真はため息をついて頭をかいた。


 サウスは恐る恐る稜真の顔色を窺い、デニールは「従者様?」と、稜真に問いかける。

「頭を上げて座って下さい。──俺はあの時言いましたよ。サウスさんの謝罪を受け入れる。そらの一撃を入れさせてくれれば、リックの事も不問にすると」

「確かに聞きましたが、それだけでは謝罪にはなりません」

「教育をし直してくれるのでしょう? それでいいですよ」


 稜真が怒りを見せない事から、ようやく本気だと納得出来たサウスとデニールは、顔を見合わせて、はぁ~っと息を吐いた。安堵の余りに全身の力が抜け、椅子にもたれかかる。


「デニールさんは、謝罪される立場でしょうに、どうして一緒に頭を下げたんです?」

「従者様をとりなすのに付き合って欲しいと言われましてね。ギルドの揉め事でしたし、何よりも友人の頼みですから」

「私が1人で従者様と向き合う自信がなかったのです。あの場で不問と言われても、リックの言動は本来許される事ではありません。なんとか許しを得ねばと必死でした。リックの父には、何かと世話になっていますから」


 リックはそらのブレスで頭も冷え、サウスとデニールに理詰めで説明され、ようやく自分の行いがいかに不味かったかが、理解出来た。

 周囲の冷たい視線からも思い知らされた。

 そしてリックは、職員とその場にいた冒険者に謝罪した。冒険者登録をして謝罪をしたと言っても、リックの言動を知っている職員や冒険者の中で、依頼を受けるのは大変だろう。


 自宅に帰れば怒り狂った父親にも殴られ、両頬が腫れているらしい。

「それは気の毒に」

 稜真はくすっと笑った。

 自業自得とはいえ、稜真に叩きのめされ、そらのブレスを浴び──と、散々な1日だったようだ。

 戦っている時とは一変した、その柔らかい雰囲気に、2人の気も完全に緩んだ。


「ま、ギルドとしては、リックに説教かまして謝罪させて、冒険者としての修行も取り付けたので、満足ですよ」

「リックも従者様のお陰で、思い上がった態度を取る事もなくなるでしょう。後は門番としての礼儀と規律を叩き込みます」


「お2人共、従者様は止めて下さい。稜真で、呼び捨てていいですし、敬語も勘弁して下さい」

「いや…でも…」

「…そんな訳には…」

「では、これを謝罪の条件に加えますね」

 悪戯っぽく言う稜真に、2人は戸惑いながらも受け入れた。


「敵わないな」

 サウスは苦笑いを浮かべた。

「それじゃ、リョウマと呼ばせて貰うか」

 デニールはあっさり受け入れた。


 サウスが部屋に置かれていたベルを鳴らすと、店員が酒とつまみを運んで来てくれた。

「お近づきの印に。酒は飲めるか?」

「まぁ、多少は」

 稜真が言うと、デニールがグラスに酒を注いでくれた。


 飲むにつれ、サウスもデニールもすっかり口調が砕けた。今では、サウスも稜真を呼び捨てにしている。


 サウスは、リックの話をしてくれた。

 両親と年の離れた妹が、アリアに命を救われたのだと言う。サウスは両親からアリアの話を聞かされ、自分でも噂話を聞いて回った。

 そして、領地の為に頑張っているアリアの手助けを、恩返しがしたいと思い、頑張って門番になったのだという。


「あいつ、アリア様を崇拝していたからな。以前この町にアリア様がいらした時は、遠目に拝見しただけでな。リョウマも知ってるだろ? 今日アリア様が来た時、あいつが舞い上がってた事」

 サウスが言った。

「あれ、舞い上がってたんですか」


「アリア様に注意されて、焦ったんだろうな。なんとか挽回しようと取った行動があれだ。アリア様のお側にいるリョウマがうらやましかったんだろうよ」

「あいつ、自己嫌悪で落ち込んでたな」

 デニールは、グラスの酒を飲み干した。


「Bランク並みの実力だと言ってましたけど、あれは誰が?」

「私は、頑張ればBランク並みの実力になる事も、夢じゃないと言ったんだがな…」

「ああ……」

「思い込みの激しさから矯正だな」

 サウスはため息をついた。


「ところでリョウマ。お前いける口だな。とっておきの酒を持って来てやる」

 稜真が表情も変えずにグラスを空けていたら、デニールがニヤリと笑った。

「おい!?」

 サウスが止めようとしたが、いいからいいからと、身振りをして部屋を出て行った。


 デニールが持って来たのは陶器の酒瓶だ。

 お猪口サイズの小さなグラスに酒を注ぎ、稜真に差し出す。

 それは真っ白な酒だった。少しとろりとしており、花のような香りがする。冷やされた酒を少し口に含むと、微かな甘味を感じた。こくりと飲み込むと、カッと喉が焼ける。


(…酒精の強い酒だな。でも、美味しい)


 稜真は上唇をぺろりと舐めた。またひと口含み、ゆっくりと味わう。小さなグラスの酒を味わい飲み干すと、サウスとデニールに呆然と見られていた。


「どうしました?」

「…いや、飲み慣れてるなと思ってな」

「俺は、嫁の意味が分かった気がする」

 デニールの言葉に、稜真は思わずテーブルに突っ伏した。この町では、嫁関係でいじられないと思っていたのだ。

「どうしてそこで、嫁が出て来るんですか!?」

「いやその、そこはかとない色気がだな」

「……俺に色気がある訳ないでしょうに」


 声はともかくとして、容姿は十人並みとの自覚がある。何か言いたげな2人の視線は気になるが、あり得ないと稜真は思っている。

 この2人、40代かと思っていたら、もう少し若そうだ。上に立つ者としての態度が崩れれば、元の自分と同じくらいの年齢に感じられた。


 ──店の主人が、部屋へ案内する時に教えてくれた。


 この2人は新人にきつい酒を飲まして潰し、次の日に二日酔いになっていれば、なっとらんと叱りつけて修行をやらせる。酒の飲み方を教える目的もあり、以降の新人は、酒量の調整も出来るようになる。

 店主は、教育よりも悪戯心の方が大きいと、眉をしかめていた。


 この酒精の強い酒を一気に煽れば、飲み慣れない人間は潰れるだろう。稜真をからかおうと思ったのか、酒の飲み方を教えてくれようと思ったのかは分からない。

 サウスが止めたのは、一応この世界は16歳から飲酒可能だが、暗黙の了解できつい酒は出さない事になっているからだ。通常この2人が呼び出す新人も、20歳近い年齢を対象にしている。

 デニールは一緒に飲んでいて、稜真が16歳だという意識がなくなったのかも知れない。


 お代わりを注がれた稜真は、生活魔法で酒を凍る寸前まで冷やした。その方が、もっと美味しくなると感じた。案の定、喉を通る冷たさと、アルコールで感じる熱の対比がいい。

 こくりと喉を鳴らして飲んでいると、興味が湧いたのか、2人の酒も冷やしてくれと頼まれた。


「……へぇ」

「美味いな」

 2人も気に入ったらしい。稜真は酒瓶ごと、同じ温度に下げた。


 稜真は2人のグラスが空くと酒を注ぐ。自分はペースを崩さずに、つまみを食べながら、ゆっくりと酒を楽しんだ。

 デニールが同じ酒を2度、追加で注文した。それを空ける頃には、稜真の思惑通りに潰れた2人がいた。


(……さて、どうしたものかな)


 稜真は最後の酒を味わって飲み干すと、店主を呼びに行った。




「ぶはははっ! こいつらが潰れたのか!」

「どうしましょう?」

「置いとけばいいさ。目が覚めたら送って行く。代金もこいつらから貰うし、あんたは帰っていいぜ」

 稜真は少々申し訳なく思ったが、面白い物を見られたから構わないと店主は言ってくれた。あの酒をシプレへのお土産に購入した。こちらは、もちろん代金を支払った。


 夜空には綺麗な月が輝いている。

 稜真は2人に付き合って、結構な量を飲んでいた。顔が火照り、酒に酔ったふわりとした感覚が体を包んでいる。夜の冷たい風が心地いい。


(…ここまで飲んだのは久しぶりだ)


 この世界に来た夜以来だろうか。デニールとサウスとの酒は、仲間達と飲んだ夜を懐かしく思い出させてくれた。






 稜真とイネスが乗った馬車が門にさしかかる。

 後ろから歩いていたアリアは、きさらの手綱を引いて、のんびりと歩いていた。瑠璃とマーシャは仲良く手を繋いでいる。ももはマーシャの肩で揺れている。


 きさらの頭の上にいたそらが、突然ブワッとふくらんだ。冠羽が逆立っている。


『おねえちゃ! そら、あいつきらい! あるじ、ばかにしたの! むかつくの!』

 そらの視線の先には、憑き物が落ちた顔をしたリックがいた。

「稜真を…?」

『アリアさまの、てがらを、じぶんのものに、したとか、きさらも、アリアさま、が、テイムしたって、いった!』

「へぇ…そんな事を言ったんだ…」

『そら、ふぅして、やったの!』

 ふふん、と自慢げにそらは胸を張った。


 アリアは稜真が話さないので、何も聞かなかった。そらの話を聞いた瑠璃は、冷たい視線をリックに投げている。

 稜真の中では解決しているようだが、アリアも面白くない。

「……お姉ちゃん、少し考えがあるのですけど」

 瑠璃とアリアは、こそこそと相談した。話が決まり、2人は目を合わせてにんまりとほくそ笑む。瑠璃とマーシャは少し後ろに下がる。アリアはきさらの手綱を緩めて持ち、その背をポンと叩いた。


「クォルル!」

 きさらがリックを威嚇した。


 グリフォンの怒りをぶつけられ、リックは悲鳴を上げた。

「ア、アリア様!? お助け下さい!」

「あら、私に言われても。きさらの主は、稜真です。私は、グリフォンに乗せて貰う許しを得ているだけ。困りましたねぇ」

 きさらは威嚇したまま、ゆっくりとリックに近づく。リックは蒼白になって硬直していた。


(──なんだ? 騒がしいな)


 稜真は騒ぎに気付くのが遅れた。

 御者台から後ろをのぞくと、きさらがリックに詰め寄るのが見えた。何があったのか、稜真は一瞬で理解する。

「はぁ。イネス、馬車を頼むよ。お嬢様方がお怒りみたいだ。静めて来る」

 きさらは威嚇しているだけだが、周囲の者達はそうは取らないだろう。現に怯えた様子で、きさらを見ている者達がいる。


 きさらが後ろ足で立ち上がると、リックは悲鳴を上げて尻餅をついた。


「きさら!!」

 稜真の声で、きさらはピタッと威嚇を止めた。くるりと身を返して、稜真の前で大人しく伏せる。

 周囲から稜真に、感嘆の視線が注がれた。リックも腰を抜かしながら稜真を見つめた。


 きさらに怒った様子はなく、誉めてとばかりに尾をピンと立てている。不審に思った稜真が振り返ると、アリアは目をそらし、瑠璃がにこやかに微笑んでいた。

『……瑠璃、はかったね?』

 稜真は念話で言う。

『主を馬鹿にするなんて、許せませんもの』

 短い間に良く打ち合わせたものだ。


 サウスがやって来た。頭が痛いのか、片手でこめかみを押さえている。

「騒ぎを起こして、すみません」

「状況は分かってる。仕方ないさ。──ところでリョウマは、なんともないのかよ」

「当然です。飲む量は考えないといけませんよね?」

 くすくすと笑う稜真に、サウスは赤くなって空を仰ぐ。

「やられたな…。ま、俺らもこれからはちょいと控えるさ。また来いよ」

「はい」


「──あ、あの。すみませんでしたっ!!」

 リックは深々と頭を下げた。

「俺、あなたの事を色眼鏡で見て、負け惜しみ言って…」

「顔を上げて下さい」

 稜真の静かな声に、リックはガバッと顔を上げた。


 確かに両頬が腫れていた。稜真の一撃も打ち身になっているだろう。幸い風邪は引かなかったようだ。

 真っ直ぐに稜真を見る瞳には馬鹿にする色は見えず、まるで別人のようだ。


「門を守る仕事は大変ですね。悪い人を見極めなくてはならないのですから。町を守る最前線です。けれど、思い込みで目が曇っていては、困る人も出るでしょう。力を磨く事も大切ですが、人を見る目を磨いて下さいね。あなたがギルドで依頼を受けるのは、最初は大変でしょうが、勉強になると思います。頑張って下さい」

 稜真は静かに言うと微笑んだ。

「先程は、俺の従魔が失礼しました」


「っ!? いえ、あの。お、俺、頑張ります!!」




 アリアの要望で、稜真はきさらに乗った。イネスとマーシャが馬車だ。きさらは馬車を先導する形で前を歩く。ちなみにそらは索敵に飛んでおり、ももはマーシャの手の中にいる。


「……稜真ったら…短い間に何人たらすのさ…」

「なんの事?」

「さっきの人! 稜真見て、赤くなってたもん!」

「気のせいだと思うよ?」

「主ったら…気のせいじゃありませんわ」


「他の門番の人とも、仲良くなってたよね…」

「サウスさんは、昨日一緒に飲んだからさ」

「あの人だけ?」

「いや。ギルド長と3人で飲んだ」

「…たった2日で3人も攻略するなんて…」

「攻略ってなんだよ!?」


「たらしの自覚持ってって、前に言ったのにさ!」

「そんな事言われても…。2人とは飲んだだけだし、リックは昨日叩きのめして、さっき少し話しただけだよ?」

「飲んだ2人はともかく、稜真は心から、あの人の為に話したでしょ?」

「そりゃあ、ね」

 昨夜色々と聞いたし、今日のリックはまるで別人のようだった。良い方に向かえばいい、そう思ったのだ。


「心から稜真が助言したんだよ!?」

「しかも主の微笑み付きです!」

「堕ちるに決まってるじゃないの!」

「堕ちるって言い方は…」

「稜真!」

「主!」

「…はい」

「もう少し自重して!」


 どうにも納得いかないのだが、昼食の為に止まるまで、アリアと瑠璃から説教された稜真であった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 領主の御達しに反発する若手への良い罰になりそうです。 ギルドからも冒険者からも鍛えられて、実力差と世間を噛みしめてほしいものです。 [気になる点] 数回前からアリアへのお説教の時に、「赦す…
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