181.アリア様の従者 後編
案内された個室で稜真を待っていたのは2人の男、ギルド長と門番のサウスだ。
「こんな遅い時間に呼び出して申し訳ない」
サウスが頭を下げた。
ギルドで名前は聞いていたが、ギルド長は改めてデニールと名乗った。
稜真はリックの処分を聞く為に呼ばれたのだ。正直、報告など必要なかったのだが、相手の気がすまないらしい。
「……いえ。こちらこそ、俺の都合で時間を変更して申し訳ありません」
最初は19時と指定された。だが入浴やら、お手入れの時間やらを考えれば、その時間の外出はとても無理だった。イネスが寝るまで、1人にしたくないという思いもあった。体が大きくとも、宿に泊まった経験もない子供なのだ。
リックへの罰の内容とは、朝夕に町の外周を走らせる事。剣の修行を行う事。そして減給だ。
それに加えてギルドに登録させた。門番の仕事が休みの日はギルドで依頼を受けると、これは本人から言い出したそうだ。
「リックは世間を知らなすぎます。冒険者をやる事で、少しでも視野が広がればと思います」とサウスは言う。
「ギルドに対して不審な思いを抱くのも、ギルドという組織を知らないからだ。Cランクとはどういうものか、その身で確めさせる。あいつがCランクになる日が来るかは、分かりませんがね」
そうデニールが言った。
「甘い罰かも知れないが、これで許して貰えないだろうか。リックは思い込みが激しいが、基本的には悪い奴ではないのです。部下の不始末は、私の不始末でもあります。きっちり教育し直すので、どうか!」
サウスは立ち上がって、深々と頭を下げた。
「俺からも頼みます。リックはこの町に家族と住んでいる。どうか、やり直す機会を与えて下さい」
デニールも立ち上がり、同じく頭を下げる。
「……はぁ」
稜真はため息をついて頭をかいた。
サウスは恐る恐る稜真の顔色を窺い、デニールは「従者様?」と、稜真に問いかける。
「頭を上げて座って下さい。──俺はあの時言いましたよ。サウスさんの謝罪を受け入れる。そらの一撃を入れさせてくれれば、リックの事も不問にすると」
「確かに聞きましたが、それだけでは謝罪にはなりません」
「教育をし直してくれるのでしょう? それでいいですよ」
稜真が怒りを見せない事から、ようやく本気だと納得出来たサウスとデニールは、顔を見合わせて、はぁ~っと息を吐いた。安堵の余りに全身の力が抜け、椅子にもたれかかる。
「デニールさんは、謝罪される立場でしょうに、どうして一緒に頭を下げたんです?」
「従者様をとりなすのに付き合って欲しいと言われましてね。ギルドの揉め事でしたし、何よりも友人の頼みですから」
「私が1人で従者様と向き合う自信がなかったのです。あの場で不問と言われても、リックの言動は本来許される事ではありません。なんとか許しを得ねばと必死でした。リックの父には、何かと世話になっていますから」
リックはそらのブレスで頭も冷え、サウスとデニールに理詰めで説明され、ようやく自分の行いがいかに不味かったかが、理解出来た。
周囲の冷たい視線からも思い知らされた。
そしてリックは、職員とその場にいた冒険者に謝罪した。冒険者登録をして謝罪をしたと言っても、リックの言動を知っている職員や冒険者の中で、依頼を受けるのは大変だろう。
自宅に帰れば怒り狂った父親にも殴られ、両頬が腫れているらしい。
「それは気の毒に」
稜真はくすっと笑った。
自業自得とはいえ、稜真に叩きのめされ、そらのブレスを浴び──と、散々な1日だったようだ。
戦っている時とは一変した、その柔らかい雰囲気に、2人の気も完全に緩んだ。
「ま、ギルドとしては、リックに説教かまして謝罪させて、冒険者としての修行も取り付けたので、満足ですよ」
「リックも従者様のお陰で、思い上がった態度を取る事もなくなるでしょう。後は門番としての礼儀と規律を叩き込みます」
「お2人共、従者様は止めて下さい。稜真で、呼び捨てていいですし、敬語も勘弁して下さい」
「いや…でも…」
「…そんな訳には…」
「では、これを謝罪の条件に加えますね」
悪戯っぽく言う稜真に、2人は戸惑いながらも受け入れた。
「敵わないな」
サウスは苦笑いを浮かべた。
「それじゃ、リョウマと呼ばせて貰うか」
デニールはあっさり受け入れた。
サウスが部屋に置かれていたベルを鳴らすと、店員が酒とつまみを運んで来てくれた。
「お近づきの印に。酒は飲めるか?」
「まぁ、多少は」
稜真が言うと、デニールがグラスに酒を注いでくれた。
飲むにつれ、サウスもデニールもすっかり口調が砕けた。今では、サウスも稜真を呼び捨てにしている。
サウスは、リックの話をしてくれた。
両親と年の離れた妹が、アリアに命を救われたのだと言う。サウスは両親からアリアの話を聞かされ、自分でも噂話を聞いて回った。
そして、領地の為に頑張っているアリアの手助けを、恩返しがしたいと思い、頑張って門番になったのだという。
「あいつ、アリア様を崇拝していたからな。以前この町にアリア様がいらした時は、遠目に拝見しただけでな。リョウマも知ってるだろ? 今日アリア様が来た時、あいつが舞い上がってた事」
サウスが言った。
「あれ、舞い上がってたんですか」
「アリア様に注意されて、焦ったんだろうな。なんとか挽回しようと取った行動があれだ。アリア様のお側にいるリョウマがうらやましかったんだろうよ」
「あいつ、自己嫌悪で落ち込んでたな」
デニールは、グラスの酒を飲み干した。
「Bランク並みの実力だと言ってましたけど、あれは誰が?」
「私は、頑張ればBランク並みの実力になる事も、夢じゃないと言ったんだがな…」
「ああ……」
「思い込みの激しさから矯正だな」
サウスはため息をついた。
「ところでリョウマ。お前いける口だな。とっておきの酒を持って来てやる」
稜真が表情も変えずにグラスを空けていたら、デニールがニヤリと笑った。
「おい!?」
サウスが止めようとしたが、いいからいいからと、身振りをして部屋を出て行った。
デニールが持って来たのは陶器の酒瓶だ。
お猪口サイズの小さなグラスに酒を注ぎ、稜真に差し出す。
それは真っ白な酒だった。少しとろりとしており、花のような香りがする。冷やされた酒を少し口に含むと、微かな甘味を感じた。こくりと飲み込むと、カッと喉が焼ける。
(…酒精の強い酒だな。でも、美味しい)
稜真は上唇をぺろりと舐めた。またひと口含み、ゆっくりと味わう。小さなグラスの酒を味わい飲み干すと、サウスとデニールに呆然と見られていた。
「どうしました?」
「…いや、飲み慣れてるなと思ってな」
「俺は、嫁の意味が分かった気がする」
デニールの言葉に、稜真は思わずテーブルに突っ伏した。この町では、嫁関係でいじられないと思っていたのだ。
「どうしてそこで、嫁が出て来るんですか!?」
「いやその、そこはかとない色気がだな」
「……俺に色気がある訳ないでしょうに」
声はともかくとして、容姿は十人並みとの自覚がある。何か言いたげな2人の視線は気になるが、あり得ないと稜真は思っている。
この2人、40代かと思っていたら、もう少し若そうだ。上に立つ者としての態度が崩れれば、元の自分と同じくらいの年齢に感じられた。
──店の主人が、部屋へ案内する時に教えてくれた。
この2人は新人にきつい酒を飲まして潰し、次の日に二日酔いになっていれば、なっとらんと叱りつけて修行をやらせる。酒の飲み方を教える目的もあり、以降の新人は、酒量の調整も出来るようになる。
店主は、教育よりも悪戯心の方が大きいと、眉をしかめていた。
この酒精の強い酒を一気に煽れば、飲み慣れない人間は潰れるだろう。稜真をからかおうと思ったのか、酒の飲み方を教えてくれようと思ったのかは分からない。
サウスが止めたのは、一応この世界は16歳から飲酒可能だが、暗黙の了解できつい酒は出さない事になっているからだ。通常この2人が呼び出す新人も、20歳近い年齢を対象にしている。
デニールは一緒に飲んでいて、稜真が16歳だという意識がなくなったのかも知れない。
お代わりを注がれた稜真は、生活魔法で酒を凍る寸前まで冷やした。その方が、もっと美味しくなると感じた。案の定、喉を通る冷たさと、アルコールで感じる熱の対比がいい。
こくりと喉を鳴らして飲んでいると、興味が湧いたのか、2人の酒も冷やしてくれと頼まれた。
「……へぇ」
「美味いな」
2人も気に入ったらしい。稜真は酒瓶ごと、同じ温度に下げた。
稜真は2人のグラスが空くと酒を注ぐ。自分はペースを崩さずに、つまみを食べながら、ゆっくりと酒を楽しんだ。
デニールが同じ酒を2度、追加で注文した。それを空ける頃には、稜真の思惑通りに潰れた2人がいた。
(……さて、どうしたものかな)
稜真は最後の酒を味わって飲み干すと、店主を呼びに行った。
「ぶはははっ! こいつらが潰れたのか!」
「どうしましょう?」
「置いとけばいいさ。目が覚めたら送って行く。代金もこいつらから貰うし、あんたは帰っていいぜ」
稜真は少々申し訳なく思ったが、面白い物を見られたから構わないと店主は言ってくれた。あの酒をシプレへのお土産に購入した。こちらは、もちろん代金を支払った。
夜空には綺麗な月が輝いている。
稜真は2人に付き合って、結構な量を飲んでいた。顔が火照り、酒に酔ったふわりとした感覚が体を包んでいる。夜の冷たい風が心地いい。
(…ここまで飲んだのは久しぶりだ)
この世界に来た夜以来だろうか。デニールとサウスとの酒は、仲間達と飲んだ夜を懐かしく思い出させてくれた。
稜真とイネスが乗った馬車が門にさしかかる。
後ろから歩いていたアリアは、きさらの手綱を引いて、のんびりと歩いていた。瑠璃とマーシャは仲良く手を繋いでいる。ももはマーシャの肩で揺れている。
きさらの頭の上にいたそらが、突然ブワッとふくらんだ。冠羽が逆立っている。
『おねえちゃ! そら、あいつきらい! あるじ、ばかにしたの! むかつくの!』
そらの視線の先には、憑き物が落ちた顔をしたリックがいた。
「稜真を…?」
『アリアさまの、てがらを、じぶんのものに、したとか、きさらも、アリアさま、が、テイムしたって、いった!』
「へぇ…そんな事を言ったんだ…」
『そら、ふぅして、やったの!』
ふふん、と自慢げにそらは胸を張った。
アリアは稜真が話さないので、何も聞かなかった。そらの話を聞いた瑠璃は、冷たい視線をリックに投げている。
稜真の中では解決しているようだが、アリアも面白くない。
「……お姉ちゃん、少し考えがあるのですけど」
瑠璃とアリアは、こそこそと相談した。話が決まり、2人は目を合わせてにんまりとほくそ笑む。瑠璃とマーシャは少し後ろに下がる。アリアはきさらの手綱を緩めて持ち、その背をポンと叩いた。
「クォルル!」
きさらがリックを威嚇した。
グリフォンの怒りをぶつけられ、リックは悲鳴を上げた。
「ア、アリア様!? お助け下さい!」
「あら、私に言われても。きさらの主は、稜真です。私は、グリフォンに乗せて貰う許しを得ているだけ。困りましたねぇ」
きさらは威嚇したまま、ゆっくりとリックに近づく。リックは蒼白になって硬直していた。
(──なんだ? 騒がしいな)
稜真は騒ぎに気付くのが遅れた。
御者台から後ろをのぞくと、きさらがリックに詰め寄るのが見えた。何があったのか、稜真は一瞬で理解する。
「はぁ。イネス、馬車を頼むよ。お嬢様方がお怒りみたいだ。静めて来る」
きさらは威嚇しているだけだが、周囲の者達はそうは取らないだろう。現に怯えた様子で、きさらを見ている者達がいる。
きさらが後ろ足で立ち上がると、リックは悲鳴を上げて尻餅をついた。
「きさら!!」
稜真の声で、きさらはピタッと威嚇を止めた。くるりと身を返して、稜真の前で大人しく伏せる。
周囲から稜真に、感嘆の視線が注がれた。リックも腰を抜かしながら稜真を見つめた。
きさらに怒った様子はなく、誉めてとばかりに尾をピンと立てている。不審に思った稜真が振り返ると、アリアは目をそらし、瑠璃がにこやかに微笑んでいた。
『……瑠璃、謀ったね?』
稜真は念話で言う。
『主を馬鹿にするなんて、許せませんもの』
短い間に良く打ち合わせたものだ。
サウスがやって来た。頭が痛いのか、片手でこめかみを押さえている。
「騒ぎを起こして、すみません」
「状況は分かってる。仕方ないさ。──ところでリョウマは、なんともないのかよ」
「当然です。飲む量は考えないといけませんよね?」
くすくすと笑う稜真に、サウスは赤くなって空を仰ぐ。
「やられたな…。ま、俺らもこれからはちょいと控えるさ。また来いよ」
「はい」
「──あ、あの。すみませんでしたっ!!」
リックは深々と頭を下げた。
「俺、あなたの事を色眼鏡で見て、負け惜しみ言って…」
「顔を上げて下さい」
稜真の静かな声に、リックはガバッと顔を上げた。
確かに両頬が腫れていた。稜真の一撃も打ち身になっているだろう。幸い風邪は引かなかったようだ。
真っ直ぐに稜真を見る瞳には馬鹿にする色は見えず、まるで別人のようだ。
「門を守る仕事は大変ですね。悪い人を見極めなくてはならないのですから。町を守る最前線です。けれど、思い込みで目が曇っていては、困る人も出るでしょう。力を磨く事も大切ですが、人を見る目を磨いて下さいね。あなたがギルドで依頼を受けるのは、最初は大変でしょうが、勉強になると思います。頑張って下さい」
稜真は静かに言うと微笑んだ。
「先程は、俺の従魔が失礼しました」
「っ!? いえ、あの。お、俺、頑張ります!!」
アリアの要望で、稜真はきさらに乗った。イネスとマーシャが馬車だ。きさらは馬車を先導する形で前を歩く。ちなみにそらは索敵に飛んでおり、ももはマーシャの手の中にいる。
「……稜真ったら…短い間に何人たらすのさ…」
「なんの事?」
「さっきの人! 稜真見て、赤くなってたもん!」
「気のせいだと思うよ?」
「主ったら…気のせいじゃありませんわ」
「他の門番の人とも、仲良くなってたよね…」
「サウスさんは、昨日一緒に飲んだからさ」
「あの人だけ?」
「いや。ギルド長と3人で飲んだ」
「…たった2日で3人も攻略するなんて…」
「攻略ってなんだよ!?」
「たらしの自覚持ってって、前に言ったのにさ!」
「そんな事言われても…。2人とは飲んだだけだし、リックは昨日叩きのめして、さっき少し話しただけだよ?」
「飲んだ2人はともかく、稜真は心から、あの人の為に話したでしょ?」
「そりゃあ、ね」
昨夜色々と聞いたし、今日のリックはまるで別人のようだった。良い方に向かえばいい、そう思ったのだ。
「心から稜真が助言したんだよ!?」
「しかも主の微笑み付きです!」
「堕ちるに決まってるじゃないの!」
「堕ちるって言い方は…」
「稜真!」
「主!」
「…はい」
「もう少し自重して!」
どうにも納得いかないのだが、昼食の為に止まるまで、アリアと瑠璃から説教された稜真であった。




