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9.出会い

地下水道のさらに深くへと続く、薄暗い石畳の通路。 壁を這うアビスの黒い不気味な魔力とは対照的に、三人の歩む空気は、少しだけ和やかなものへと変わりつつあった。


先頭を行くセレーネの足元を照らすのは、彼女の指先から揺らめく、淡く澄んだ月光のような魔法の灯火。その静かな光の後ろを、カイは短剣の柄に手を置きながら、警戒を怠らずについていく。


「――ねぇ、カイ少年。ふと気になったのだけれど」


静寂を破ったのは、最後尾を歩くエレンの軽やかな声だった。 眼鏡の枠を指先でクイと押し上げながら、彼はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「君たち二人って、そもそもどうやって出会ったんだい? 弟子入り志願の前の……本当の『最初の出会い』だよ」


「え? 出会いっスか?」


カイは不意を突かれて目を丸くし、少し照れくさそうに頭を掻いた。


「いやぁ……俺が街の路地裏で師匠が変な奴らに絡まれてた時なんスけど助けようと思って割って入ったけどボコボコにされてた時っスよ師匠が一瞬で助けてくれたんス!」


「……余計な昔話を蒸し返すな、小僧。ただ目障りだったから散らしただけだ」


前を歩くセレーネが、フードの影からそっぽを向いてボソリと呟く。だが、その耳たぶが微かに赤くなって


いるのを、カイの『目』は見逃さなかった。


「へえ、運命的なヒーロー登場というわけだ。実に羨ましいね」


エレンは芝居がかった手つきで胸に手を当て、フッと小さく息を吐いた。


「実に悔しいなぁ。……こう見えて僕もね、昔はセレーネ魔女殿にちょっとした憧れ……いや、密やかな恋心のようなものを抱いていた時期があったんだよ? ほんの数百年前の話だけれどね」


「……エレン、今すぐその口を永遠に閉じさせてやろうか?」


セレーネから放たれた氷点下の殺気に、エレンは「おっと危険だ」と両手を挙げておどけてみせる。いまや彼にとってセレーネは「長年見守るべき観測対象」であり、過去の淡い感情など「これっぽっち」も残っていない。ただ、からかうのが楽しいだけなのだ。


「まあまあ! でもエレンさん、俺と師匠はもっとすごいっスよ!」


カイはどこか誇らしげに胸を張り、純粋無垢な笑顔でとんでもない爆弾を投げ投下した。


「俺たち、もうキスもしたっスからね!」


「―――っ!?」


その場の時が完全に止まった。


セレーネが勢いよく振り返り、顔を真っ赤にして目を見開く。


「な、何言ってるんだお前はぁぁぁっ!? あれは不可抗力だと言っただろうがっ!! 人命救助の治癒魔法だ!!」


「えっ、でも唇と唇が触れ合ったのは事実っスよね!?」


「屁理屈を捏ねるなぁぁっ!!」


一方、事態を把握したエレンは、普段の冷静沈着な仮面を派手に叩き割っていた。眼鏡がツルリと鼻筋から落ちかけ、ガラにもなく素で声を裏返らせる。


「ええぇぇぇっー!? キ、キス!? 君たち、キスしたの!?」


エレンはカイの肩を掴み、ガクガクと揺らしながら目を見開いた。


「ちょっと待ってカイ少年! 僕なんて彼女と千年以上も一緒にいて、お茶を淹れたり愚痴を聞いたり介錯の準備をしたりして、一番近くにいたんだよ!? なのに手すら握らせてもらったことがないのに!? たった数日でキスまで済ませてるってどういうこと!? 僕の千年間は一体何だったの!?」


「え、エレンさん急にキャラ崩れてるっスよ!?」


「うるさい! 僕のほうが長く一緒にいるのに! なんだかすごく負けた気がして悔しいじゃないか!!」


「エレン……貴様、後で絶対に凍らせるからな……っ!」


湯気を立てそうなほど顔を真っ赤にしたセレーネが、手にバチバチと氷の魔力を滾らせる。

王都の命運を賭けた地下大水道の探索。その最中とは思えない、可笑しくも賑やかな声が、薄暗い通路へとどこまでも響き渡っていくのだった。


大爆笑しながらもどこか嫉妬めいた(?)表情を浮かべるエレンを横目に、セレーネは赤くなった顔を誤魔化すように「早く進むぞ!」と大股で歩き出した。


カイが「あはは、師匠待ってくだされっス!」と追いかけようとした、その時――。

通路の先から、重厚な甲冑が擦れ合う鋭い金属音と、威勢の良い高笑いが響き渡った。


「ハーーーッハッハッハ! 闇の気配を追って来てみれば、なんとも奇妙で賑やかな一行ではないか!」

曲がり角から姿を現したのは、身の丈を優に超える巨大な大剣を背負った、眩しいほど豪華な銀の甲冑を纏う男だった。彼の後ろには、対照的にだぼだぼの法衣に身を包み、退屈そうに欠伸を振る舞う少女が続いている。

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