10.スライム
「俺様は王都騎士団の超新星、自称・未来の騎士団長バルド様だ! そして後ろにいるのは……おいビビ、自己紹介しろ!」
「……はぁ、面倒くさい……。聖堂から派遣された怠惰な修道女、ビビだよ……。ねえバルド、こんな不気味な地下道もう帰ろうよ〜……」
突然現れた濃すぎる二人組に、カイは目を白黒させた。
「な、なんスかこの人たち……!?」
「警備隊の生き残り……いや、単なるお人好しのバカと、それに巻き込まれた聖職者か」
セレーネは呆れたように息を吐いたが、カイの『目』は即座に二人を観察していた。バルドの豪快な立ち振る舞いにも、ビビの怠惰な態度にも、あのアビス特有の「黒い濁り」は一切存在しない。それどころか、バルドの瞳は眩しいほど真っ直ぐで、ビビの瞳には澄んだ治癒の魔力が宿っていた。
「待てよ、お前たち……!」
バルドが大剣の柄に手をかけ、セレーネたちを鋭く見つめる。
「この地下の異変を調査しに来たようだな! 見たところ悪党ではなさそうだが……そこの眼鏡の男! お前、ただの人間ではないな!?」
バルドの直感に、エレンはピクリと眼鏡の枠を上げた。
「おや……脳まで筋肉でできているような男かと思ったが、案外勘が鋭いね」
エレンがフッと優しく微笑むと、その背後に一瞬だけ、人理を超越した幻想的な光の粒子――「古の妖精」特有の神秘的な気配がチラリと揺らめいた。エレンの正体は、人間ではなく千年の時を生きる妖精族の生き残り。セレーネの運命を見届けるべく、人の姿をして寄り添い続けているのだ。
(……まあ、僕の真の正体を明かすのは、もっと先の楽しみに取っておくとしようか)
エレンは微笑を崩さぬまま、秘密を胸の奥へとしまい込む。
「ふん、まあいい! 敵でないなら仲間だ! 協力してこの地下水道の悪党どもを叩き潰すぞ!」
「ええ〜、わたし戦いたくない……回復術しか掛けないからね……」
強烈な個性を放つバルドとビビの加入(?)により、地下水道探索のパーティは一気に賑やかさを増した。
カイは二人の勢いに押し切られつつも、嬉しそうに短剣を握り直す。
「賑やかになってきたっスね、セレーネ師匠!」
「……頭が痛くなってきた。行くぞ、騒がしい連中め」
セレーネは呆れ果てたように呟きながらも、その口元にはどこか柔らかな月光のような笑みが微かに浮かんでいた。賑やかな一行は、さらなる深層へと向かって進んでいく。
バルドの雷鳴のような大笑いと、ビビの「はぁ……帰りたい……」という深い溜息が、湿った地下水道の壁に重なって木霊する。
「よし! ではこの熱血騎士バルド様が先陣を切るとしよう! 闇の蠢く深淵へ、突撃ーーーッ!」
「ああっ、待つっス、バルドさん! 一人で出たら罠があるかもしれないっスよ!」
豪快に突き進むバルドの背中を追いかけ、カイは大慌てで駆け出した。自慢の『目』を細め、前方の暗闇を透かすように凝視する。
「師匠! バルドさんの進む先……床の石畳の奥に、怪しい黒い気配が溜まってるっス! 罠か、アビスの小魔っス!」
「チッ、やはり猪武者か。……カイ、右の影から回り込め」
セレーネは不機嫌そうに呟きつつも、素早く指先で月光の粒子を弾いた。
――月光の道標――
淡く澄んだ青白の光が通りを真っ直ぐに照らし出し、暗闇の中に潜んでいた粘液状の影の魔物たちの姿を鮮明に浮き彫りにする。
「うわっ!? なんだこのヌメヌメしたやつらはーっ!?」
「叫んでないで大剣を振りなさいよバルド! ほら、あたしは後ろから『聖なる加護』かけてあげるから!」
ビビが杖を投げやりに振ると、柔らかな聖光がバルドとカイの全身を包み込んだ。だるそうにしながらも、その治癒と支援の腕前は本物だ。
「助かるっス、ビビさん! 師匠、俺が影から奴らの核を狙うっス!」
カイは『隠蔽魔法』で気配を極限まで薄めると、月光の影を滑るようにして魔物の背後へと回り込んだ。
その光景を、最後尾から優雅に眺めているエレン。 彼は手帳をそっと懐へしまうと、眼鏡のツルを指先でクイと押し上げ、密かに口元を綻ばせた。
(ふむ……賑やかで実に良いパーティだ。カイ少年の真っ直ぐな光、バルド殿の無鉄砲な勇気、ビビ殿の確かな聖術。これなら、彼女の閉ざされた心も……)
エレンはちらりと前を行く小さな背中に視線を向けた。 千年の孤独を生きてきた「不死の魔女」。彼女の側に今、少しずつだが温かな賑やかさが集まりつつある。
(……僕が妖精族の真の姿を隠し、こうして人の身で彼女の側に寄り添い続けてきた千年間。その停滞していた時間が、ついに動き始めたのかもしれないね)
「おいエレン! 何をぼんやりしている、氷の残骸が飛んでいくぞ!」
「おっと、危ない。ご指導感謝するよ、魔女殿」
セレーネの冷ややかな一言を軽やかにつわし、エレンは楽しそうにクスクスと笑う。
カイの短剣が魔物の核を的確に穿ち、バルドの豪快な一閃が残勢を吹き飛ばす。セレーネの静かな月光が全体を包み込み、短くも鮮烈な戦闘は一瞬で決着がついた。
「ハーーーッハッハ! 見たか、俺たちの完璧な連携を!」
「疲れた……もう一歩も動きたくない……」
「みんな、怪我はないっスか!?」
カイが弾む息を整えながら振り向くと、セレーネはフードの影から、どこか呆れたような、それでいて少しだけ嬉しそうなオッドアイを揺らしていた。
「……騒がしい連中だ。だが、足手まといにはならなさそうだな」
セレーネの言葉に、カイはパッと顔を輝かせた。
「はいっス! この調子で、地下大水道の最深部まで一気に行くっスよ!」
月の光を纏う一行は、新たな仲間たちと共に、アビスの核が潜む地下の最暗部へと足を進めていくのだった。




