11.汚染源(1)
アビス・スライムの残滓が黒い霧となって消え去ると、地下大水道の通路には束の間の静寂が訪れた。
「ハッハッハ! どうだカイ、俺様の華麗な剣技は! 闇の魔物など恐れるに足らん!」
「はいっス! バルドさんの大剣、ものすごい威力でびっくりしたっス!」
興奮気味に笑い合うバルドとカイの横で、ビビが深く溜息をつきながら壁にもたれかかった。
「……はぁ、元気だねぇ二人とも。あたしはもう魔法力の無駄遣いでクタクタだよ……。ねえ魔女様、ちょっと休憩しない? 聖職者の体力、ナメないでほしいな……」
「……休憩なら、あの先にする」
セレーネは前方の暗闇を指し示した。その視線の先、通路の突き当りには重厚な石造りの二重扉が佇んでいる。扉の隙間からは、これまでとは比べものにならないほど濃密な、どす黒い気が溢れ出していた。
「あそこが……地下大水道の最深部、アビスの汚染源っスね」
カイの表情が一気に引き締まる。自らの魔力を『目』に集中させると、扉の向こう側から絶望的なまでに禍々しい黒い光芒が漏れ出しているのが見えた。同時に、その胸を刺すような鋭い圧迫感に、ゴクリと唾を呑み込む。
「ふむ……ついに大詰めのようだね」
エレンが静かに眼鏡のツルを押し上げ、一行の背後から前を伺う。その整った顔立ちには、いつもの飄々とした笑みが戻っていた。
「カイ少年、恐怖で足が竦んでいるかい?」
「……正解っス、エレンさん。正直、体が震えて止まらないっス」
カイは自分の震える両手を見つめ、ギュッと拳を握りしめた。
「でも……逃げないっス。セレーネ師匠が、俺を守ってくれたから。今度は俺が、師匠の横で戦う番っス!」
「……小僧」
前を行くセレーネがふと足を止め、振り向いた。フードの隙間から覗くオッドアイが、柔らかな月光のようにカイを優しく見つめている。
「無茶は許さん。怪我をしたら……承知しないからな」
口調こそ冷ややかさを装っているが、その声には微かな信頼が込められていた。
(魔女殿、アナタの過去は変えられないでもアナタはもっと人を信頼するべきなのですよ。)
「はいっス! 絶対に無事で帰るっスよ、師匠!」
「よしっ! では、未来の騎士団長バルド様が、先陣を切って扉を開けるとしよう!」
「あ〜あ、始まった……。あたしは後ろで魔法の準備しておくからね……」
仲間たちの絆が一つに固まった瞬間、バルドが両手で重い石扉を勢いよく押し開けた。
ギギギ……と地響きのような音を立てて開く扉の先。広大な地下空洞の中心には、巨大な『黒崩』のコアが、禍々しい胎動を打ちながら揺らめいていた――。




