5.弟子(2)
「やあ、おはようカイ少年。朝から実に勤勉だね」
キッチンへ足を踏み入れると、優雅にエプロンを身につけたエレンが、蒸気の立ち上る鍋を静かにかき混ぜていた。眼鏡の奥の瞳が、爽やかな朝の光を受けて知的に光っている。
「おはようございますっス、エレンさん! 朝食の手伝いをするっスよ!」
「ふふ、助かるよ。魔女殿は朝が弱くてね。今もまだ夢の中だ。……もっとも、彼女にとっての睡眠は生理現象というより、ただの『暇つぶし』に過ぎないのだが」
エレンはさらりと恐ろしい言葉を口にしながら、焼きたてのパンを皿に盛り付けた。カイは苦笑いを浮かべつつ、手際よくスープ皿を並べていく。
「エレンさんって、昔からセレーネ師匠と一緒にいるんスか?」
何気なく尋ねたカイの言葉に、エレンの手が一瞬だけ止まった。だが、次の瞬間にはいつもの捉えどころのない笑みを浮かべて振り向く。
「そうだね。僕の一族は……まあ、いわゆる『魔女殿の記録係』のようなものさ。彼女がどれほど長く生き、何を成し遂げ、そしてどんな孤独を抱えてきたか……それを見届け続けるのが、僕の役割なんだよ」
「記録係……。じゃあ、セレーネさんが『不死』になった理由も知ってるんスか?」
カイが身を乗り出して訊ねようとした、その時だった。
「――余計な詮索をするな、小僧」
ヒヤリとするような冷気が、背後から部屋全体へと広がった。
驚いて振り返ると、そこには深くフードを被り、不機嫌そうに目を細めたセレーネが立っていた。小さな身体からは想像もつかないほど重厚な圧迫感が、キッチンの空気を支配する。
「うわっ!? セ、セレーネ師匠! おはようございますっス!」
「……朝からうるさい。エレン、このうるさい小僧を今すぐ外へ放り出せ」
「そう仰らずに、魔女殿。カイ少年が淹れてくれた温かいスープが冷めてしまいますよ」
エレンが宥めるように皿を差し出すと、セレーネはチッと小さく舌打ちをし、不承不承といった様子で椅子に腰掛けた。
スープを一口口に含むと、セレーネのオッドアイが微かに揺れた。
「……味付けが濃い」
「あ、すみませんっス! 俺、いつも冒険者ギルドの濃い味付けに慣れてて……明日からはもっと薄味にする
っスね!」
「明日などないと言っているだろう……」
セレーネは呆れたように息を吐きながらも、出されたスープを残さず飲み干した。その小さな横顔を見つめながら、カイは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
強くて、美しくて、冷たい。けれど、どこか壊れ物のように儚い気配を纏う師匠。
(俺が絶対に、あんたを守れるくらい強くなってみせるっス……!)
固く決意を新たにするカイだったが、この時の彼はまだ知らなかった。 平和に見えた王都の日常が、すでに破滅に向かって崩れ始めていたことを。




