4.弟子
「……で、名も明かしたことだし、用が済んだならさっさと出て行け」
セレーネが冷たく言い放つと、カイはハッと我に返り、勢いよくソファから立ち上がった。テーブルがカタリと揺れ、カイは胸の前で強く拳を握りしめる。
「違いますっス! 俺、まだ大事なことを言ってないっス!」
「……何だ?」
「俺を……俺をセレーネさんの弟子にしてほしいっス!」
部屋の中に一瞬の静寂が落ちた。セレーネは一秒の躊躇もなく、即座に言い捨てる。
「断る」
「そこをなんとかっス! 俺、雑用でも掃除でもなんでもやるっスから!」
「不要だ。私には弟子など要らん。お前のような弱者を連れて歩いたところで、足手まといにしかならん」
その言葉は冷酷だったが、紛れもない事実だった。あの夜、自分は悪党に歯が立たず、ボコボコにされて地面を舐めることしかできなかったのだから。カイは唇を噛み締め、悔しさに拳を震わせた。
「……確かに俺は弱いですっス。でも! 強くなりたいんス! セレーネさんみたいに圧倒的に強くなって、誰かを守れる人間になりたいんスよ!」
「強さなど求めて何になる。無駄な期待は捨てて、大人しく街で安い依頼でもこなしていろ」
冷たく背を向けようとするセレーネ。だが、その頑なな拒絶の壁を破ったのは、静観していたエレンの声だった。
「ふむ……僕は良いと思うよ、魔女殿。彼を弟子にすることに大賛成だ」
「……エレン。余計な口出しをするなと言ったはずだ」
セレーネの瞳に鋭い威圧が宿る。しかしエレンはその圧迫感を軽やかに受け流し、眼鏡の位置を直しながら言った。
「考えてもごらんよ。君は世間知らずで、街の情勢や流行りにはめっぽう疎い。だがカイ少年は駆け出しとはいえ街の噂に通じている。それに……何より彼の『隠蔽魔法』は、君の目を盗むほどの代物だ」
エレンは怪しく目を細め、カイへと視線を滑らせる。
「僕の観察眼が言っているんだよ。彼を側に置くことが、巡り巡って僕たちの求める『未来』へ繋がる……となね」
「……チッ。気味の悪い男だ」
セレーネは不機嫌そうに腕を組み、深くフードを被り直した。
「勝手にしろ。ただし、修行などつけるつもりは一切ない。勝手についてきて野垂れ死のうが、私は一切知らん」
「ほんとっスか!? やったぁぁぁ! ありがとうございますっス、セレーネ師匠! エレンさん!」
「『師匠』と呼ぶなと言っているだろう!」
こうして、押し掛け弟子カイの、怒涛の日々が幕を開けたのだった。
朝靄がまだ王都の古い石畳を濡らしていた頃、カイの「弟子」としての過酷で、どこかコミカルな一日が幕を開けていた。
エレンの屋敷の裏手にある小さな庭。朝一番の冷気が肌を刺す中、カイは竹箒を手に持ち、一心不乱に落ち葉を履き集めていた。
「よしっ、これで庭の掃除は完了っス! 次は……ええと、セレーネ師匠の朝食の準備っスね!」
カイは額の汗を拭い、額に散る癖毛をサッと払うと、意気揚々と勝手口へと向かった。
あの運命の夜から数日。命を救われ、その圧倒的な存在感と美しさに心を奪われて以来、カイの目標はただ一つだった。――伝説の「不死の魔女」セレーネに、弟子として一人前だと認めてもらうこと。
「断る」「足手まといだ」「追いはぐれるなら今のうちだぞ」
セレーネからは連日、氷のように冷たい言葉を浴びせられ続けていた。だが、カイの精神力は伊達ではない。どれほど拒絶されようと、太陽のような屈託のない笑顔で「はいっス、師匠!」と返してみせる。その図々しさには、千年の時を生きてきた魔女でさえ、最近では呆れて言葉を失うほどだった。




