18.怪しい依頼
地下水道での危機を乗り越えてから数日。王都は平穏を取り戻したように見えたが、その平穏の裏で不穏な空気は静かに漂い続けていた。
カイはセレーネとエレンが待つ隠れ家を出て、王都の中心街に位置する冒険者ギルドへと足を運んでいた。数日前にギルドから「至急の呼び出し」を受けたためである。
一足足を踏み入れると、昼間にもかかわらずギルドの酒場兼依頼窓口は、どこか殺気立った熱気に包まれていた。受付カウンターの周囲には、屈強な剣士や魔法使い、弓手たちが群がり、ざわめきが広がっている。
「おいおい、郊外の墓場がえらいことになってるらしいぞ」
「なんだって? ただの骨や腐肉が出たくらいじゃないのか?」
「それが違うんだよ! 数が尋常じゃない。それに、街の警備隊じゃ手に負えないほど動きが凶暴化してるって話だ」
冒険者たちの会話を耳に挟みながら、カイが受付窓口へ向かうと、奥の指名依頼カウンターにいたギルド職員――普段から柔和な笑みを絶やさない中年の男性・ギルバートが手招きをした。
「やあ、カイくん。呼び出してすまなかったね。急ぎの案件なんだ」
ギルバートは羊皮紙の依頼書をカウンターの上に広げ、神妙な面持ちで声を潜めた。
「実はね、王都の郊外にある大規模な共同墓地で、大量のアンデッドが突如として発生して暴れ回っているんだよ。数が多すぎて近隣の集落にも被害が出始めていてね。ギルドとしては、現在手の空いている者や、最近一定以上の成果を出した期待の若手を集めて、緊急の討伐隊を編成することになったんだ」
「墓場でアンデッド……っスか。しかも集団で……」
カイは依頼書を見つめながら、唾を呑み込んだ。地下水道での壮絶な戦いを経験した今の自分なら、きっと人手不足の役に立てるはずだ。少年の胸に、少しの緊張と確かな覚悟が宿る。
「もちろん、君一人に全滅させろという無茶な話じゃない。現地で他の冒険者たちと合流し、数人のパーティを組んでエリアごとに掃討してもらう形になる。どうかな、受けてもらえるかい?」
「はいっス! 俺で役に立つなら、喜んでお受けするっス!」
カイが元気に頷くと、ギルバートは「ああ、助かるよ。君のような前向きな新人がいてくれて嬉しいよ」と満足そうに目を細め、温かい笑顔を浮かべた。
――だが、その一瞬の出来事だった。
(……え……?)
カイの特異な『目』が、目の前のギルバートの顔を捉えた。
普段なら見落としてしまうような微細な違和感。自らの体内の微かな魔力を眼球に集め、深層を透かして見たその瞬間、ギルバートの瞳の奥――通常なら真っ直ぐな人の心が宿るその中心に、どろりとした「暗がり」が渦巻いているのが見えたのだ。
アビスの凶悪な狂者たちのように、はっきりと黒く蠢いているわけではない。紫色の斑点が見えるわけでもない。
しかし、それは明らかに健全な人間の瞳が持つ光ではなかった。光を吸収し、泥のように澱んだ、嫌な冷たさを孕む無機質な陰り。
(この人……アビスの『毒』に直接侵されているわけじゃない……? でも、絶対に普通の人間じゃないっス。まるで……誰かに意思を操られているみたいな……)
カイの背筋に、氷を突きつけられたかのような冷や汗がすっと伝った。
ギルバート自身は、相変わらず優しく親しみやすいギルド職員そのものの表情で「現地への地図はこれだよ」と紙を差し出してきている。声のトーンも、表情の作り方も完璧だった。だが、瞳の奥にある不自然な陰りだけが、カイの『目』をごまかすことができずに浮き彫りになっていた。
(この依頼……何かがおかしい……!?)
「どうしたのかい、カイくん? 妙に緊張した顔をしているけれど」
「あ、いえっ! なんでもないっス! 墓場のアンデッド討伐なんて初めてだから、少し気合が入っただけっス!」
カイは必死に動揺を押し殺し、いつもの屈託のない笑顔を作り作った。そして指名依頼書と地図を受け取ると、握りしめた手の中で短剣の柄の感触を確かめた。
「じゃあ、すぐ準備して現場に向かうっスね!」
「ああ、気をつけていってらっしゃい」
背後から送られるギルバートの親切な声を背に受けながら、カイはギルドの重い扉を押して外へ出た。太陽の光が降り注ぐ街並みの中に立っても、背中にへばりつくようなあの無機質な瞳の不気味さは消えなかった。
(……すぐ師匠とエレンさんに相談して、油断せずに現地に向かうっス……!)
少年は胸の奥の胸騒ぎを抑え込むように、隠れ家へと向かって駆け出した。




