お休みの過ごし方
「そうか、明日と明後日、君はいないのか」
「はい、もともとお休みを頂いておりまして」
殿下は、執務机に頬杖をつきわたしを見上げる。
どことなく、不満顔?
何?
何でしょう?
わたしは、直立したままお言葉を待つ。
「アリシアは休みの日、誰かと過ごしていたりするのか?」
「……約束があれば、友人と会うことはございます」
「友人……友人か」
お水をグラスに注いでいたイリーナが、わたしたちを眺めて「何の話?」という表情……。
でも、彼女はさすが侍女です。
お水を注いだら、一礼して退室した。
今日は九月二十日。
明日と明後日は、もともとお休みなのです。
流行りの歌劇を、劇場に見に行こうと決めています。
「で、明日は友人と出かけるのか?」
「いえ、明日は一人で劇場に行こうと思っています」
「劇場? 歌か?」
「はい、帝都で流行っている歌劇の鑑賞をしたいのです」
「外宮のサロンに、劇団を呼べばよかろう?」
……殿下はそうかもしれませんが、わたしは全財産を出しても無理です……。
「いえ、殿下……わたしのような平民は、劇場に通うのが一般的でして……」
「わかった。君の休日が楽しく過ごせるように手配しよう。イリーナ!」
待てまて! 待ってください!
「で、殿下、そうじゃ――」
ガチャリとドアが開き、イリーナが一礼とともに入室した。しかし、様子がおかしいと、彼女はわたしと殿下を交互に眺める。
「お呼びで……ございましょうか?」
「呼んだ。外宮のサロンに劇団を――」
「いえ、殿下、少々……少々お待ちください!」
きょとんとする殿下と、何ですか? という表情のイリーナに、わたしは腰を低くして説明をする。
「歌劇を劇場で鑑賞するというのは、歌劇を楽しむだけではなくてですね……その前後も含めてですね? その歌劇にふさわしいオシャレを考えるところから楽しみが始まっていまして――」
「なんだ、衣裳か? こちらで用意するか――」
違うんですよ!
「いえ、殿下……申し訳ございません。最後まで……お聞きくださいますよう」
「うん、わかった」
わたしたちのやりとりを、イリーナが笑いを堪える表情で眺めている……。
「あの、わたしが申し上げたいのは、歌劇も好きです。楽しみです。ですが、歌劇に至るまでの準備と、終わってから近くの喫茶で、思い返しながら美味しいお茶とお菓子を楽しむまでの……一日が楽しいのです」
「……なるほど。演劇は劇団を呼んでいるから、そういう感覚はなかったな」
殿下はそこで、イリーナを見た。
「イリーナもそうか?」
「……いえ、そこは人それぞれでしょうけど、わたしもアリシアと感覚は同じです。何を鑑賞するの?」
「大帝ルイとアデリーヌを」
「あら、今、流行りの? 羨ましい。わたしもお休みを頂いて鑑賞したい」
「劇場で鑑賞するのは、そんなに楽しいものなのか?」
劇場に向かいながら、寄り道……ぶらぶらしながらいろんなお店を覗いたりすることを、男性は楽しいとは思わないだろう……。
「はい、わたしは楽しいです」
「そうか……楽しいのか……俺は知らなかった」
殿下は、感心したように大きく頷きながら続ける。
「歌劇や演劇は、それを鑑賞するものだと思っていたが、そういう楽しみ方があるとは知らなかった。君は一日そのものを、楽しく過ごそうとしているのだな?」
「え……はい。劇場にはそう頻繁に通えませんので、特別な一日を楽しみたいのです」
「そうか、なるほど。わかった」
殿下が、笑顔となる。
「明日、俺も劇場に行こう」
?
俺も劇場に行こう?
イリーナが、まさかという顔で口を開く。
「殿下? 劇場に足を運ばれるのですか?」
「そうだ。アリシアが楽しいなら、俺も経験してみたい」
侍女が、わたしを見た。
わたしは、固まったまま答えられない。
イリーナは、にやりと笑った。
にやりと笑った?
彼女はその表情で、言う。
「殿下」
「なんだ? とめても無駄だぞ」
「庶民に変装をなさいませ」
そこ?
おい! そこなの!?
「もちろんだ」
殿下が、わたしを見て微笑む。
「明日、迎えに行くから」
わたしは、目の前が真っ白になったのである。
-・- アリシア -・-
九月二十一日。
ああ……休みなのに、また同じ夢か。
いつものように歯磨き、シャワー、化粧をする。そして、白い袖なしのブラウスに、黒の上着と同色のロングパンツで宿舎の外に出た。
これであれば、殿下の御供に無礼ではなく、劇場でも違和感がない。
はぁ……これだけのことに、一時間悩んだ。
あ!
向こうから、護衛の分隊に囲まれた殿下が歩いてきているのが見えた。
わたしがお休みの日は、パトリックの分隊が護衛を担当するのだけれど、その彼と部下たちが殿下の周囲を守っているのだ。
殿下の変装も、意味がない……。
殿下には罪はない。
パトリック、考えたらわかるでしょ?
「おはようございます」
「おはよう。アリシア、見違えた」
「ありがとうございます」
「さ、行こう」
殿下は、いつものようにわたしが歩き出すのを待つ。
「殿下……大変失礼ながら、わたしが前を歩きますと、殿下が高貴な方であると誰からもわかってしまいます」
「……そうか?」
「そして、護衛がこうして囲んでいては、殿下が高貴な方であるとわたしがおらずとも、ばれてしまいます」
「なるほど……パトリック、お前たちは帰ってよい」
パトリックが慌てた。
「なりませぬ。臣は、万が一のために殿下の盾となりますゆえ、どこまでもついて参ります」
「しかしお前がいると、俺の身分がばれるかもしれない」
わたしが、代案を出す。
「お傍は、わたしがお守りしますので、パトリックたちは少し離れて護衛すればいいのでは?」
わたしの案に、パトリックが頷いた。
「なるほど。殿下、よろしいでしょうか?」
「パトリックが良いなら、それで良い」
わたしは、パトリックに近づき小声で打合せを素早くおこなう。
終わった時、彼が苦笑を浮かべた。
「しかし、まさか殿下がお忍びで遊びたいとは……お前がいるから安心だが」
「……外の空気を楽しみたいのでしょう。毎日、大変でらっしゃるから」
パトリックと彼の部下たちが、違和感がない距離まで離れた。そして、わたしは殿下の少し後ろにつく。この配置ならば、万が一の時、わたしが盾となりつつ敵を排除し、そこに彼らが駆け付けることができる。
「歌劇は、何時からだ?」
「午後五時開場です」
「アリシアは、それなのにこんな早くに出かけるのか?」
今は、午前十時過ぎ。
「……美術館にも、行きたかったもので」
「なるほど、付き合おう。今日は君の休日を経験したい」
殿下はそう言うと、肩越しにわたしを見る。
行先……殿下じゃわからないよね。
でも、前に出ることもできない。
「どうした? 行こう」
「殿下、失礼を承知でお願いがございます」
「なんだ?」
「前を歩けば護衛となり、後ろを歩けば先導ができません……その……お隣でもよろしいでしょうか?」
殿下は、一歩、後ろに下がった。
わたしたちが、並ぶ。
「行こう」
殿下に声をかけられて、緊張して歩き出す。
あわわわわ……
……すごい緊張します。
こうしてわたしは、軍人歴二十四年で初めて、皇族の隣を歩くというとんでもない経験をすることになってしまった。
不敬罪で、捕まらないだろうか?
市中で万が一、殿下を知る人に見つかったりして……。
「殿下、あの……」
「なんだ?」
隣を見れば、殿下の横顔……。
いかん……こんな状態を知ってる人に見られたら、絶対に捕まる。
「万が一……わたしが不敬罪に問われたら、助けてください」
殿下は、嬉しそうに笑った。
「俺がそうはさせないから、大丈夫」
お願いします!




