友人たち
「いやー、泣いた泣いた。大泣きしちゃった」
カイルとエライザが、わたしを見て口をあんぐりさせている。
「本当に、断ったのか?」
カイルの問い。
「うん、はっきりと」
「それで、殿下は何ておっしゃったの?」
エライザが前のめりになった。
「えっと……特に何も」
「それ、諦めてないぞってことじゃないの?」
エライザ、それは言わないでよね。
でも、ちゃんとお断りして、殿下はそれを受け止めてくださった。
大丈夫!
「大丈夫よ!」
のはず……。
九月十八日の夜。
食事に誘われ、カイルとエライザを訪ねている。殿下とのことを相談していたから、当然、話題はそのこととなり、わたしは昨夜の出来事を二人に話したのだ……。
「ほーん……それで目が腫れてんだな」
カイル、やっぱりわかるよね?
メイクでは誤魔化せられないほどで、ようやく腫れがひいてきたけど、それでもまだまだ……。
「周りには、ばれてないの? そんなに大泣きして」
「こっそりと、窓から抜け出て帰った」
「……イゴール卿の護衛、穴だらけってことかよ」
カイルの指摘に、彼の名誉のためにも否定する……いい加減な奴だけど、昨日は殿下がわざと全員を集めろと外に声をかけて、その隙に。
「――に、抜け出したのよ。でも、今朝は皆にいろいろと訊かれた。だから一応、寝ようとしたら異動先が決まらないことに不安になって、泣いちゃったと嘘をついた」
不安なのは、事実。
だけど、殿下にはお話を済ませたので、異動先の件、これから進むでしょう。
護衛連隊長……じゃないほうがいいなぁ。
地方の駐屯地の、倉庫係とかにしてもらえたら……。
「しかし、殿下はやはり人を見る目がおありだ」
カイルは、笑みを浮かべて料理に手を伸ばす。今晩はカイルが腕をふるったという鹿肉のパテなのだけど、これがとんでもなく美味しい。
「でもさ、アリシアはよく断ったね、偉い」
エライザに頭をなでなでされて、おどけてみせるとカイルが言う。
「この件に関しては、エライザに反対だな、俺は」
「あんた、まだ受けろって言ってるの? アリシアが大変じゃない」
「俺は、殿下が望む相手がお前ってことが嬉しい。くっつけば、もっとおもしろ……じゃなくて、嬉しい」
おもしろがってんじゃない!
「カイル、でもわたしは四十二歳で、皇位継承を考えただけでもふさわしくないの。側室をたくさん囲って子だくさんっていう考えが殿下にあるなら別だけど、殿下、これまで一人も抱えてないから、これからもないんじゃない?」
カイルが真面目な顔になる。
「子ども子どもって、別に問題じゃないだろ。これまで何度も廃嫡や戦死や病死はあった。それでも帝室が続いているのは、継承法があるからだ」
「それはそうだけど……殿下だって、自分の御子をお抱きになりたいはずよ」
「殿下が、それを考えずに求婚するわけないだろ? 授かれないことも継承法のことも、いろいろと考えてから、お前に申し込んだってことじゃないか? 殿下が望んだのはお前なんだから、受ければいいじゃないか。受けちゃえよ」
ひどい男だ。
「エライザ、こいつぶん殴っていい?」
「いいわよ」
「ダメだ。お前の拳は冗談じゃすまない」
大げさに怖がってみせるカイル。
エライザが、でも、と言って続ける。
「でも……そもそもなんだけど、あんた、結婚したいと思わない? これからでも、相手を見つけたら?」
「……」
「まだ、怖いの?」
「……うん」
わたしは、パテを切り分けてくれたカイルに目で感謝を伝え、口に運ぶ。
美味しい……こんな料理を毎日、食べることができる関係か……。
「カイル、エライザ、二人がうらやましいよ。こんなに美味しい料理を、一緒に楽しめる相手がいるんだもの」
「……よせよ、照れるだろ」
カイルが言い、エライザも少し照れていた。
「たしかに、二人といると正直、うらやましいんだよね。憧れもある」
わたしはそこで、少し躊躇った。
「でも……わたしは、やっぱり怖い」
「それが、問題の本質ね?」
エライザが言い、わたしのグラスにシングルモルトを注いでくれた。
ルヒティ・ザ・リュゼは、わたしが大好きな銘柄だ。
まだ若いものを用意してくれたのも、わたしの好みを二人が知っているからだと言われなくてもわかる。
この二人には、嘘や隠し事はしたくないんだよな……。
「そぉです」
お酒をチビリと頂き、その優しい香りに目を細めた。
「その、お前をふった奴を連れて来いよ。ぶん殴ってやる」
「カイル、たぶん負ける」
わたしが言うと、彼は目を丸くした。
「え? 強いの?」
「……なんで弱いと思ってたのよ?」
エライザの指摘に、カイルが苦笑しながらシングルモルトをグビリと飲んだ。
わたしは、ため息の後に正直に話す。
「それに、殴ったり罵ったり、それをしたところでわたしの過去は変わらない。それに、相手はそれをされたことで、負い目が薄まるなら、何もせずにいたい」
「その言い方、何か接触があったの?」
エライザ、さすが! さすが元諜報部!
「実は、会ったんだよ」
二人が、好奇心に満ちた目で、わたしを見ていた。
「謝りたいって言われた……当時のことを」
「……よし、連れて来い、ぶん殴ってやる」
カイルは、本気で言っていた。
彼は、わたしが口を開こうとするのを手の動きで止めて、言う。
「人を馬鹿にして、時間が経ってから謝罪だと? 自分がそれで気が済むからだろうが。そういう卑怯な奴、ぶん殴ってやりたい」
「あんたが殴りたいだけでしょ? やめなよ」
エライザが夫をいさめ、「でもさ」と続けた。
「そいつ、もしかしたら、家庭で何かあったんじゃない? それで、昔のことが記憶の中で美化されていて、こいつならちょろいだろう的な舐めた考えだったりして。ヨリ、戻したい的な」
「……」
だとしたら、ぶん殴る。
容赦なく全力で。
「で、誰なの?」
エライザが、わたしを見つめる。
カイルも、わたしを見ていた。
「それは……言いたくない」
わたしは、逃げるようにパテを口に入れる。
美味しい……美味しいよぉ、このパテ。
「カイル、このパテ、美味しい。もっと」
「おお」
それから、二人は意図的に話題を変えてくれた。
流行りの歌劇か……次の休みは、劇場に行ってみようと思う。
好きなことをして、心を休めて、悩みともさっさとおさらばしよう。
そうすればきっと、考えなくて済むようになる……はず。




