表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/22

悪い男

 午後の稽古。


 この前のように、木剣を持つ殿下と対峙する。


 わたしの部下たちは、殿下に敗北して稽古場の隅っこに、他の見物人たちと並んでいた。


「アリシア、ちゃんと本気で来いよ」

「承知しました」


 わたしは木剣を左手に持つ。


 誰もが、え? という顔をしたけど、グロスだけが真面目な顔だ。彼はわたしとつきあいが長いので、左手で剣を持った意味を理解していた。


 実は、左利きなんです。


 でも、いつもは右利きのフリをしている。


 殿下が本気で来いとお命じになったので、この前のさらに上の本気で、呆れてもらおうという狙いがあった。


 殿下は、目を細めてわたしの右手を見ていた。


 おそらく、剣を囮に殴打が本命と睨んだようだ。


 わたしは、だらんと剣を下げたまま、自然体を保つ。


 殿下は、構えたまま動かない。


「殿下、撃ってこられないなら、こちらか参ります」

「……」

「では」


 静かに言い、浅く呼吸をした。


 するりと右足を前に出し、体重移動で前進をする。


 殿下が、木剣を水平に払った。


 わたしの前進を、牽制する目的だとわかる。それでいて、強い一撃だ。


 わたしは木剣で剣を弾きあげ、振り下ろしながら右足を踏み込む。


 殿下が、わたしの斬撃を防いだ。


 わたしは、右足を踏み込んだ反発で、左方向へと跳ねる。


 同時に、二撃めを見舞った。


 木剣での二連撃。


 同じ振りと見せかけて、左に移動することで角度を変えた。


 防いだ殿下はさすがだったが、彼の木剣は悲鳴をあげて宙に飛ぶ。


「参った。アリシア、二撃めは、どうすればよかった?」

「はい。一撃めを躱しながら反撃カウンターを、あてるしかございません」

「……初手で、決まっていたのか。ありがとう」


 殿下の木剣が、くるくると落ちてきて、わたしがつかみ取る。そして、木剣を返そうと片膝をつき、殿下に差し出した。


 彼は、両手で受け取る。


 ……手を、握られて……。


 ドキリとして、思わず顔をあげると、彼も少し驚いていた。


 わざとじゃない、ということ?


「すまない。触れてしまった」

「とんでもございません。無骨な手で申し訳ござません」

「いや……君の強さを物語る、素敵な手だよ。稽古をつけてくれて、ありがとう」


 殿下が、少し照れた顔をして背中を見せる。


 彼が壁に木剣をかけ終えるまで、わたしは目をそらせなかった。




 -・- アリシア -・-




 殿下から、妻になってほしいと言われてからも、わたしは護衛の仕事を続けながら、答えを伝えることを避けてきた。


 というよりも、断るのは無礼なことなので、諦めてもらおうといろいろ試したのだけど、全ては失敗という状況だ。


 さすがに、そろそろ考えを伝えなければと思う。


 十日も、殿下を待たせていることのほうが無礼だろうという自責があった。


 九月十七日。


 この日は、外宮の大広間で舞踏会が開催される。


 その名のとおり、出席者たちが踊るのだけど、皆の目的は違う。


 わたしたちのような平民が、結婚相手を紹介されることをお見合いというが、今回の舞踏会はいわば、上流階級にとってのお見合いの場なのだ。


 男性は、女性たちの家柄、容姿、身にまとう衣装、談笑での受け答えで相手を見定める。当然、女性たちも男性側の資金力、家柄、容姿、気遣いなどを量るのである。


 双方ともに、この相手ならばと決まれば、会場の隅っこで待機するお互いの付添人に伝え、後日、改めて会うという運びとなる。


 殿下の護衛を、イゴールの分隊に引き継いだわたしだが、この日ばかりは帰宅とはならず、舞踏会場の警備についた。


 残業代、たくさん出してもらえるので文句はない。


 お風呂つきの一軒家を買って、おだやかな老後を過ごすために蓄えは必要。


 でも、万が一、そんなことを考えていたわたしが、殿下の――。


「よぉ」


 声をかけられ、見るとカイルだ。着飾った格好で、舞踏会場へと入るところだ


「お疲れ」


 返事をすると、彼は周囲を眺めながらわたしの隣に立つ。


「ガーベインのヴィオラ王女も、参加なさるらしい」

「楽しみ。すごい美人なんでしょ?」

「……なんでお前が楽しみなんだよ? それよりも、返事はしたか?」

「まだ……です。断るのは失礼だし、諦めてもらおうといろいろとやって失敗の現在」

「殿下には男子のご兄弟がおられない。妹君たちは皆、嫁いだしな……分家に男子はいるが、まぁ殿下がご健在だし、あの器量……まず次期皇帝陛下となるは間違いないだろう」

「……何が言いたいの?」

「なっちゃえよ。これ以上ない出世物語で、歌劇や戯曲になるぞ」

「ぶん殴っていい?」

「わははははは! じゃ、警備よろしく」


 カイルめ! おもしろがっている。


 会場入口にいた、部下たちがわたしたちのやり取りを見て、何だろうという表情だ。


 会話は聞かれていなかったが、任務中に遊んでいると部下に思われるのはよくない。


 反省。


 仕事だ、仕事。


 ご令嬢たちが、華やかな化粧と衣装で次々と舞踏会場へと入っていく。


「シュバイク侯爵家ご令嬢、オリビア・アイナ・シュバイク様、ご入場」

「ファルク伯爵家ご令嬢、アリスリッド・フェンシア・ファルク様ご入場」


 宰相であるシュバイク侯ズラターンの三女と、お妃様のご実家筋であるファルク伯爵家の次女が、付添人に先導されて入場する。


 ツンとして、遠くを見つめて歩く姿は、まさにお高くとまっているお嬢様って感じだ……。


 帝国四公と呼ばれる黒蝶ベラウラ公爵家、黒鷹ギルケノール公爵家、黒獅子リオーグ公爵家の子女が次々と会場に入ったが、黒竜ドレイグ公爵家は不参加のようだ。


 陛下と仲が悪いので、こういう時も距離をおいているのだろう。


「ガーベイン王国第二王女、ヴィオラ・エトワール・ガーベイン殿下、ご入場」


 美しすぎる。


 なんだ……この人?


 こわいくらいに、美しい……。


 金色の髪は艶やかに流れ、エメラルドを連想させる瞳が、二重の大きな目の中で輝いている。形のよい鼻筋と艶やかな唇。透き通るような白い肌……そして、赤いドレスが嫌味なく似合っていて、会場に咲く薔薇のように華やかだ。


 彼女は、ゆっくりと進みながら、帝国兵たちに何かを言っている。


 話しかけるというより、何かを伝えて?


 王女殿下が、こうべを垂れるわたしの前を通過した。


「ご苦労様です」


 声を……かけられた。


 とても可愛らしい声……。


 一兵士たちに、労いをかけている?


 帝国の諸侯ご令嬢たちが、隣国の姫君を迎え撃つような表情で眺めていた。


 その中を、女官や兵士たち、彼らを一人ひとり見て労いをかけながら進むヴィオラ王女。


 わたしは、帝国の完敗のように見えた。




 -・- アリシア -・-




 舞踏会が始まり、楽団による演奏が始まった。


 わたしは会場玄関口で、楽団の演奏を楽しみながら警備をする。


 うーん……この演奏、ギュレンシュタイン皇国のオーギュレーン楽団だ!


 曲はウォルフ・ベクリリス卿の『舞踏会』。原曲に忠実なのに、音の重ね方には楽団独自の解釈がある。


 さすが、世界一といわれるだけある!


「やぁ」


 せっかくの演奏を、邪魔する奴が近づいてきた。


 ルシウス!


 わたしの部下たちは、彼とわたしの関係を知らない。


 皇帝護衛連隊の隊長を前に、彼らは一礼し迎えた。


 頭をさげんでいい、こんな奴!


「お疲れ様です」


 無視はできないので、挨拶はする。


「ちょっといいかな? 話を」

「どうぞ」

「できれば、二人で」


 部下たちの手前、ぶん殴るわけにもいかず、頷いて彼に続く。


「なんでしょう? 警備の途中です」

「はははは、いや、ちょっと」


 彼は兵士たちから少し離れたところで、立ち止まって振り返った。


 わざとらしい、作り笑い。


「なんでしょう?」

「……実は、あれからちゃんと話をしていなかったと思って」

「こういう時に、する話でしょうか?」

「申し訳ない……任務を離れるわけにはいかず、かといって君を訪ねるのも気がひけて」


 何の話だ?


「実は、俺も年をとって……いや、長くなるし、言い訳だ。やめる」

「は?」

「結論から言う。俺は、君をとても傷つけた。ひどいことをした。謝りたい」

「……謝る?」


 わたしは、目の前の男が言った言葉で、ひどく動揺した。


 謝る?


 わたしを捨てたことを?


 わたしを、否定したことを?


 謝る?


「申し訳なかった」


 彼は、兵たちの手前、頭を下げることはしなかったが、格好だけの謝罪ではないと、その表情を見れば明らかだった。


 しかし、わたしはそれが腹立たしかった。


 わたしは、何も言わずに彼に背を向ける。


「アリシア?」


 彼の呼び止めも無視し、会場の玄関口に戻る。


 グロスが、わたしの表情を見て口を開いた。


「隊長、何か失礼なことでも言われました? 殴っておきましょうか?」

「返り討ちに遭うわよ」

「……」


 でも、ありがとう。


 わたしは、副官の背中を軽く叩いた。


 グロスが、わざと痛がる素振りをして、わたしから離れて立つ。


 わたしは、腹を立てていた。


 傷つけた者は、謝罪すれば許されると思っている。


 許してほしいとは言われていない。それでも、謝罪を受け取らされたこと自体が腹立たしかった。


 わたしを傷つけた男なら、もっともっと悪い男でいろ。


 わたしは、拳を握りしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ