祝賀会準備
十月二十日。
昨日と今日、あの夢を見ないですんだけど……夢のほうが楽だと思える。
お妃様から、呼び出しを受けたのだ……。
ああ……嫌だ、嫌だ。
自分のことを嫌う人と、会うのは嫌ですよね?
それにしても、殿下と一緒ではなく、わたしだけを呼び出すというのが……ジグルド先生、早く帰って来てわたしを助けて!
皇帝陛下ご夫妻が、人と会う時に使う応接用の室に通された。
はい、ルシウスがやっぱり出て来る……。
もう、心構えができているので何も感じません。
彼はわたしを見て、何か言いたそうだけどお二人が入室したことで、表情を消した。
わたしは、両膝をつき頭を垂れた。
「面をあげよ」
わたしは、頭を下げたまま言葉を待つ。
「アリシアよ、そちに頼みたいことがある」
陛下のお言葉に、わたしは「はい、何なりと」と答えた。
「妃がな、お前に任せることを決めたのだ。きたる十一月の一日に、周辺国を招いて休戦記念の祝賀会を開くゆえ、お前が準備の責任者をせよ」
わたしは思わず顔をあげそうになり、懸命に耐えた。
周辺国を招いての祝賀会の準備を、わたしにやらせるだとぉおおおおお!?
「おや? 不服なのか?」
「とんでもございません。身に余る光栄ゆえ、言葉が出て参りませんでした」
「そうか、そうか。では任せたぞ」
「仰せのままに」
「よし、去ってよいぞ」
低い姿勢のまま後退し、勢いよく反転し退室……する直前だった。
「帝国が恥をかくようなことがあれば、責任はすべてそちが負うことになります」
お妃様のお言葉……。
わたしは素早く両膝をつく。
「はい、仰せのままに」
「行ってよろしい」
わたしは、死地から生還した!
しかし、難題を抱えてしまったのである……。
-・- アリシア -・-
十月二十一日。
いつもの夢は、見なかった。
違う……夢。
祝賀会が失敗に終わるという最悪の夢!
ずーん……としたままベッドから這い出て、歯磨きをして、シャワーを浴びて、着替えをする。
化粧をしてもらい、出かける。
昨日、殿下にはお妃様の無理難題の件、報告済みだ。
だからそちらに、集中することのお許しを得ている。
「困ったら、俺を頼るんだよ、アリシア」
こう仰ってくれた殿下は、本当に素敵な方だと思います。
祝賀会の準備は、外務庁と皇室庁とやりとりをして行う。通常、舞踏会や祝賀会などの準備責任者は、皇室庁の長官なんですが、わたしが任命されたせいで気分を害していないかと心配し、最初に訪ねようと思った。
長官のユルゲン卿は、わたしを執務室に招き入れると、笑った。
「大変だな? 戦乙女」
「……もう乙女じゃないんですよ。なんとかご助力を」
「バルニア支援作戦の時、お前には俺の息子を救ってもらった恩があるからな。返させてもらうよ」
?
「ご子息とわたし、戦場で一緒だったのですか?」
「そうだ。息子がな、戦場で危なったところにお前が駆け付けてくれて助かったと。今では息子にも赤ん坊がいて、可愛い孫を授かったのはお前のおかげだ」
わたしは、意外さに戸惑う。
「どうした? 困った顔をして」
「いえ……すみません。困ったわけではないんです。その……わたしが、戦場で戦ったことが、ユルゲン卿のお役に立てていたなんて思いもしなかったので……意外だったのです」
「そうか……ま、俺だけではないと思うがね」
ユルゲン卿はそう言って笑うと、協力を約束しようと改めて言ってくれた。
「皇室庁の者には、俺から話を通しておく。皆、戦乙女の役にたてると思えば、喜ぶだろう」
意外だ……。
「あの……わたしなんぞが殿下のお側について、笑われているものだと思っていたのですが?」
「笑う? お前は軍服を脱ぐと頭がとろくなるのか?」
ぐさぁ!
言葉は時に……剣よりも痛し!
ユルゲン卿は、穏やかな笑みで言う。
「ま、やっかみや妬みをぶつけてくる奴はいるだろうが、多くの者はお前を笑っていないよ。皆、お前の騎士としての実績を知っておるし、戦場での活躍も知っている。そこにいる俺の秘書は、おもしろがって応援しとるよ」
おもしろがるんじゃない!
部屋の隅に立つ秘書を見ると、彼はにっこりとして口を開く。
「応援してますよ!」
……おもしろがっているとしても、ありがとう!
さ、次は外務卿……マーカス卿だ!
-・- アリシア -・-
「アリシアどの……祝賀会の件かな?」
「はい、図々しく拝命しまして……ご支援いただきたくお訪ねいたしました」
マーカス卿は、真面目な顔で言う。
「君は騎士として、軍人としての実績はすばらしい。しかしこういうことには不向きだと思っている」
……反論できません。
でも、なんとか協力してもらわないと。
「正直、反対しようかとも考えた」
わたしが口を開こうとしたが、マーカス卿が表情を変えた。
笑顔?
「でも、ヴィオラ様から、君には本当によくしてもらっていると聞かされていたから、手伝わせてもらうよ。それに誰でも、最初を経験しないと始まらない。大変だろうが、協力するから成功させてくれ」
ああ! ヴィオラ様、ありがとう!
「ありがとうございます」
「いやいや、礼を言うのは俺だよ。ヴィオラ様に良くしてくれてありがとう」
「ああ、それはヴィオラ様がすばらしい姫君だからです」
「いやいや、そうであっても異国の姫だ。君じゃなかったら、ヴィオラ様はああいう御方だから無理をして疲れてしまっていただろう」
マーカス卿はそう言うと、招待先の一覧表をくれた。
「招待客だ。都市国家連邦のラルフ・ベルルファスト執政官も来る」
「……喧嘩にならないよう気をつけます」
「ま、休戦を祝う目的ゆえ、招待しないと失礼だ。まさか来るという返事がされるとは思っていなかったがね」
苦笑すると、マーカス卿も苦笑して続ける。
「しかし、君がね……護衛の時は怖い女だなと思っていたが」
……職務上、しかたないことです。
「俺とすれば、中央大陸との航路確保でガーベインとの関係強化をなんとかしたかったのだ。先走った結果、間に挟まれて大変だが……今回の祝賀会で、レオン王とフィヨルド侯が来てくれる。彼らも頻繁に帝国に入ることになるが、それはあちらにとって、それだけ帝国との関係が大事だからだ。アリシア、そちらも協力してもらえないか」
この方はこの方の、考えがあって動いた結果、誤解を受けているのだろうか?
だけどともかく、今はそれを指摘するのではなく、マーカス卿の協力を得るのが大事だ。
「もちろんです。わたしもヴィオラ様のために、両国の関係がよくなってほしいですから」
殿下に提案したわたしがどの口で……と自責を笑顔で隠した。
「よろしく頼む。外務庁からも応援を出す」
「助かります」
よかった。
マーカス卿の協力を得られるし、次は料理長だ。
-・- アリシア -・-
「忙しい、後にしてくれ」
……ですよねぇ? すみません。
来る時間帯が悪かった。
今は皇帝陛下ご夫妻のランチを作っている時間帯……。
厨房の隅っこに立ち、待ちます。
あ……あれは、グーリット風カツレツ! 美味しいんだよね。料理長のアレクサンドル卿が作るんだから、最高だろうなぁ。
待つこと、一時間強……美味しそうな料理の匂いにやられました。
朝から動いていて、ご飯もまだ……。
「待たせたな」
料理長のアレクサンドル卿が、巨体を揺らして近づいて来る。
協力を、お願いしようとした時だった。
グゥウウウウウキュルルルルルゥウウウウウ……。
わたしのお腹が、盛大に鳴いた。
「……すみません」
顔を真っ赤にして謝ると、アレクサンドル卿が笑顔で手招きする。
ついて来い?
厨房の奥……グーリット風カツレツが皿の上に乗っているけど、形が崩れていた。
「これ、形が崩れたから陛下にお出ししていない。お前、食べろ」
「よろしいのですか?」
「いいぞ」
役得!
「で、何をしに来た?」
「はぐはぐはぐ……美味しいです! サクっとした衣の内側で肉の美味しさが閉じ込められていて、そこにこの特性ソースが!」
「……そうだろう? 形は崩れても味は変わらんからな」
「はい! これまで食べたカツレツの中でも、これは最高です! はぐはぐはぐ……」
は!
わたしは、カツレツを飲みこみ、料理長に謝る。
「すみません……」
「謝ることはない。あれか? 祝賀会か?」
「そうです。わたしが準備責任者となりましたので、ご支援賜りたく」
「いつもと変わらず作らせてもらうが、料理は脇役だからな」
料理長はそっけなく言う。
「でも、わたしはこんな美味しい料理を食べられたら、お祝いの気分も華やかになると思いますけど」
「……お前、変わってるな? ま、だから殿下が惚れたのか?」
……殿下に失礼なのかもしれないけども、わたしは褒められているような気がするし……微妙な評価だ。
料理長はフォークを持ち、残りのカツレツに突き刺すと口に運ぶ。
「うん……うん……よく出来ている。美味い」
「美味しいです。赤と一緒なら、もっと楽しめます」
「赤ワイン? 飲むか?」
「……一杯だけ」
「お前、仕事中じゃないのか?」
「……」
「……ま、いいか」
ここで、料理人たちが料理長に指示を求めて集まり始めた。
「もういいぞ。休憩しとれ」
アレクサンドル卿はそう言うと、肉を煮込む時に使う赤ワインをわたしに見せた。
わたしは、近くにあったグラスを勝手に拝借する。
「バルニアの赤だ。若いのでどうかな?」
「いただきます」
「サラミもあるぞ」
「ありがとうございます」
「……おっと、入れ過ぎた」
「多すぎますよ。あ、お注ぎします」
「……なみなみと注ぎおって!」
ワインを飲み、サラミを齧り、ワインを頂き……最高の昼!
赤ワインを飲むアレクサンドル卿が、笑みを浮かべて言う。
「配膳や給士、ユルゲンとうまくやるから任せてくれ」
「よろしくお願いします」
「その代わり、もう一杯つきあえ」
「しかたないですねぇ……いただきます!」
最高のお昼!
祝賀会も、こうして隣の人同士で注ぎ会って、会話できたら楽しいのになぁ。
ひっく……失礼。
-・- 宰相 -・-
はぁ、忙しい。
ったく、陛下夫婦はこんなことも決められんのか。
すべて私が決めておるんだから、いっそのこと私が皇帝で良くないか?
皇太子の御代になれば、もう少し楽ができるかな?
あれはきっと大成するし、アリシアもいるしな。
ん?
騒がしいな、どうした?
「おい、あれは何をしておる?」
護衛の騎士たちに尋ねると、一人が外宮の庭園で作業をする人々のところへと駆けて行った。
戻ってきた騎士が、一礼し口を開く。
「明日の、休戦記念祝賀会の準備だそうです」
「祝賀会の準備を庭園? ……どういうことだ?」
庭園で祝賀会?
……そういえば、準備責任者はアリシアだったな。
陛下夫婦との面談を終えて、執務室に帰る途中だったが、私は寄り道をすると決めた。
騎士たちが、慌てる。
「黒蝶公爵閣下との面談が迫っております」
「ちょっとだけだ」
作業をする女官に、声をかけ……イリーナではないか!
「おい、殿下の侍女が何をしてる?」
「これは宰相閣下、ご苦労様でございます」
「お前、殿下の側を離れていいのか?」
「殿下のご命令ですので」
私は庭園を見渡し……おい!
「おい! ヴィオラ殿下に作業をさせておるのか!」
「あ、明日の舞台の練習でございます」
「舞台?」
「明日のお楽しみです、閣下」
……何だ?
祝賀会とは、外交関係の会話をしつつ適当に酒を飲み、食事をして、同じ時間を過ごしたことで関係確認するのが常だが、アリシアは何を企んでいる?
……気になる。
観れば、殿下を担当する護衛連隊の連中や、見たことがある官僚たちの顔も多い。
軍務次官のカイル・ベーゲンバルクまで……。
「閣下、急ぎませんと」
騎士に急かされ、後ろ髪をひかれる思いで執務室に向かう。
これまで、祝賀会を楽しみの思うことなどなかったが……。
明日が、楽しみだ。




