仕返し
十一月一日。
祝賀会が始まった。
屋内ではなく、屋外でと考えた時、晴れますようにと祈ったけど、晴れてよかった。
続々と集まる各国のお偉い方々とともに、皇帝陛下とお妃様も談笑中。
国と国の関係を考えて、誰と隣になるかを悩んだ結果、皇帝陛下の隣には、ガーベインのレオン王を置いた。
仲良くして! という祈りを込めて。
料理を運ぶ速度を、いつもよりも遅くしていることもあり、皆さん、お酒と会話の量が増えるし、料理を楽しむ余裕も得てくれているようだ。
……バルニア海老、美味しそう!
いかんいかん!
「隊長……じゃなかった。アリシア様、準備できました」
グレイに声をかけられて、わたしは頷きを返した。
ここから少し離れた帝都の皇室専用の庭園に、伝令が走る。
歓談する皆様の邪魔にならないように、それは静かに始まった。
レニンベルグラフ歌劇団による演奏と、歌姫フォルティーンとヴィオラ様の歌。
それぞれの参加国で、愛されている歌を二人が歌う。
ヴィオラ様が、歌いだしを間違った!
頑張って!
祈るように、両手を握っていた。
フォルティーンの助けもあって、ヴィオラ様もすぐに立て直す。
よかった。
二人の歌声は、美しく重なりあう。
各国の方々が、自国で愛されている歌が始まると、口ずさんでくれていた。
喜びの歌が始まり、レオン王を見る。
娘を応援するかのように、レオン王は歌っていた。
歌と歌の途中、少しの間を開けたのは、皆様が談笑できるように、だ。
わたしが立つ場所に近い席には、一年前まで戦争をしていた五ヵ国半島の都市国家連邦執政官ラルフ卿がつかれているけど、都市国家連邦で愛されている歌が始まると、立ち上がって歌った。
そして、歌を終えた時、彼は参加者たちに告げる。
「ヴァスラ帝国皇帝ご夫妻に感謝申し上げる! 今日、ここに集まった方々がこれからもこうして、お互いの国で愛される歌を楽しめる関係であることを願う!」
自然と、拍手が沸き起こった。
外務庁の人たちが、都市国家連邦で愛されていて、なおかつラルフ卿が好きな歌は何かというわたしの無理難題を、一生懸命に調べてくれたおかげだ。
わたしは、外務庁の人たちが集まる後方を振り返り、笑顔を見せる。
彼らも、わたしに笑顔を見せてくれた。
皇室庁の人たちが、さりげなく各テーブルへと赤ワインを置いてさがる。
給士が注がず、テーブルに置くだけ。
ここで、各テーブルについていた殿下、ユルゲン卿、マーカス卿、カイルたちが、隣の方へとワインを注ぐ。
談笑の声が、次第に大きくなっていく。
注ぎあうように仕向けてくれと、根回ししていてよかった。
舞台を降りたヴィオラ様が、レオン王のところへと行き、皇帝陛下ご夫妻へと一礼する。そして、ワインをお二人へと注ぎながら、話し始めた。
会話が、生まれる。
皇帝陛下が笑い、お妃様も扇で口を隠した!
ここで、小さな花火が夜空にあがる。
ひとつ。
ふたつ。
皆の視線が、次第に夜空へと向けられた。
皇室専用の庭園からあがる花火が、夜空を彩っていく。
歓声があがり、拍手が鳴り響く。
よかった……。
わたしは、胸をなでおろす。
自然と、殿下を見た。
殿下は、花火ではなく、わたしを見ている。
わたしも、殿下を見つめた。
頭上で、大きな花火が音を立てて咲く。
それよりも、わたしは殿下の笑みを、見ていたかった。
花火の音は、もう耳に入らなかった。
-・- アリシア -・-
祝賀会が終わり、片付けをしようと皆に声をかけた時だった。
「アリシア、よいか?」
皇帝陛下……。
お妃様も……。
そして、お二人の少し後方には、宿敵のムカつく顔……。
わたしは両膝をつき、頭を垂れた。
味方をしてくれそうな殿下、ユルゲン卿、マーカス卿はお客様たちのお見送りでいない……。
最悪……。
祝賀会、うまくいったと思ったのにぃ!
「よい、面をあげよ」
わたしは、頭を垂れたまま、動かない。
わたしの肩に誰かが触れて、顔をあげた。
お妃様の顔があった。
慌てて、顔を伏せようとすると、お妃様が睨むような表情を作る。
「生意気ね……祝賀会を成功させて」
「申し訳ございません」
「顔をあげなさい」
わたしは、勇気を出して顔をあげた。
お妃様が、苦笑を浮かべる。
皇帝陛下も、笑っていた。
「レオン王と話した」
皇帝陛下はそれだけ言い、わたしに背を向ける。
お妃様が、口を開いた。
「認めたわけではありません。ですが、仕方なく我慢することにします」
「……」
「粗相をしたら、追い出しますから」
「……寛大なお言葉、ありがとうございます」
わたしが一礼すると、お妃様が扇をわたしの前に置く。
「これをあげるわ」
お妃様が、離れて行く。
ルシウスが、何が言いたげな顔でわたしを見るも、お二人が去るので慌てて離れて行った。
わたしは、目の前に置かれた扇を拾う。
……今回は、乗り切ったぁ!
へなへなと力が抜けて、その場で地に伏せたのだった……。
-・- アリシア -・-
十一月二日。
夢を、見ていた。
わたしは、戦場に立っている。
だけど、わたしの前には、助かって良かったと喜び合う人々がいた。
わたしは、振り返る。
敵国の兵士たちが、わたしを見ている。
わたしは、剣を収めた。
彼らは、逃がしてくれてありがとうと、去っていく。
ここで、目が覚めた。
……深呼吸をしてベッドから出る。
歯磨きをして、シャワーを浴びる。
着替えて、部屋を出た。
イリーナが来るには、まだ早い時間。
一階へと下りて、廊下の窓から外を見る。
犬のロイと、殿下。
イゴールたちが、殿下の護衛をしている。
わたしが庭に出ると、イゴールたちがわたしに笑みを向け、すぐに直立となる。
「ああ、アリシア、おはよう。お前たち、もういいぞ」
「は! 失礼いたします!」
殿下の指示で、イゴールたちが早あがりだ……。
ロイが、わたしに駆け寄ってきて、アオー! と吠えるとまた走っていく。
誘ってくれているようだ。
殿下へと、歩み寄る。
「アリシア、おはよう」
わたしは、微笑んだ。
そして、殿下の手に、そっと指で触れる。
「アリシア……」
「殿下、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
殿下が、ぎこちない笑みを浮かべた。
「な……なんだい?」
わたしは、勇気を振り絞る。
「レオ様……」
名前で呼んだ時、彼は目を見張った。
「……わたしの夫に、なってくださいませんか?」
言った。
わたしは、彼を見つめる。
レオ様は、優しい笑みで口を開く。
「アリシア、熱があるのか?」
……!!
「ひどぉい! こんな仕返しをします!?」
「はははは! 嬉しくて! あははははは!」
レオ様は、笑っていた。
でも、その目は涙で濡れている。
わたしたちは、抱きしめ合って、笑い続けた。
二人はそれからも、いろいろな困難を一緒に乗り換えていきます。
でも今夜のお話は、ここでおしまい。
それでは、おやすみなさい。




