諦めてもらおうと思う
カイルの家は、武家屋敷の一画にある。
生意気にも高級官僚っぽい屋敷だ。
玄関を叩くと、すぐにエライザの笑顔が出迎えてくれた。
「誕生日、おめでとう!」
「ありがと」
招き入れられ、マントを彼女に預けたところで、食卓から顔を覗かせたカイルが手招く。
「いらっしゃい!」
「お邪魔します」
勝手知ったる友の家。
廊下をすたすたと歩き、食卓に入るとカイルに席をすすめられ、マント掛けにマントをかけてくれるエライザにお礼を言う。
「ありがと」
「何、飲む?」
エライザの問いに、「ジンを炭酸水で」と答えて、カイルが切り分けてくれる白身魚の香草焼きを眺めた。
カイルが口を開く。
「上のガキは士官学校宿舎、下のガキは少年学校宿舎、夫婦二人が毎日、顔をあわせていると飽きるから、誘わなくても飯に来いよ」
「……夫婦のイチャイチャを見たくないから」
「あんたの前でいちゃつかないわよ」
エライザがグラスを差し出してくれて、受け取った。
「で、内示はあったか?」
カイルの問い。
彼の質問の意図は、わかっている。
四十二歳になったわたしが、来年の今ごろ、何をするかを聞きたいのだ。
しかし、内示はなかった。
おそらく、ヴィクトル様が殿下を訪ねた昨夜、殿下がその内示にダメ出しをしたのだろう。
ヴィクトル様は今、慌てて別の職務を調整してくれているんだろう……。
「どうした? 何もないのか?」
カイルの怪訝な表情。
エライザも、元軍人だからわかっている顔だ。
わたしは飲み物を飲み、白身をナイフとフォークで切りながら口を開いた。
「たぶん、殿下がダメ出しをしたみたいでね……何もなかったの」
二人が顔を見合わて、ほぼ同時に首を傾げる。
カイルが、口を開いた。
「おかしいな……ヴィクトル様が、お前を左遷させるわけはなかろうし……ふさわしい後方の部署を選んだはずだ。それに殿下が異を唱えるとも思えんが」
「でも、事実、わたしは何も言われてないんだわ」
お魚が美味しい。エライザ……また料理の腕をあげたなぁ。
「あなた、探ってみたら?」
エライザは、わたしを心配して言ってくれているのだとわかる。だけど、それはまずいことになると思って、やめるように伝えた。
「しなくていいよ。一年も先のことだもの」
「……お前が言うならしないが……」
カイルが言い、三人で料理を楽しむ。
わたしは、親友二人に例の件を相談しようかとも考えた。だけど、万が一、これが漏れたらえらいことになると思う。
だけど、相談できる人は、この二人しかいない。
両親……相談した直後、ぶっ倒れてしまうだろう。
「あの、実は相談したいことがあります」
そう言って、二人を見るとそろって首を傾げている。
「なに? 改まって」
エライザが、前のめりになった。
「事件か?」
カイルが、心配した表情でわたしを見る。
わたしは、グラスを両手で包むように持って、口を開く。
「求婚、されました」
沈黙。
わたしは、二人を交互に見た。
エライザが、立ち上がる。
カイルも、立ち上がった。
二人のナイフが、床に落ちて音を立てた。
二人が、左右からわたしに抱き着く。
「うわ!」
「やったじゃない! すごいじゃない!」
「やったな! お前! 相手は!?」
わたしは、二人に挟まれたまま答える。
「殿下です」
「へ?」
「え?」
二人は、左右からわたしを見て呆けた。
「殿下から、求婚されました」
二人が、硬直した。
-・- アリシア -・-
ジンの炭酸割のおかわりを飲み、わたしは説明を続けた。
「――ということで、本気みたい」
「……」
「……」
二人が、わたしを見ている。
わたしも、二人を交互に見た。
「アリシア、熱があるならお酒、やめとく?」
「平熱……ていうか、健康だし呪いでもないし妄想でもないし、本当の話」
殿下の気持ちが、少しわかった……。
「エライザ、こいつは冗談や妄想じゃない。本当かもしれん」
カイル……本当なんですよ、残念ながら。
カイルが、ウイスキーをグラスに注ぎながら続ける。
「たしかに、殿下は大事な相談事を、アリシアにしているという噂を師団長や参謀長が嘆いている……俺は、ほくそえんでいたんだ」
カイルはそこで、わたしをまっすぐに見た。
「殿下がお前を信頼なさっていると、わかって俺は嬉しかったんだ……殿下はお前を、評価しておいでだ」
「でもさ、それと婚姻は別にしてほしいよね?」
わたしの気持ちは、確認となって口から出ていた。
エライザが、真面目な顔で言う。
「これが、歌劇や演劇なら大好きな展開だけど、親友の人生なら話は別……やめときなさい」
「やめとくよ、当たり前でしょ! どうしたら諦めてもらえるかを相談したいの」
「どうして? 受ければいいじゃないか」
断れというエライザと、受けろというカイル。
お前らが意見を分けて、どうする?
「カイル、悪ふざけはやめて」
わたしが言うと、彼は天井をあおぐ。
「お前、俺は本気で言ってるんだ。くだらん姫君連中が俺たちの上に立つなら、お前のほうがよっぽど安心できる」
あんたは、軍人の価値観で話しているね?
わたしは、呆れて口を開く。
「皇太子殿下の妻となれば、皇太子妃よ。いずれ皇妃……わたしみたいな平民出の、戦うことしか能がない女に務まるわけないでしょう。それに世継ぎの問題もある……当然、なんとか恵まれたとしても、すぐに二人目を期待されて……四十二歳よ? 勘弁して。側室を迎えるとしても……なんで笑ってるの?」
笑っているカイルは、頷くと言う。
「嬉しくて……お前が殿下に認められて……惚れられていることが」
人の話を、真面目に聞いていないな?
「……エライザ、こいつを殴っていい?」
「いいわよ」
拳を握ると、カイルが大げさに怯えてみせる。
「真面目に考えてよ」
わたしの言に、彼はウイスキーのグラスへと手を伸ばしながら言った。
「そんなに嫌なら、自分から退職して実家に戻れよ」
……他の生き方を知らないわたしが、軍をやめる?
「カイル……わたしは四十二歳で、平均寿命まであと二十年くらいは生活しないといけないの。実家に戻って……何ができるのよ? いまさら家事手伝い? 一人の老後を安心できるくらいの蓄えが欲しい。五十歳の定年まで、後方勤務で穏やかに過ごしたい。退職金は満額希望」
「贅沢だな。お前が考えろって言ったから考えてやったのに」
「ごめん、その案はボツ」
エライザが、ワインを飲み、わたしを見た。
「恋人を、作ればいいのよ」
「恋人を?」
「そう。実は、好きな人がいますと」
「……嘘だって、ばれそう」
そう。もし恋人がいるならば、今日の時点でそう話すはずなのだ。
「エライザ、ごめん。それだと、今日、殿下が仰ってくださった時に、わたしには心に決めた人がおります。って言えていないと辻褄があわないわ」
「えー!? せっかくいい案だと思ったのに」
「ごめん、その案はボツ」
親友夫婦は、そろって疲れた顔となり、同時に言う。
「自分で考えて」
「自分で考えろ」
「そんなぁ……助けてよ、お願いします」
二人は、やる気なしという顔でわたしを見た。
「ま、考えておいてあげる」
「そうそう。考えておく」
「……期待しないで、待ってます」
わたしは、ジンの炭酸割をあおった。
「でもさ、お前はどうして嫌なの? 皇太子妃も、皇妃も、歌に踊りに流行りに夢中な脳内お花畑の子らがつくより、アリシアのほうがよっぽどちゃんとしていると思うけど?」
カイル……友人として評価してくれてありがとう。
だけどね……。
わたしは、二人だからこそ話せると思った。
「あのさ……殿下には、たくさんの縁談が入っているでしょ? そのどれも、各国の王族……お美しい方々。そして、教養がおあり……カイルはそう言うけど、社交界で流行りは大事よ? 外交の場でも、恥をかくことは帝国の国威に影響します」
「そんなもの、学べばいいじゃないか」
「まだ途中。これからが、本音」
わたしは、グラスをエライザに突き出す。
彼女は、苦笑してジンだけを注いで返してきた。
ちびりと飲んで、目を伏せる。
あまり話したくないことだけど、相談した手前、しかたない。
「才能があると言われて、剣技を磨いて、魔導士としても一流と言われるまで上り詰めた……戦場にも出て、仲間とも走って……だから、わたしはわたしの半生を恥とは思わない。だけど、昔の恋人が、別れ際に言った……傷だらけの女なんて抱く気が失せるって」
二人が、お酒を飲む手を止めた。
「わたしは……剣士で、魔導士だけど……女だもの。だけど、女じゃないって言われた気がした……戦いの中で……無傷なんて無理だもの。だけど、好きだった人に拒絶されたことは、今でもなかったことにはできない」
グラスのジンに、滴が落ちて波紋を生む。
エライザが立ち上がり、わたしを抱きしめてくれた。
「わたしは、怖い……ただでさえ、怖いのに……殿下となんて、怖くて不安で……ごめんなさい、うまく言えない」
「すまん……アリシア、悪かった」
頭を下げたカイルを、エライザがパチンと叩く。
彼女は、わたしの目尻を指でぬぐってくれながら微笑むと、泣き止むまで抱きしめてくれた。
-・- アリシア -・-
九月八日。
ああ……同じ夢を見ていた。
いつもと同じ場面で、目が覚める。
歯磨きをして、シャワーを浴びて、化粧をして、部屋を出た。
宿舎から、内宮までの道のりを歩く。
ロイの独特な吠え声が聞こえてきて、また夜勤を帰らせたのかと庭園を見た。
殿下が木の枝を投げて、ロイがそれを拾おうと走る。
わたしは殿下へと近づきながら、彼がわたしに気づいたと同時に立ち止まり、直立した。
「おはようございます」
一礼すると、殿下の愛犬がわたしへと駆け寄ってくる。
たれ耳を揺らして、わたしを見上げてきた。
顎を撫でてあげると、嬉しそうだ。
「おはよう、アリシア」
殿下がわたしへと歩み寄り、目を見開く。
「どうした?」
何?
「目が腫れている。何があった?」
……。
昨日、カイルとエライザの前で号泣したから目が腫れて……ばれますよね。
「いえ、個人的なことですので」
「……アリシア、もしかして、俺のせいか?」
わたしは、殿下に見つめられて顔を伏せる。
彼は、膝を折って身をかがめると、下からわたしを覗き込んできた。
慌てて直立すると、姿勢を戻した殿下が首を傾げる。
「俺が昨日、あんなことを言ったから、困らせた? 泣くほどに?」
「……いえ、違います。ご心配をおかけして、申し訳ございません」
「それならよかったが……」
は!
失敗した!
今、困っておりますと言えばよかったんじゃないの!?
ったく……わたしめ!
でも、殿下を悪者にするのはよくない。
ここは、嫌われるしかないのだ。
わたしが、悪者……というか、殿下にふさわしくない人間になればいい。
かくして、その日の夕方、夜勤のイゴールと交代する前の日課である殿下の稽古相手で、さっそく実践した。
木剣を構え合い、殿下と手合わせをする。
殿下は、さすがジグルド先生に手ほどきを受けただけあって、強い。だけど、わたしが本気になれば、圧倒できる。
殿下の斬撃を木剣で受け止めながら、前足への体重移動にあわせて殴打を殿下の腹部にいれる……寸前で止めた。
「ま……まいった。次」
「はい。参ります」
殿下の攻撃を全て躱し、腕の振りに迷いが生じた隙を狙って、一気に前へと加速して木剣を払う。殿下の首筋に木剣が触れる直前で、ピタリと止めた。
「まいった……くそ! 次!」
「はい。参ります」
ふふふ……うまくいっているわ。
これまでは、手を抜くことで殿下をたてていたのだけれど、本気の一歩前くらいの力で戦って、イライラして頂き、こんな奴はやめだ! と思っていただく作戦は、成功しそう!
殿下の蹴りを、腕で受けながら体重移動で威力を殺し、隙だらけとなった胴へと木剣をぶつける……直前で止める。
「まいった……まだまだ!」
「はい。参ります」
稽古場で、殿下とわたしが稽古をしていることを見ていた騎士たちが、ざわつき始める。
「アリシア様、今日はえげつないな」
「本気じゃないか?」
「魔法、使ってないのにあんなに強いのか?」
「殿下に俺、ボコられたことあんだけど」
「さすが、現役最強の騎士」
皆に見られていることで、殿下も真剣な表情となる。
臣下たちの前で殿下に恥をかかせるなど、護衛としてあるまじき行為だ。
だけど、今日だけは許していただきたいです!
それに、騎士のなかでも最強の称号である最強位を持つわたしに負けても、殿下が弱いことにはならない。
わたしは、構えて動かない殿下の前で、少しだけ剣を揺らした。
びくっとした殿下。
一瞬で、わたしは殿下の左側へと移動し、その脇腹へと木剣をふるう。
あたる瞬間で、止めた。
「まいった……今日はもう終わりだ」
殿下が、わたしを睨むように言う。
成功した!
これは、護衛すら解かれるかもしれないけど、作戦は成功した!
ヴィクトル様から、大説教を受けるかもしれないけど、わたしは目的を達成した!
「アリシア」
「は!」
わたしは、木剣を置いて殿下の前に片膝をつく。
彼は、肩で息をしていたが、深呼吸し整えると、見物していた騎士たちを眺めて、大きな声を出す。
「さすがだ! 皆! 観たか!? これが彼女のすばらしさだ! 帝国に彼女がいてくれる幸運を主神に申し上げよう!」
稽古場に、拍手がわきおこる……。
殿下が、わたしを立ち上がらせながら、わたしだけに聞こえる声量で言った。
「さすが、アリシア……ますます惚れたよ」
ちがう!
ちがーう!
わたしは、ガックリとした……。
強すぎる作戦、失敗。




