舞踏会
十月十二日。
夕暮れ。
半日かけて、イリーナに衣裳を選んでもらい、化粧をしてもらい、髪型を整えてもらったわたしは、殿下の前に参上した。
「アリシア……とてもキレイだ」
「ありがとうございます。イリーナどののおかげです」
「いえ、アリシア様が元々お美しいのですよ」
稽古の時とはうってかわって、完璧な侍女のイリーナに送り出されて、殿下の少し後ろについて舞踏会場へと向かう。
護衛連隊の連中が、わたしを見て目を丸くしてやがった!
場違いなのは、わたしが一番わかっています!
会場にはすでに、大勢の方々――貴族、高級官僚、周辺国の王族などの招待客がいて、談笑している。
殿下の入場で、ざわめきが生じた。
もちろん……わたしがいるからね。
オリビア・アイナ・シュバイク様に、アリスリッド・フェンシア・ファルク様を始めとするご令嬢たちが、わたしに注目する。
……諸侯のご令嬢たちは、視線だけでわたしを殺そうとでもいうような……。
ヴィオラ王女もいたけど、彼女はわたしを睨まず、微笑んでくれていた。
帝国の女性陣に嫌われて、異国の姫に微笑まれることになるとは……。
「おお、殿下、これはこれは」
……シュバイク侯爵ズラターンが、殿下に笑みを向け、わたしを見た。
「帝国の戦乙女を独り占めですか?」
殿下は、先日のこともあって警戒しながら答える。
「侯の力添え、忘れていない。あの時は助かった」
「いえいえ、しかしこうも美しくなられると、後悔しますよ。こちらでもらい受ければよかったと」
「はははは。侯の冗談は俺を不安にさせる。失礼させてもらうよ」
殿下が、わたしの手をそっと引いて歩き出す。
宰相閣下とすれ違いざま、彼が小声で言った。
「困ったら、頼れよ。待っておるぞ」
会釈だけを返して、殿下に続く。
皇帝陛下ご夫妻が、会場の奥で談笑している。
殿下が、挨拶をした。
「父上、母上、お待たせしました」
皇帝陛下がわたしを見て、驚いた顔となる。
お妃様は、無表情で口を開いた。
「アリシアどの、今夜はそなたが皇族の側にいることがふさわしいか見せてもらいますよ? しっかりと務めなさい」
わたしは、膝を折って一礼する。
わたしからの返事など、期待していないお妃様だけれど、何も言わないのは失礼だ。
「ありがとうございます。しっかりと、務めさせて頂きます」
「陛下も、見ておりますからね」
お妃様はそう言うと、扇で口元を隠して笑った。
-・- アリシア -・-
音曲が、奏でられ始めた。
帝国交響楽団が演じるのは、イスコ・オリベッティ卿作曲の『秋の祭典』だ。
三拍子のステップ!
殿下と向かい合い、一礼して彼の手に、そっと手を重ねる。
周囲の男女も、曲にあわせて踊り始めた。
わたしたちも!
……あれ?
殿下は、微笑んでわたしを見るだけで、動かない。
何か……まずいことでもやってしまったのか!?
「で――」
「踊ろう」
彼は優しい笑みで声を発すると、わたしをそっと抱き寄せた。
自然と、それがステップになっていて、目を開いて驚きつつ、懸命に殿下についていこうとする。
あ……足がもつれます!
ああ……わたしの下手くそ!
「アリシア、大丈夫。俺のほうにおいで」
「は……はい」
そうだ。
今日は、殿下を頼ろうって決めた。
頑張るんじゃない。
わたしは、わたしにできることだけすればいい。
殿下にあわせて、右に……一歩進んで……。
「うん、上手だ。センスあるね?」
「本当ですか?」
「本当だよ」
囁く声量での会話が、聞こえる距離。
殿下がつけている香水が、ほんのりと香ってくる近さ。
「ゆっくりでいいよ。右、そう。左」
「はい」
わたしは、殿下の顔を見つめて、殿下が誘うほうへと足を運ぶ。
動こうとするんじゃなくて、ただ殿下について動く。
テンポが少し遅れている気がしたけれど、殿下はまったく異に介さず、わたしを導くように踊った。
ふと見れば、隣の男女が躍るのをやめていた。
なんだろう? いや、それよりも……秋の祭典、すばらしい曲。
フルート、ヴァイオリン、チェロ、ハープの四重奏パートが特徴的なこの曲を、優雅で繊細に演奏をする帝国交響楽団はすばらしいわ。
「アリシア、今日の曲はどうだい?」
「すばらしいです」
「よかった。舞踏会に出ると、こうして演奏を聴きながら君と近くにいられる。もっと頻繁に開催してもらおう」
照れた笑みを返すと、殿下も照れたように笑う。
殿下に導かれて、身体が自然と動く。
ここで、周囲の人たちが、踊るのをやめていることに気づいた。
いや、会場では、わたし達だけが躍っていた。
皆が躍ることをやめて、わたし達を見つめている。
曲が、終わりを迎えた。
収穫を祝う人たちの拍手を、楽器たちが表現する最後のパート。
殿下に誘われるまま、踊りを終えた。
まるで、戦いを終えた時のような高ぶりを覚える。
背筋を伸ばし、殿下に寄り添った。
「アリシア、皆に挨拶をしよう」
殿下が耳もとで囁く。
わたしは、深呼吸をして自然体となる。
殿下の隣に、立った。
戦いを終えて、心を静めるように。
殿下が、参加者たちへ一礼をする。
わたしも、彼に続いて深く一礼をした。
割れんばかりの歓声と拍手が、わたし達を包んだ。
-・- 宰相 -・-
屋敷に帰り、書斎に入った。
今日は疲れた。
朝から政務をこなし、夜は舞踏会。
年には勝てない。
しかし、惜しいことをした。
殿下の失敗で、アリシアを死罪だと皇妃陛下が仰った時、庇う体で私のところに移せばよかった。
書斎のドアが、許しなく開かれる。
「お父様!」
オリビアか。
「どうした?」
「どうしたではありません! あの女を早く追い出してくださいませ」
娘は、女性騎士に殿下が夢中であることが気に入らんようだ。
我が娘ながら……情けない女だ。だが、そうだから可愛いくもあるか……。
「オリビア、ブランデーをとってくれ」
「はい」
オリビアが、ブランデーをグラスに注ぎ、運んでくる。
「お前、ギュレンシュタインの皇族に嫁げ」
「……え?」
「聞こえなかったか? 今日、来ておったろう? ギュレンシュタインの皇帝の弟だ」
「……わたしは殿下にと、心に決めております」
「お前では、彼女に勝てん」
「お父様!」
「勝てぬ戦は、するものではないぞ」
オリビアは、グラスを私に投げつけて、室を辞した。
まったく……。
しかし、惜しいことをした。
ドレスをまとったアリシアの美しさ……若さに頼らぬ美しさと言うべきか。そして、あのダンス……殿下に誘われていただけの動きが、みるみるうちに呼吸があって……最後、踊りは終われど、あの二人の心はまだ舞っていたかのようだ。
そして、アリシアは自然に姿勢を正して、殿下の横に立った。
あの立ち姿……私は見惚れた。
いや、皆が見惚れていた。
どうしたら、あのような終わりを表現できるのだ?
まったく……惜しいことをした。




