踊ったことはありません。
十月十一日。
護衛の任は解かれたものの、殿下が誘うので、彼の執務室にいる。
これまでと変わらず、帯剣をしているわたしを、イリーナが笑い、殿下が彼女を叱った。
「こら、笑うな」
「ぷぷ……失礼いたしました」
イリーナが、わたしをちらりと見て、また笑う。
おもしろがるのはやめて!
「アリシア様? 殿下のお側につく女性が帯剣というのは如何かと」
イリーナの指摘に、殿下も苦笑を浮かべる。
「そう言うな。それに俺は、彼女がいてくれて助かっているんだ」
殿下の他に、わたしが実質的に護衛を続けていることを喜んでいるのは、護衛連隊の連中。
楽だ。
よかった、負担が軽くなる。
助かるよ。
彼らから、こんな声をかけられて、納得いかないのだけど反論はしていない。
イリーナが、何かを言おうとした時だった。
「失礼! 皇妃陛下からの遣いでございます」
お妃様から?
殿下が許可して、入室して来た遣いは、ルシウス……。
「申し上げます。皇妃陛下より、殿下には、アリシア・グレインを伴い、来る収穫祭の後におこなわれる舞踏会に出席するようにとの仰せです。以上」
「わかった、下がってよい」
殿下が退室を許し、ルシウスはわたしを一瞥した。
わたしは、無視で返す。
彼が室を辞した後、殿下がわたしを見た。
「踊りは? 何が得意?」
「……踊ったことがありません」
殿下とイリーナが、目を丸くする。
いやいや……だってわたしは、剣と魔法に生きてきたんですよ? 舞踏会なんて、参加する身分じゃないですし、舞いなんてできませんから。
殿下が、イリーナを見た。
「稽古、つけてもらえるか?」
「承知しました。アリシア様、よろしいですね?」
「……はい、お願いします」
当日まで、なんとか踊れるようになりたい。
ん?
収穫祭って言ってた?
護衛連隊の時に、記憶していた年間スケジュールを脳裏に描く。
明日じゃん……。
「あの、明日までに、わたしは踊れるようになるでしょうか?」
わたしの問いに、殿下は笑顔で頷くも、イリーナは微妙な表情となった。
……主神! お助けください!
これは……おそらくお妃様の嫌がらせ。
息子をたぶらかした女に、恥をかかせてやるという魂胆……。
「大丈夫。基本を身につけてもらえば、あとは俺がなんとかするから」
殿下!
頼りにしています!
-・- アリシア -・-
わたしの部屋の、書斎。
「ちょっと、先に先に動こうとしないで」
「駄目! わたしの動きにあわせて!」
イリーナ! 厳しい!
超怖い先生だった……。
「アリシア、いい? 先に音楽にあわせようとするばかりに、相手のことを見てない!」
「相手を?」
「そう。相手の動きにあわせて、踊るの。ステップの覚えは早いと思ったけど、もっと根本的に問題よ、これは」
ずーん……。
舞踏会で踊るダンスの種類、四拍子、三拍子、二拍子の違いを覚えるまでは良かったものの、そこからはダメ出しの嵐。
ジグルド先生に、呪文詠唱なしで魔法発動をする練習の時に叱られまくったことを思いだした。
こんなにダメ出しをくらうのは、十二の時以来かもしれない。
「で、でも、イリーナ? 音楽にあわせて踊るんでしょ?」
「口答えするの?」
「すみません」
「音楽にあわせて踊るのは当たり前」
当たり前なんじゃん!
わたしはそれを実践してますよ!?
「でもアリシアは、音楽にあわせて動くことに必死。踊るのとは違うし、舞踏会のダンスはね、相手を知ることなの」
「相手を……」
「そう、相手とこうくっついて……」
イリーナに、腰をぐいっと抱き寄せられて、相手が女性でも緊張する……。
イリーナ……睫毛ながい。うらやましい……。
「なに? どうしたの? やる気ある?」
「……なんでもありません」
「さ、足をこうして運びながら、相手の顔を……見ろ!」
「は、はい!」
イリーナのおかげで、ステップは覚えることができたけど……相手にあわせるってのがよくわからないんだよね。
相手の裏をかく、先を取ることなら得意なんだけど……。
「明日、朝から稽古ね」
「……がんばります」
「でも、動きはいいのよ」
褒めて!
もっと褒めてください!
けなすだけじゃなくて!
「アリシア、戦いの時じゃないの。舞踏会で踊るのは、相手のことを知ろうという気持ち、心。だから、相手にあわせようとしないと、ぎくしゃくした踊りになるわ。それは踊りが下手であること以上に、殿下に恥をかかすわ……あの二人、まったく仲良くなさそうって思われる」
……反論できません。
そう。
わたしが上手くやらないと、殿下に恥をかかすことになる。
「イリーナ、ありがとう。わたし、がんばる」
「……ちょっと待って」
イリーナはそこで、何かを考える表情となった。
何?
今さら、諦めろってのはなしで……。
「アリシア、明日の稽古はやめにしよう」
「え?」
「稽古や練習よりも、アリシアに必要なこと、気づいたから」
?
あ……わたしに足りないもの……。
「……色気を出す練習ですか?」
「ちがう! 殿下に頼るってこと」
「……いえ、頼らせて頂きますです」
「ううん、アリシアは、自分が上手くならないと殿下に頼れないと思ってる」
「……」
わたしは、イリーナの指摘に口を開けなかった。
「殿下は、そういう方じゃないでしょ? 下手に練習するよりも、明日は舞踏会に出るまで、衣裳選びと化粧で時間を使おう? 腕によりをかけて、磨き上げてあげるから」
「……ありがとう、イリーナ」
わたしは、気になっていたことを尋ねる。
「でも、イリーナ……」
「なに?」
「……どうしてわたしに付き合ってくれるの?」
「え? だって殿下がこんなに夢中な人がアリシアなんだもの」
「……」
「あ、照れた」
照れるに決まっています……うぅ……。
「それに、アリシア、最強騎士なのに恋愛はポンコツでおもしろいもの」
おもしろがるんじゃない!
呆れたわたしに、彼女は「おほほほほ!」とわざとらしく笑うと、続ける。
「アリシア様、では明日……湯あみの係が参りますので、わたしは失礼いたします」
いきなり、侍女に戻るんだもんなぁ……
え? 湯あみの係?
「湯あみの係? 一人で大丈夫なんだけど……」
「あら、だって今日からアリシア様は殿下のお側につく女性……湯あみの係がつきますよ。では、おやすみなさいませ」
殿下の侍女はそう言うと、ニッコリとして部屋を出ていった。




