表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/22

素直な気持ちとは……

 自由の身……とは言えないけれど、自宅待機よりはマシ。


 宿舎に戻ると、最後の箱を抱えたパトリックが、今まさに出ようとしているところだった。


「あ、パトリック、運んでくれてありがとう」

「……化粧道具や服は少なくて、本が大量にある女性の部屋は、帝国内でお前の部屋だけだろう」

「うるさい」

炎王召喚イフリートの魔導書、譲ってくれない?」

「写したから、そっちならいいよ」

「お前はやっぱり信頼できる友だ」


 笑みを浮かべたパトリックの背中を軽く叩き、すれ違う。


 部屋に入ると、ごっそりと部屋の中の物がなくなっていて、食卓の上に、化粧箱がちょんと載っていた。


 衣装棚を開くと、服も残っていた。


 ん? ……下着、見られてないよな?


 引き出しを開き、わたしがしまったまま残っている下着類を見て、パトリックたちを疑ったことを申し訳ないと思う。


 部屋の隅に、木箱がふたつと、台車が置いてあった。


 それで運べということだろう。


 衣装類を箱に入れていると、ドアを叩く音が聞こえた。


 振り返ると、開けられたドアにもたれたジグルド先生と目が合う。


「先生」

「よかったな? 首と胴が繋がって」

「笑えないです」

「手伝おうか?」

「いえ、もうこれだけなので」

「あとで、稽古場に来い。俺は次の仕事で、ギュレンシュタイン皇国に行く。その前に、手合わせしてくれ」

「喜んで!」


 荷物を箱に詰め、台車を押す。


 十五年、お世話になった部屋……士官級の部屋の中でも、広い部屋を使わせてもらっていた……お手洗いとシャワーもついた、とても使いやすい部屋だったのに……。


 新しい部屋は……殿下の寝室の……気まずい。


 あの公園で、あんなことを言われて……その後、宿舎に送り届けてくれるまで、殿下は何も言わなかった。


 ただ、わたしの手をとって、でも窓を見ていた。


 殿下も、緊張していたのだと思うと、不思議な感情が沸き起こる。


 かわいい……。


 政治も軍事も外交もこなす有能な人で、容姿に恵まれ、人格もすばらしい殿下が、わたしのせいで緊張していた。


「よぉ、アリシア」


 カイルの声。


 彼は外宮と内宮をつなぐ遊歩道を歩いていて、こちらに手を振っていた。


 彼はわたしの隣に来て、台車を押そうと言って代わってくれる。


「どうした? ご機嫌じゃないか?」

「ご機嫌?」

「ああ、だってニコニコして台車を押していたから」

「……」


 ニコニコ、していた?


「ジグルド卿が、皇妃陛下とも話をしてくださったこと、聞いたか?」

「え? ジグルド様が?」

「聞いてない? お礼、言っておけ。皇妃陛下が最後に折れたのは、ジグルド様がひと押しをしてくれたからだ」

「……そうなの?」

「ああ。宰相閣下と軍務卿閣下の会話を聞いてね」


 先生……わたしのために、すみません。


 カイルもちょうど内宮に用があるらしく、二人で遊歩道から庭園の中を歩いた。


「意外なのは、宰相閣下がお前を庇ったことだ。娘を殿下に輿入れさせたいと思っているはずなのに」

「……そうなの? 今度、お礼を言っておく」


 あまり借りは作りたくない相手なんだけどなぁ……。


 内宮に入ったところで、カイルと別れた。


 ごとごとと台車を押し、階段の前で困る。


 うーん……ひとつずつ抱えて、行くしかない。


 木箱を抱え……さすがのわたしでも重い。


 ふん! ふんふん! ぬおー!


 二階にあがったところで、木箱をドスンと廊下に置いた。


 二階にいた、女官や護衛騎士、兵士たちが、わたしを見ている……。


「アリシア!」


 イリーナに、見られていた。


「ちょっと、皆! 来なさい!」


 彼女が兵士たちを呼び、木箱を運んでくれた……。


「アリシアの部屋は、こっち」


 イリーナに案内され、その部屋に通された。


 広い。


 宿舎の部屋よりも、広い……て、そりゃそうか。


「こっちが衣裳部屋、こっちが書斎、こっちが……」


 案内してくれるイリーナ。


「あの、この部屋だけで十分なので」


 寝室に立ち、伝えると笑われた。


「だから、部屋の中で繋がっているんだから、使えばいいじゃない?」

「……」


 部屋、じゃないよね? これはもう……でも、殿下の寝室はもっと広くて、部屋もいっぱいある。実は、入ったことがない部屋もあります。


「手洗いとシャワー室、お湯、水の切り替えはこれ」

「あの……食事はどこの食堂を使えば?」

「……運ばれるわよ、ここに」

「ここに?」

「ここに」


 ……慣れない。


 イリーナはそこで、わたしを肘でつつく。


「あんたと殿下、なぁんかあやしいなと思っていたけど、びっくりした」

「……そぉですか」

「やったじゃん。このまま、正室の座も取っちゃいなさいよ」

「……おもしろがってます?」


 イリーナはそこで、いきなり表情を真面目なものに変える。


「アリシア様、諸侯のご令嬢からのやっかみに、ご注意くださいませ。それでは」


 殿下の侍女はそう言うと、にっこりとして、去って行った。




 -・- アリシア -・-




 稽古場に行くと、すでに先生がいて、騎士たち相手に稽古をつけているところだった。


 強い。


 剣と身体の動きに無駄がなく、滑らかだ。


 夜勤組のイゴールが、秒で負けたのを見て、腕は落ちていないどころか、さらに磨きがかかっていると感じられた。


「おい、アリシア、相手しろ。こいつらじゃ相手にならんわ」


 わたしは、悔しそうなイゴールから木剣を受け取り、交代した。


 向かい合う。


 隙だらけのように見えて、撃ちこむとやられるイメージしかなかった。


 ジグルド先生も、構えたまま、動かない。


 わたしは、ゆるりと右へ移動する。


 先生は、それにあわせて前進してきた。


 木剣を払う。


 先生も、動いた。


 一瞬。


 わたしたちの剣は、同時に地面を転がっている。


 わたしも、先生も、それを見ずに接近しあった。


 蹴りを見舞うも、腕で防がれた。


 殴打が迫ったので、屈んで躱し、突き出された膝を腕で防ぎながら、後退しつつ回し蹴りをくらわせる。


 先生は腕で止め、笑った。


「参った。これ以上は無駄だ。俺が負ける」

「勝ちを譲っていただき、ありがとうございます」

「いや、体力の差が、勝負の差になる。今の俺では、長く戦えんからな」


 稽古場に居合わせた人たちが、拍手をしてくれた。


「一杯、つきあえ。どうせ暇だろ?」

「残念ながら、暇です」


 二人で、軍関係者が使うことを許されているサロンへと入る。


 小さな円卓につき、ジグルド先生は給仕にブランデーを頼む。


 わたしも、同じものにした。


「いい顔に、なったな?」


 ジグルド先生の言葉に、わたしは笑みを作る。


「そうですか?」

「うん……前より、生きている顔だ」

「……不安しか、ありませんけど」

「生きていると、いろんなことがある。不安になるのも、そのひとつだろうな……」


 ブランデーが運ばれてきた。


 エンプレス・アメリアは、ギュレンシュタイン皇国のブランデーだ。


 アメリア皇后とは歴史上の人物で、夫である皇帝を支えた女性であり、多くの逸話があることで有名だ。死後、その功績を称えられて彼女の名を持つお酒が造られた。そのブランデーを頼んだ先生は、わたしに微笑みかける。


「レオを、支えてやってくれ。あいつ、おっちょこちょいなところ、あるから」

「……そのせいで、わたしが困ったことになったんですよね」

「そうだろう?」

「ふふふ……」

「はははは!」


 二人で、笑う。


 ブランデーは、果実酒のような香りに爽やかな甘みが続く。呼吸をして、香りが外に逃げてしまうのが惜しいくらい。


「実はな……ギュレンシュタインに行く前に、どうしても話したおきたいことがあるんだよ」

「はい……わたしも」

「ん? なんだ?」

「皇妃陛下とお話をしてくださり、わたしを守ってくださって、ありがとうございました」

「……弟子二人のために、師匠が動くのは当たり前のことだし、クロ―ディアとは長いからな」


 お妃様を呼び捨て!


「まだお互いに若かった頃、クロ―ディアを狙った暗殺事件があった。それを防いだ時に感謝されてな。いつか恩を返すと言っていたから、それを返してもらった」

「……そんな大事なことを、わたしのために?」

「だから、弟子二人のため」


 ジグルド先生はそう言って、ブランデーを舐めるように飲む。


 わたしは、この人の弟子で良かったと、自然と微笑むことができていた。


「で、これはお前だけのために言う」

「……はい」

「アリシア……お願いだから、生きようとしてくれ」


 わたしは、微笑みを消す。


 ジグルド先生は、わたしをまっすぐに見ていた。


「宿舎のお前の部屋……全てを諦めた人の部屋だった」

「そんなことは……」


 否定しようとしたわたしは、先生の言葉で口を閉じる。


「いつ死んでもいいように……お前は思っていると俺は理解した」

「……」


 わたしは、ジグルド先生の視線から逃れるように、ブランデーを飲む。


「俺の部屋と、そっくりだったから、わかったんだ」


 ジグルド先生の?


 先生を見ると、彼は頷く。


「妻が病で死んだ後、俺はもう未練などないし、いつ死んでもいいように、自宅の物の多くを処分した。そして、危険な仕事を請けることにして、五ヵ国半島ファイブペニンシュラに行った」


 わたしは、相槌を挟まず、ただ先生の言葉を待つ。


「大勢を殺し、大勢の仲間に死なれて……剣聖だのなんだの言われて喜んでいた頃の己が情けなく……挙句の果てに、妻に死なれて初めて喪失感に嘆いた……もう、いつ死んでもいいと思っていた……お前の部屋に入るまでは」


 ジグルド先生が、わたしを見つめる。


「アリシア……お前は、幸せになっていいんだ」


 わたしは、動揺した。


 グラスを持つ手が、震える。


「俺も、お前が生きようとする姿を見守りたい……今度のギュレンシュタインの仕事は簡単だから……終えたらまた戻ってくる。その時、またこうして酒を飲もうな?」


 先生が、手を伸ばしてわたしの頭を撫でる。


 がしがしと、いつもの撫で方……。


 先生のごつごつした手……。


 いつもこの手で、導いてくれていた。


 わたしの、手の震えが止まる。


「……はい、先生……ありがとうございます」

「うん、俺も目標を持てた。礼を言う……レオの妾どのに乾杯」


 ジグルド先生はそう言うと、おどけて笑ってみせた。


 だけど、その目尻が濡れている。


 わたしは、感謝で胸を満たし、グラスを掲げた。




 -・- アリシア -・-




 夜。


 部屋で読書をしていると、殿下が訪ねて来た。


 お迎えをして、椅子を勧めると緊張した面持ちで、口を開く。


「君にとって、受け入れがたい状況を招いてしまった。俺の責任だ。俺は君の意思を尊重したいから、去りたいならなんとかするし、自由に暮らすなら全力で守る。先生の名にかけて誓う」


 わたしをまっすぐに見て、こう話してくれた殿下の人柄に感謝を覚える。


 わたしは、イリーナが飲み物を運んで来たにも関わらず、口を開く。


「いえ、殿下。わたしは去りませんし、殿下を責めたり致しません」

「……俺を、庇っての発言なら遠慮はいらない。本当はどうしたい?」


 わたしは、ジグルド先生への感謝と、目の前の殿下の誠実さに、今のわたしが思うところを口にする。


「わたしは……いろんなことがあって……幸せになろうとすることを諦めていました」


 イリーナが、果実酒のグラスを二杯、テーブルに置いて室を辞した。


 殿下は、何も言わない。


 不安そうな表情で、わたしを見ている。


「わたしは……少しだけですが、自分にとっての幸せは何なのかを、考えたいと思うようになりました」


 わたしは、果実酒のグラスを持ち、殿下に差し出す。


 彼は、頷いてグラスを受け取る。


 わたしたちの指が、少し、触れ合った。


 以前のわたしなら、慌てていたけれど、今はそうじゃない。


「殿下、わたしは殿下がわたしに向けてくださるお気持ちを、嬉しく感じています」


 彼が、目を見開く。


「これまでは、怖かったです。今でもやはり、怖さはあります」


 わたしは、自分のグラスを両手で包むように持つ。


「ですけど、わたしが少しだけですけど、勇気を持てたきっかけは、殿下です。だから……まだ少しだけですが、不安も大きいですけど……殿下の近くで、自分の心が何を求めているのかを、探していたいです。よろしいでしょうか?」


 殿下は頷くと、果実酒を飲む。


 そして、わたしを見つめた。


「もちろん。もちろんだよ」

「ありがとうございます」


 わたしは、微笑んで果実酒を飲む。


 オレンジの香りが、優しい。


 殿下が、席を立った。


「アリシア、ありがとう。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 殿下が、室を出て行く。


 わたしは、自分を少し、好きになれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ