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言葉という武器

 十月十日。


 朝。


 皇帝陛下に呼び出され、軍服を着て部屋を出た。


 パトリックが、苦笑いを浮かべる。


「復帰の前に、大仕事だな?」

「……嫌味を言われてきますよ」


 冗談めかして言ったわたしは、パトリックの分隊に囲まれて宿舎を出た。


 皇宮に入ると、官僚や女官たちがわたしを見て、ひそひそと話す。


 はいはい、図々しい奴だと言ってるんでしょ?


 皇宮の内宮に進み、皇帝陛下しか使うことができない謁見室へと通された。


 緊張して待っていると、ルシウスが現れる。


 無表情で立つわたしを、彼は一瞥して目を細めた。


 その後に、太鼓腹を抱えるようにして、陛下が入室する。


 わたしは片膝をつき、こうべを垂れた。


「よいよい、楽にせい」

「ありがたき幸せ」


 だけど、頭をあげない。


「驚いたぞ。あれがお前を正室にしたいと言ったと聞いて、耳を疑った」

「わたくしも、驚きました」

「であろうな。ま、平民あがりの騎士が、あれの妻などありえぬ。ただ、予も父として、子の望みをかなえてやりたい気持ちはある」


 陛下はそこで、侍従からグラスを受け取ったようだ。


 飲み物を喉を鳴らして飲む音だけが、わたしに届いた。


「……あれが珍しく、女にこだわる。これまで、適当に相手をしておっただけというに……お前はよほど、いいものをもっておるのだろうな?」

「……」

「妾で近くにおればよい。護衛も、したければしてもよいぞ」

「……寛大なるお言葉、恐悦至極に存じます」

「アリシア、おもてをあげよ」


 わたしは、片膝をついた状態で、顔をあげた。


 陛下が、酒に濁った目でわたしを見る。


 朝から、呑んでいたらしい……。


「ふむ……年増であるが悪くない。せいぜい、息子の為に励めよ」

「は……承知いたしました」

「去れ」

「お許しを得て、失礼いたします」


 心は、冷え切っている。


 反論や否定など、許される場ではないけれど、聞き流すには強い言葉だった。


 わたしは姿勢を低くし、数歩、後退する。


 そして、勢いよく振り返り、開かれたドアへと向かう。


「待て」


 陛下の声で、その場で膝をつく。


「ひとつ、申しておく。子は、成すなよ」


 わたしは、床に額がつくほどに頭を垂れた。


「もちろんでございます。わたくしには、そのような恐れ多い望みはございませぬ」

「わかっておるなら、良い」


 わたしの心は、氷のように冷えきっていた。




 -・- アリシア -・-




 事務所に入ると、その場にいた騎士たちが一斉に立ち上がる。


 みんなが、わたしを見ていた。


「えっと……自宅待機は解けました……」


 報告すると、全員が拍手を始める。


 パチパチパチパチパチ! と、笑顔を向けられて困惑した。


 冷え切っていた胸の奥に、わずかに温かいものが戻ってくる。


 なに?


 なんで、祝福されているの?


 連隊長室に入ると、ヴィクトル様が出迎えてくれて、肩を抱かれた。


「よかった、よかった。一時はどうなることかと思った」

「ご心配をおかけして、申し訳ございません」


 掛けるようにと勧められ、ヴィクトル様の対面に腰掛ける。


 わたしは、まず報告をと思い、口を開いた。


「……さきほど、陛下からは妾でいろとのお言葉を頂戴いたしました」

「そうか……殿下は妾として扱うことには最後まで反対された。だが、お前の処刑を撤回させるため、譲歩するしかなかった」

「年増でも悪くないと……気遣って頂いております」


 これは完全に、嫌味である。


「よく、耐えたな」


 ヴィクトル様の優しい顔が、わたしの頬のこわばりを取ってくれた。


「一応、アリシアが自宅待機となった日から、これまでに何があったかを話しておく。そのほうが、お前も対応しやすかろう」

「ありがとうございます」


 ヴィクトル様から聞くところによると、わたしが自宅待機となった後、皇帝陛下ご夫妻と殿下が話し合われた。


 この話し合いの内容は、わたしの上司として呼ばれて、同席していたらしい。


 皇帝陛下は、初めから遊び相手ならよいぞという反応で、お妃様はわたしが殿下をたぶらかしたと主張し、死罪だと騒いだらしい……それに殿下が反対し、わたしが不利になるようなことが起きるなら、正室も側室もなにもかも迎えたりするものかと主張した。


 お妃様は半狂乱だったそうだけど、皇帝陛下の案ならばと妥協した。


 殿下は反対していたが、ならば死罪でよいかと皇帝陛下に脅されて、譲歩したという。


 それから殿下が、帝国四公を訪ねて、経緯を説明して回った。


 その後、正式にわたしの処分が決まり……護衛解任が決まった。


「ま、今回は陛下の適当さに救われた」


 ヴィクトル様の言が、もっとも適格かもしれない。


 しかし、わたしは陛下にぶつけられた言葉を覚えている。


 言葉とは、時に刃よりも人を傷つけるものだと、改めて感じたのだ。


「不満があっても、どうもできんことはわかるだろう? あと、お前の護衛連隊の籍は今日で終わりだ。退職金は満額出してもらえるように、人事院が調整している」

「……ありがとうございます。――」


 不思議と、嬉しさは感じなかった。今はそれよりも、これからのことへの不安が大きい。それに、護衛をしたければすればいいと言われていたのだけど?


「しかし、陛下は護衛してもいいと仰っておりましたが……」

「殿下の側につく女性が護衛連隊? 馬鹿言え」


 馬鹿を言いましたか……。


「正式な人事として、軍属はふさわしくないとなった……それから、お前は宿舎、引き払うようにとお達しだ」

「……え? わたしはどこで寝ればよろしいのでしょうか?」

「室が用意される。明日から」

「……宿舎から、通ってはいけないのでしょうか?」

「どこに宿舎から通う妾がいるか! お前、本当にこういうことには、ぽんこつだな」


 ヴィクトル様の言葉が私の心をぉ……グサグサァと刺しましたぁ。


 ぽんこつ……。


「お前の室、殿下の寝室と同じ階だ」

「あの、一日で荷物を運べと?」

「安心しろ。お前の本は、パトリックの分隊で運ばせている」

「あの! 大事に! 傷つけないように!」

「わかっている、大事に運べと命じたよ。身の回りのものだけを運べ」


 よかった。


 ……よくない!


「あの……ヴィクトル様、わたしはどうなるんでしょう?」

「それは、殿下に聞け。さ、もう行っていいぞ。部下でもないし」

「そんなぁ……」


 情けない声を出したわたしを、ヴィクトル様は笑っていた。


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