言っちゃったのですか?
九月も終わる三十日。
カイルとエライザに夕食を一緒にと誘われて、お邪魔した。
スズキのパイ包み焼き!
カイルが焼き、エライザが特製ショロンソースを作ったと聞き、この二人は本当に仲がよくて羨ましい。
カイルがスズキを切り分けてくれて、エライザがそこにソースをかける。
白身とパイ生地、そこにこのソースが……絶品。
味わい、白ワインを頂く。
すばらしい。
「カイルが引退したら、お店を出そうと思っているから、頑張ってみたのよ」
エライザが言い、わたしは目を輝かせた。
「うんうん、美味しいよ。エライザ、夢だったものね? お店を開くこと」
「そう……早く引退してもらわないと」
「おいおい」
カイルが笑い、三人でほぼ同時にスズキを口に運ぶ。
美味しい!
カイルが、わたしを見る。
「お前もあの場にいたから、耳に入れておく。ガーベインから、国王が来るぞ。娘を連れて」
「……どうしても、諦めないって感じね」
「ま、ガーベインにしてみれば、まさか陛下がそんな疑いを抱いて、怒り心頭になるなんて想像もしなかったんだろ……しかも図星だったから、すみません諦めますでは済ませられない……誤解を解いて、正室じゃなくてもいいんでお傍に置いてやってください……完璧な人質だな」
「それって、あの陛下に考えつくこと?」
エライザ……直球すぎるよ……。
彼女は、わたしとカイルを交互に眺めた。
「陛下に、それを話した人がいるんでしょ? 誰?」
「誰だ?」
カイルが、わたしを見た。
「……それって、もう誰かはわかってるってことじゃないの? 殿下よ」
二人が、納得した顔で頷く。
「さすが、お見通しだったんだな」
「それを陛下の耳に入れて、主導権を一気に掴む……さすが!」
カイルとエライザが殿下を同時に褒めて、白ワインを飲んだ。
「美味しい。これ、どこの?」
エライザの問いに、わたしが瓶を二人に見せる。
これは、わたしが選んで買ってきたのです。
「魔族の母の森のワイン」
「コボルトが作ってるやつ? 美味しいね」
エライザが気に入ってくれて良かった。
「ガーベインも気の毒ね。殿下がいる時代で」
エライザの感想に、笑ってしまった。
「なに? それ……殿下がいる時代って」
「だってそうじゃない? ガーベインにとって、隣国の大国ってただでさえ気を遣うのに、よりによってそこの皇太子殿下が有能……大変よ」
「それは言える」
カイルも同意し、白ワインを飲むわたしを見た。
「で、どうだ? 少しは進んだ?」
目で、「何が?」と伝える。
「殿下との関係」
白ワインを噴き出した。
「うわぁあ! もったいない! きたない!」
「ごめん! あんたが変なこと言うから」
「これで拭いて」
エライザが渡してくれた雑巾で、せっせと拭き取る。
わたしの粗相の始末を三人でおこない、再び着席した。
「カイル、おもしろがってアリシアをけしかけるのをやめなよ。あんたの悪い癖」
「いや、こいつ、殿下と一緒に市中に出かけているからさ」
「は? アリシア、本当なの?」
……嘘ではない。
「限りなく本当に近い」
「どういうこと? 護衛としてのことでしょ?」
エライザの問いは、そうだよねという確認の類だとわかる。
わたしは、事の経緯を説明した。
それにしても……カイルめ、よけいな事を!
「――ということで、美術館に行き、茶店に入り、歌劇を鑑賞した次第」
「……それって、殿下があんたと一緒にお休みを過ごしたかっただけじゃない」
はい?
「あんた、わからないの?」
「……」
目をぱちぱちとさせたわたしに、エライザが大きな溜め息をつき、カイルがニマニマと笑う。
「あんたが休みの日に、どんなことをしているのかを知りたい。一緒に楽しみたいということじゃない」
「そ……そうなのかな?」
「……まったく、諦めてないわね、殿下は。アリシアのことを」
カイルが何かを言おうとしたが、エライザが指をビっと立てて、夫を止めた。
「だめ。アリシア? いい? ガーベインの王女が会いに来るってのを、利用しない手はないわよ」
「……王女を後押ししろと?」
「それしかないんじゃない?」
……たしかに、それが一番、自然かも。
殿下だって、今は記憶の美化とか、思い込みのようなものだろう。
あんなに美しい王女がそばにいて、自分を想ってくれるのなら、そのうち目が覚めるに違いない。
「無理はするなぁ……余計なことはするなぁ……」
カイルが囁くように言っていたけど、エライザにひと睨みされて口を手で覆った。
「いい? アリシア……王女応援作戦よ。わかった?」
りょ……了解。
でも……なんだか気乗りしないんだよなぁ。
-・- アリシア -・-
十月五日。
ガーベイン王国のレオン王が、ヴィオラ王女と共に皇宮に入った。
皇帝陛下はすぐには会わず、皇妃陛下と殿下が二人を出迎える。
交渉用のテーブルではなく、歓談用に並べられたソファのひとつにレオン王とヴィオラ王女が腰掛け、その対面にお妃様と殿下が並んだ。
わたしは、殿下の少し後ろに立つ。
皇妃陛下の少し後ろには、宿敵ルシウスだ。
彼はわたしを幾度か、見てきた。
わたしは、全く見ない。
こっちを向くな……いかん。仕事に集中せねば……。
「――というわけで、誤解を解いたうえで、正式に縁談を進めたいと思っているのですよ」
レオン王の穏やかな口調に、お妃様は口を手で覆うと、少し高い声を出した。
「しかしながら、実はレオナルドには考えている相手がおりますゆえ、正室というのは難しいと思いますよ」
レオン王が驚いた表情となり、ヴィオラ王女は笑みを崩さない。
殿下も、目を丸くしてお妃様を見ていた。
あの反応……お妃様の発言に驚かれているのだろう。
「ヴィオラどの? 側室でもかまわないのですね?」
「母上、ここで確認をせずともよいのではありませんか?」
殿下がやんわりと、それはさすがに言い過ぎだろうと釘を刺したが、ヴィオラ王女は殿下を見つめた。
「かまいません……皇妃陛下。わたくしは、理解したうえで、参りました」
お妃様が、口を閉じて目を細める。
場が、沈黙した。
サロン内にいたマーカス卿が、沈黙に耐えかねて口を開く。
「で……殿下、その決まった女性とは、どちらの?」
そこなんですか!? ていう指摘はせず、黙って立った。
この人、絶対に裏でガーベインに通じているよ……ったく。
殿下が、小さく頷く。
「うん……ちょっと驚いたが、母上にも話したことがないし……」
「いえいえ、母にはわかっております。お前がファルク伯爵家のアリスリッドと決めておりますことを」
あ……お妃様のご実家筋の……なるほど。
殿下が、笑った。
「いえいえ、母上……それは違います。俺はこのアリシアと決めております」
……。
お妃様が、目をぱちくりとしてわたしを見ている。
レオン王が、瞬きを忘れたようにわたしを見ている。
ヴィオラ王女が、口に手をあてて目をまん丸くして、わたしを見ている。
マーカス卿が、口を開いたままわたしを見ている。
宿敵は、笑みを失って固まっている。
部下たちが、隙だらけの状態でわたしを見ている。
殿下は、笑顔でわたしを見ていた。
……え?
言っちゃったの……ですか?




