第五話『最後の魔法』
晴れやかな気持ちというには、複雑だった。
だけれど、私のやるべきことは終わったはずで、少しだけこれからのことを考える。
「ねぇカサ、魔王が転生するってことも、あるのかな。あー、でも私みたいに誰かの身体を乗っ取らせるのは、なんかやだな」
私はなんとなく魔王の椅子に腰掛け、やや放心したままカサに話しかける。
「ボクが誰かにさせてもいい。それにしても、キミは本当にその姿が嫌いみたいだね。まぁ……今回は一番楽な方法を取ったけれど、生まれから操作も出来るよ。ただ、それをカレが喜ぶかは別だけれど」
「私が喜ばなかったみたいに?」
そう言って一人と一羽が笑い合う。
「それでも、キミはちゃんとやってくれたからね。そのくらいのことはしてあげたっていいさ」
「カサも少しはまともなこと言えるんだね」
急ぎすぎたと思うからこそ、こういう落ち着いたやり取りも案外悪くない。
たった一日の、ズルい冒険譚の終わりには、丁度いい。
これからの事は分からなくても――分からなくても?
「あれ? ねぇカサ……」
「ん? 改まってどうした?」
魔王はこの世界で死んだ。
そうしてカサはそれを転生させられると言っていた。
それ自体はきっと嬉しいこと、だけれど途中からは私の実感として、嫌だなと思った。
それでも、私が許せる『途中から』が、一つだけあるような、気がする。
――だって、私は今、この世界に生きている。
「この世界ってさ、私の世界から見た異世界だよね? つまりこの世界から見た私の世界は、異世界なわけだ」
「うん? ……まぁ、そういう言い方もあるね。キミのいた世界のように平和な世界も山程ある。ボクは状況的に問題がある世界の処置をしているだけだしね」
私の言いたい事が伝わらないのは元々だからいいとしても、カサが言っていることをまとめるならば、つまり、私は元の世界に戻る事は出来ない。あの瞬間、私はもう死んでしまったのだから。
「カサはさ転生するタイミングって、選べるの? 私がこの世界に来たの、わざとゲームの始まりに合わせてたよね?」
「そうだね。時間は等しく進むけれど、僕らの介入は特異点になる。問題がある世界ならタイミングは選べる……けど。キミ、なんか良からぬことを……」
私は転生なんて頼んでいないのに、神様のワガママに付き合ったんだ。
今、それに応えたのだから、祝福くらいされたっていいはず。
「ねぇカサ、私、魔王討伐、頑張ったよね?」
「う、うん。そうだね……」
カサは明らかに狼狽していた。私の思惑を必死に考えているような素振りを見て、私は思わず口角が上がる。
「だったら、ご褒美くらい貰ってもいいと思わない?」
「僕に出来る事ならまぁ……でも、戻った所で死んでいるよ?」
確かにそうだ、あの瞬間に戻ったならば私は死ぬ。
――なら、あの瞬間じゃなきゃいい。
「私、この世界で死ぬ。だからカサの力で、私を転生させてくれないかな。あの世界で、私が死ぬほんの少し前の時間に。……出来るでしょ?」
「……盲点だった。そんなことをした転生者は一人も知らないけれど、辻褄が合わないわけじゃない……でもキミの世界には危機なんて」
「家族に、友達、私を轢いちゃったおじさん、溶けたアイス。私にとっては全部が危機で、皆にとってもそれは危機、神様は柔軟に考えられない?」
魔力よりも強い希望が、言葉をひねり出していた。
魔法なんかじゃない。詠唱なんかより、ずっとずっと強い言葉。
「でも、キミが死ぬって事は、キミの身体の持ち主が死ぬって事だよ? それはキミが一番嫌うことのように思えるけれど」
「うーん……カサもやっと、少しは私を理解してくれたようで嬉しいけれども」
結局カサとは噛み合わないけれど、いい加減それはそれで心地よくも思えてくる。
「でしょ? キミが死ねばユーシャも悲しむ。この世界でのキミの家族や、キミの友人はどうする?」
「違うよ、この世界で私が死んでも、悲しむ人はいない。あくまで、大事なのはこの子だから」
そう言って私は、自分自身に生還の魔法をかける。
一回きりの復活。最上級回復魔法だ。
「これで私が死んで、生き返るまでの間にカサが転生をしてくれたら、この子も戻ってくるんじゃない?」
「つくづく……いや、恐ろしいくらいの理解度だね……僕からはもう何も言えない。じゃあどうする? 今からやる?」
「んーん、村に戻って説明する」
筋は通す。本当は勝手に私をこの身体に入れたカサにしてほしいところだけれど、ここまで来たらサービスだ。
この身体の持ち主が、ユーシャと幸せに生きていく為にも必要なこと。
「相変わらず、なんというか律儀だねぇ……」
「分かってきたようで何よりだよ」
カサ――神との交渉は済んだ。だからあとはやることをやるだけ。
転移魔法で私は始まりの村に飛び、復興作業を初めていた村人を集める。
皆は口々に私の名前を呼んで、ユーシャは困り顔だった。
「出ていってくれって、言ったんだけどな……」
「うん、大丈夫。出ていくよ、でもちょっとだけ話を聞いてもらえる?」
村人達には、何も説明しなかった。
事情を知っている人は、少なければ少ないほどいい。
「……ってわけでね、私はこの子の身体を借りてたってわけ」
私が本来この世界の人間ではないことと、神の介入と与えられた力。
そうして、消えた魔王と、村が狙われた意味。
全てを正直に話すには、流石に重たすぎる気がしたけれど、私は主人公を、彼に返したい。
「だから、この子のことをお願いしたいの。きっと何も覚えてないしね」
「確かに君はそんな突拍子のないことを言う子じゃない。それに口調すら別人……か。あの力の理由も、見た僕だけが信じられるというわけだ」
ユーシャは驚き以上に、溜息を付いていたけれど、理解だけはしてくれたようだった。
「それじゃ。これからの私にあんな力はないし、君の知ってる女の子に戻るからそういう事で!」
――そうして、いずれ幸せになってくれたら嬉しい。
「ちょっと待て、僕が見守る」
「へへ、流石主人公だ」
だからこそ、私は安心して私を返せる。この世界を、放り投げられる。
ヒロインが目を覚まして、最初に見た人が主人公であるならば、それはきっと素敵な物語になる。
「うん、じゃあ一緒に行こっか。場所は……目覚めの泉かな」
カサは私の肩に留まったまま黙っていた。
私が説明を省いたから、面倒事を起こさないように空気を読んでくれているのだろう。
魔王との戦いも結局自由にやらせてくれたし、案外不器用なだけなのかもしれないなんてことを思う。
「良い旅だったね」
カシャっと、空のカササギが鳴く。
そうして、荒れ地となった目覚めの泉が目に入り、私は苦笑して足を止める。
「実はアレさ……私がやったんだよね」
「魔の森が焼け落ちたのを見れば、流石に気づくさ」
バレていただろうとは思っていたけれど、笑っていてくれて、少し救われた。
半分はカサに誘導されたとしても、流石にこれだけはただの蛮行に他ならない。
「だから、直しとく。綺麗な場所だったしね。ユーシャはここまででいいよ、私が死ぬとこ、見たくないでしょ?」
「……ああ、分かったよ」
複雑そうな顔をしたユーシャを見て、私はなるべく明るい顔をする。
死ぬのが怖いだなんてことを、少しだって気取らせたくなかった。
カサにもそうだ。自分で言い出した手前、覚悟は決めている。けれど怖いものは怖い。一度体験しているから、尚更。だけれど、私は私の為に笑う。
「しーっかし、ユーシャはお人好しだね。顔が同じだからって、そんな簡単に信用していいもんかなぁ?」
ユーシャは困ったように頬を掻いてから、真剣な顔で私の目を見た。
「君もまたお人好しだからお互い様だろ? この世界を、ありがとう」
「嫌々だったから気にしないで? 私は私のしたいことをしただけだよ、きっとね?」
そう言ってカサを見るとカサは目を逸した。ユーシャは不思議そうにこちらを見ている。
「じゃ、ユーシャ。この子も、この世界も、頼んだからね」
湿っぽい顔をして何かを言おうとしたユーシャの背中を、私はポンと叩く。
「さよならなんて言わないでよ? 私達はまたすぐに出会うんだからね!」
私はあえてこの子らしい言葉を残して、目覚めの泉へと向かった。
「最後の魔法が、土地の修復とはねぇ」
私は焼け焦げた目覚めの泉に、修復魔法を施していく。
原理はもう、感覚だけで良かった。今更になって馴染んできた力に思わず笑ってしまう。
「キミ、さっきの『良い旅だった』って、本当かい?」
「そりゃそうだよ。大好きな世界で思う存分戦って、大好きな世界に帰る。そんなの、良い旅以外のなにものでもないよ」
私は、自分の胸に手を当てる。
「そうか、そう言ってくれるなら、ボクも嬉しい」
「案外素直なんだね。最初からそうなら良かったのに……じゃ、やるよ」
闇が、私の手の先から、少しずつ濃くなっていく。
「いいや。面白いことにね、こんなことを思ったのは初めてなんだ」
二度目の死へ向かう恐怖が、ふと微笑ましさに変わった瞬間、私が自分で使う最後の魔法が発動する。
痛みを感じないのは、最初の死と同じだった。けれどそれはきっと私の運が良かっただけだ。
――それに今度は、口も動く。
「じゃあね、カサ。私の大好きなカササギでいてくれて、嬉しかった」
「キミも案外素直じゃないか。いつか、雪の中でまた会えるよ」
「へへ、そうだね。いつか向こうでも、会いに行くよ」
そうして私の意識は暗転して、もう一度異世界へと渡る。
雲に重なって飛び立つカササギが、綺麗だった。




