最終話『チートなんかじゃ足りない』
白昼夢を見ていた気がする。
それくらいに暑い夏の日の事。私は、壮大な妄想をしていた気がする。
車に轢かれて異世界に転生して、嫌々ながらもチートを貰って魔王と戦って、そんな白昼夢。
「現実……だったよね、いや夢?」
「まさか、現実だったよ」
私の肩に、喋るカササギがいた。
驚きはしない。けれど少し顔が熱かった。
「……もう、あんな恥ずかしいお別れしたのに」
「だけどほら、あの世界での彼女の安否を気にするかなって思ってさ」
お別れまで噛み合わない一人と一羽ではあったけれど、分かり合えた一人と一羽であったことは、間違いないなと、大きく伸びをした。
「うん、それは確かに。その通りだ、」
「ボクもやったことがなかったけれど、大丈夫だったみたいだよ。全部が元に戻ったヨウって名前の子が、ちゃんとユーシャに迎えに来てもらっていたよ」
その言葉に、不意に涙が出そうになった。
――本当に、良かった。
母も、父も、友達もいる。変わらない日常が待っている。
事故の前だから、私を轢いてしまった彼にも、私と一切関係の無い日常がある。
「ね、良かった。良かったよね?」
「ん、そうみたいだ。あの魔王も、転生したみたい」
なら、あの世界のお話は、きっとハッピーエンドだ。私が、そう定義してあげたい。
「えっと……? イッパンジンとの勝負は、長い生の中で一番楽しかったってさ。管轄が違うけど、今言伝が届いたよ」
嬉しい言葉だけれど、せめて名前を覚えて欲しかったものだ。
ただ、梨木洋という名前はこの世界でだけの、唯一無二の私の名前だ。
だからもう私は『ワールズスワロー』のヨウでもなんでもない。
「小娘でもヨウでも無くて、イッパンジンかぁ。でも、彼も何処かで主人公になるんだね」
「楽しい旅になれば、いいね」
そんなカサの言葉が、今の私にはとても嬉しかった。
私は、この世界の、私から見た主人公でいい。
刺激なんてのは、この世界にあるもので充分だ。
恋もまだあまり知らないし、愛なんてもっと知らない。
可愛げもそう無いけれど、それはこれからの私に期待をしよう。
喋るカササギも、ほんの少し……いやかなり常軌を逸したこの経験も、その内に思い出になる。
「改めてありがとね、カサ」
「こちらこそ、あの世界に転生させたのは僕だしね……でも君に会えて良かった」
通行人が奇妙な目で見ているが、私は気にせずに声を出して笑った。
「じゃあ、僕は行くね。神様ってのは、ほんとに大変でさ」
「あはは、私が死んだら手伝いに行ってあげるかも。その時はちゃんと、生まれから丁寧にやってよね?」
「覚えとく。それにしても、君がそんなことを言うなんてなぁ」
「雑な転生はいらないけれど、素敵な転生には憧れてもいいでしょ? 今度は、ちゃんと生ききったあとのご褒美」
暑さも限界に達して来ていた。またボウっとしては困る。
だから話しながらも、私の歩みは既に真っ直ぐと自宅の方へと向かっていた。
「キミは本当、欲張りだね。チートなんかじゃ足りないじゃないか」
そう言って私の肩から飛び立ったカササギの羽根が、一枚だけ眼の前に落ちた。
その落ちた場所が車道じゃないことを確認して、私はそっとその羽根をポケットにしまう。
――その時、持っていたビニール袋の存在に気づいた。
「アイス、また溶けてるじゃんか!!」
結局、アイスは溶けてしまっていたけれど、袋から取り出すのはやめておいた。
私には明日があるのだから、もう一度買えばいいだけだ。
実際、後日私はもう一度そのアイスを買って、足早に家に帰って一人で小さく叫んだ。
「すっぱ!」
味の好みはそれぞれではある。
ただ、私にこのアイスクリームは少し、酸っぱすぎた。
というよりも、酸っぱすぎる。
「ビタミンCよりレモンの数で書いてよ……」
このアイスの為に私は死んだのかと思うと、何ともいえない。
パッケージを改めて見ると、あたかも酸っぱさをエネルギーにするような文言が書かれていた。
「やっぱり、やりすぎはよくないな……」
呟きつつも、私は酸っぱさに耐えてアイスを齧りながら、次買うアイスは何にしようなんてことを考えながら、喉を鳴らした。




