第四話『次は、主人公になれたらいいね』
飛び上がりからの剣戟は爪で受け止められる。
魔王はその姿を竜に変えた事で魔法は使えずとも、単純な強化状態を維持していた。
竜ならではの堅い鱗はバリアとも捉えられるし、ブレスも爪撃も尾撃も、咆哮すら脅威になる。
「ん、やっぱ強いな。カサ、やっぱり適当にやったでしょ!」
「それはキミもだろ? 魔王城まで一気に突き進む子なんて、見たこともない」
チートとはいえ、定義なんて知らない。
――ただ、だからこそ、面白くもある。
暗黒竜の、全てを噛み砕けるような鋭利な牙での噛みつき。
その大きく開いた口に、私はヒノコの最上位魔法を放り込む。
「この退屈は、噛み砕けるかな?」
大きな爆発音、咆哮に耳を塞ぎながら、私はダメージが通っている事を理解する。
「うん……大丈夫、かな」
「キミ、随分と軽く言うけれど、イケそうなの? 魔王、物凄い声出してるよ?」
頭上からカサが心配そうな声を出している。やっと人間味というか、まともな感情が見えた気がする。
しかし、これでも神だろうにと私は笑ってしまった。
彼らにとっての神は、意外と私達で言うところのごく普通の職業なのかもしれない。
「大丈夫、イケるよ。ちゃんと全部、覚えてるから」
ブレスは魔法職がバリアで防ぐ。
爪撃は振り上げと共に躱す。
尾撃は素早いからから距離を取る。
咆哮はチャンス、魔法職がその音から溢れる魔力を抑え込んでいる間に、物理職が攻撃出来る。
噛みつきが一番のチャンス、諸刃の剣にはなるけれど、暗黒竜に一番近づける。
勿論、それらにもイレギュラーは存在するけれど、今はそんな事を気にする必要がない。
――だってこれら全てを私一人でやるのだから。
「対等にやろう。これは私からの餞別だよ」
闇のブレス、直撃したらひとたまりもない。
命を取り止める事は出来たとしても、その暗黒の力による能力低下は免れない。
それでも私は胸一杯に空気を吸い込み、私は手を筒のように丸め、顕現させた光を、誕生日の蝋燭百本分をかき消すくらいの勢いで吹き込む。人が放てるブレスなんて、こんな方法くらいしか、とっさに思いつけなかった。
白と黒のコントラストが、お互いを打ち消し合い徐々に消えていく。
「けほっ……流石に合わせてあげるのは骨が折れるかな」
闇のブレスに合わせた私の光のブレスは、相殺と同時に私の負担としてのしかかる。
それでも構わないけれど、結果として負けるわけには絶対にいかない。
「勝つことを考えようよ……」
「それだけじゃないんだよ、カサ。キミにとっては仕事でもね……」
私は改めて宝剣を握り、振り下ろされた爪を受け止めて、払い飛ばす。
「私にとっては、やっぱり何処にいたって、現実なんだから!」
爪撃が来る度に、折れずにいてくれる宝剣にありがたさを感じながら、その爪を一つずつ砕いていく。
正しいことをしているはずなのに、少しだけ胸が痛んだ。
それでも、暗黒竜と化した魔王は、考えることが出来ているかも分からないのに、私に向かって来る。
私は噛みつきを交わして、思い切り宝剣をその鱗を砕きながら突き刺し、その痛みに藻掻く暗黒竜に振り回される。
剣を握ったまま、私の身体は壁に何度もぶつかり、その度に痛みが身体を走った。
「ねぇ……ヨウ。本当に……」
「だから、大丈夫だってば!」
意固地になっていたのかもしれない。
戦いを楽しむ魔王、魔王を倒すことを望むカサ。
そうして、どうあっても元の世界に戻れない私。
それならばいっそ、私がここで尽きたっていいと、思いかける自分もいた。
だけれど、そんなことをしたって、私どころか、誰も救われない。
私は叫びながら宝剣を引き抜き、振るわれる尾を斬り伏せる。
「チートなんかじゃない。こんなのはもう、ただの根性比べだから」
私の言葉に、カサは何も言わない。
――大丈夫、きっともうすぐ終わりが来る。
暗黒竜の尻尾が私の宝剣の斬撃により落ち、彼は耳を劈く魔力を帯びた咆哮で何かを叫ぶ。
「せっかくなら、竜語もチートに含まれていたら、良かったのにね」
次いで、ブレスの気配。
私は村で禁呪を使っている。あれは暗黒魔法に近しいからこそ、魔王が放つ魔力もまた、私の流れている。
「案外、似た者同士だったりしてね」
私は彼を飽きさせない相手だっただろうかと、小さく考える。
いつまでも終わらないことなんてない、始まったなら終わらせる必要がある。
だから私は、宝剣オスカーをじっと見つめて、頷いた。
「これはとっておきだけれどさ」
大きく口を開け、ブレスを吐こうとした暗黒竜から私は少し距離を取る。
そうして、宝剣を強く握りしめ、暗黒竜の瞳を強く見つめた。
「それでも、やっぱり少しだけ楽しかったから、貴方にもお裾分け」
私は、渾身の力と感情を込めて、ブレスを吐き出した暗黒竜へと、宝剣を放り投げる。
その闇に満ちたブレスを一筋の光が切り裂き、最後には光だけが残った。
――宝石も、黄金も、私にはもういらない。
持ち手の裏のツバメの刻印が、まるで勢い良く飛んで行くようで、綺麗だった。
しかし、思った場所には飛ばず、放り投げた宝剣は、暗黒竜の口では無く喉に当たってしまった。
「キャッチは得意なんだけど、投げるのはちょっと下手だったかな。ごめんね?」
咆哮も、もう聞こえない。その代わり、暗黒竜の瞳が、静かに私を見つめていた。
何を思っているかは、分からない。分かりたくとも、知る術は一つもない。
ただ、この戦いが終わったことだけは、分かっていた。
一般人と、カササギと、暗黒竜と化した魔王だけが、静かに終わりの時を待っている。
「闇の速さが……どれだけ速くたって、光もまた……寄り添い続けるもの、だから」
口からポロポロと、自然にこぼれていく、鎮魂の言葉。
「貴方の終わりが、退屈で閉じていませんように」
これは、詠唱なんかではない。
「貴方の始まりが、祝福で始まりますように」
何の魔法でもない、ただの、祈りだった。
それでも、終わりは私が渡さなければ、いけない。
「この魔法に名前はいらない。貴方がもし可能性の先に行けるのなら、何処か素敵な世界にでも、転生出来ると良いね」
右手に光、左手に闇。それらを弓のように引き合わせ、暗黒竜へと放つ。
一瞬、世界がモノクロに包まれる。
この世界の魔王は、私の手によりこの世界を去った。
「これで、良かったんだよ、ね?」
「……そうだね、良くやってくれたよ」
カランと言う音と共に、投げつけた宝剣が落ちる。
それはもう、宝剣とは呼べない姿になっていた。
宝石は砕け落ち、黄金の刀身は鈍色へと変わっている。
――それでも、構わない。
私は剣を思い切りその場に突き刺し、彼の墓標とした。
「次は、主人公になれたらいいね」
私が殺した癖に、そんなことを思うのは傲慢かもしれない。
だけれど、そう願わずにはいられなかった。




