第三話『アイス、ゲーム、イッパンジン』
流石に異常に気づいたのだろう。大広間には見渡す限りに魔物がはびこっている。
「わぁ、まもののむれがあらわれた!」
「ヨウ、さっきからなんかはしゃいでない?」
「いいや? むしろうんざりなんだ。やっぱカサには、分かんないかもね」
身の程を知らずに襲いかかってくる豪快な見た目の魔物達。
それらの、人を殺す為に特化した器官達を見る度に、私の心臓は少し跳ねる。
「爪も、牙も、剣も、怖いは怖いんだよね」
「簡単に勝てるのに?」
私がどれだけ強かろうと、魔物なんてものを生身で見たことなんてない。
自分の頭を魔法で混乱させてでもいないと、正直色んな意味で精神が持たなかった。
「倫理も恐怖も、消すのは大変なんだよ」
だとしても、結局のところ、魔物のどんな攻撃も私には届かない。
「バリア構築……みんなぶっ飛べ!」
自身を中心に構築された防御魔法、本来なら身を守るそれを全開の力で使い、魔物達を圧殺する。
大広間が静かになり、壁だけが赤く染まっていた。
「凄い惨状だね。魔物とはいえ、倫理観みたいなものがあれば躊躇うと思うけれど……」
「カサに言われたくないかな。私だって考えないようにしてるんだから」
カサすら少し引いているけれど、群れにはこれが一番手っ取り早い。
「それに、臓器とかあんまり見たくないしさ……でもちょっと疲れてるかも、此処が魔王城じゃなきゃ今のは倒壊しててもおかしくないね……」
ただ、見回して気付く。血こそこびりついていても傷一つ無い魔王城の壁。
私は少しだけ嫌な予感が的中した気がして、顔を顰めた。
「……完全結界、ついてるかもなぁ」
「壊せそう?」
「壁で試すよりかは、本物で試すよ。もうちょっとだ」
四天王とはいうものの、今の私にとっては造作もない相手。
慣れてしまえば、つまらなさすら覚えてしまう。
「あーあ、ほんと、興がないよね……」
本来なら私が乗っ取ってしまっているヒロインは綺麗なローブを着て、魔法の簪で髪を止め、回復や補助、時には攻撃魔法を使って戦いをサポートしているはずだ。
でも私は、始まりの村の衣服を返り血で濡らして、剣を振っている。
「仕方ないさ、でも喜ぶ人の方が多いんだよ?」
その事実に理解はできても、納得は出来ない。それでも私は元の世界で生きたかった。
ただ、この世界じゃ人は思った以上に簡単に、理不尽に死ぬ。それが分かってしまったからこそ、私は剣を振るっているだけのことだ。
そうして四天王を倒しきって、眼前に立ち尽くすのは、私の目的。
「小娘如きが我が城に単身で乗り込み、我が元までたどり着く、か」
屈強な肉体に、角が二本。宿敵との再会だったはずの場面。
ゲームでは熱いシーンだったけれど、今じゃそんな感動に価値はない。
「お仕事? ……というかお試しかな」
「不可解だ。死にに来るには、場所が違うようだ」
圧が凄い、物凄い。流石魔王と言った所だ。
だけれども、私がこの場所に辿り着いたという事は魔王も分かっているはず。
「とりあえず、やってみましょ!」
座したまま余裕ぶっているあたり、どうせ駄目だろうと思いながらも、私は出来るだけの補助魔法を自分にかけていく。
「エンチャント、ぜーんぶ!」
言いながら私は、宝剣を手に魔王へと斬りかかる。
ガギン、という大げさな音を立てながら、私の一撃は魔王を包んでいる黄色がかったオーラに阻まれる。
「……やっぱりか、でも!」
だけれど、ほんの少しだけ、手応えを感じた。
――ただ、それ以上に、魔王の眼に困惑の色が見えたのだ。
「本気で、やる気だと言うのか?」
「うん、やるよ」
そんなやり取りに、カサすら苦笑していた。
私は立ち上がる魔王から距離を取り、バリアを張る。
「なら、遊んでやろうではないか。つまらんと思っていた所だ」
魔王は奇妙な程、愉快そうに立ち上がり、その剣をこちらに向ける。
よく見ると球体の完全結界にも、僅かなヒビが入っていた。公式チートと神のチートの差を感じる。
「じゃあまずは、その邪魔くさいの、壊すね」
私は記憶の中から、魔王対策の魔法と攻撃手段を頭の中で作り上げていく。
これは、私が作り上げたイベントだ。それでも、出来ることは変わらないはず。
見たくない、知りたくない、聞きたくない、けれど進まなければいけない。速度バフを全力にし、一瞬の内に魔王の上部へと飛び上がり渾身の二撃目を叩き込み、ヒビを明確な亀裂へと変える。
「うん、これで不完全結界に鞍替えだね」
魔王の困惑が痛い程伝わってくる、効いているのは間違いないのだけれど。
「どうして小娘ごときが、そのような力を持っている?」
そんな言葉は、ユーシャにかけてあげて欲しかったし、彼に向けられる言葉だったのだ。
――だけれど、そんな事をグダグダと考えるのはもうやめた。
「どうしてかなんて事は『神のみぞ知る』だよ!」
チート能力を与えられているとはいえ、果たして魔王を一捻り出来るかと思えば、やはり中々に厳しいかもしれない。ただ、それでも魔王に圧を与える程の力はある。
ただ、本来の魔王との戦いは能力が突出した一人と一人の戦闘では無い。 信頼を深めたパーティーで連携しながら戦って、それでも力が拮抗するような力を持つからこそ、魔王なのだ。
「エンチャントは光だけを全力、痛いのは嫌だし、お互い様だからバリアも全開……後はまぁ、力でゴリ押してみようかな」
「一応、魔王だからね? 気をつけてよ?」
大して長い付き合いでもないけれど、さしずめ私のパーティーメンバーはこの肩に乗るカササギということになる。
「カサのチートは雑だからなぁ……でも、なんとかするよ」
カサに軽く笑いかけながら、私は魔王へ突進するように宝剣を突き刺そうとする。
その間に魔王が放った暗黒魔法によって、私が張った全力のバリアにもヒビが入っているのが見えた。
「やっぱり雑だね、こちらもバリアの出力を高めてはいるけれど、世界の限界はあんまり越えられていないみたい」
本来、この時点で魔王の攻撃に耐えられる術は無い。
どれだけレベルを上げても、強力すぎる暗黒魔法と完全結界によって一度敗北する。
ゲームならばシステム上、どれだけ最強の状態になったとしても防御値が限界値である完全結界には傷がつかない。
「でも、多少は越えてるから、なんとかなる、ねっ!」
振るった一閃が、魔王の完全結界を叩き割る。
それと同時に、私のバリアも砕け散った。
システム内の限界と、システム内をほんの少し超えた限界突破のイレギュラー。
それが今の魔王と、私だ。
――それでも、これは限りなくゲームに近い、現実。
ただの負けイベントなんて言葉にはおさめてあげない。不条理にはならないし、させない。
だからといって、簡単に済むとも、思えない。
「うん、これはやっと、少しだけ楽しくなってきたな」
「小娘……何故そんな力を持っている」
楽しむ私と困惑の魔王。魔王に少しだけ同情をした。世界の為とはいえ、ズルの力に圧倒されかけているのだから。
「なーいしょ。でも魔王さんの困惑も分かるよ。ただ、小娘でも魔王の前に立ち塞がったんだ。やろう、本気で」
私の言葉に、彼は魔剣を握りしめて殺意を纏う。そうして、ニヤリと笑った。
殺意なんて、実際に感じられるんだなぁと、私も少しだけ怯えながら笑う。
「確かに面白い。数千年ぶりに面白いぞ小娘。退屈というものはな……」
「魔王だって、殺すんだもんね」
――私はこの言葉を良く知っている。
私は魔王としても彼の過去も、現在も、未来も知っている。
『退屈は魔王も殺す』魔王として永遠とも呼べる生の中で彼が感じた孤独。
きっとこの世界では、私と、彼しか知らない。
――彼が永遠に続く退屈を理由に、自死を試みた事すらあるということを。
「奇妙な小娘だ。だが、血湧き肉躍るとはこの事。存分にやり合おうぞ!!」
彼から、その言葉とその愉快そうな表情を引き出せた事が、まさか私という一個人にとっての、ほんの小さな救いになるなんて、思いもしなかった。私は、この闘争によって魔王の心の内を開かせてしまった。
もう、魔王から溢れ上がるのは殺意だけではない。無邪気とも呼べる程に我武者羅で、遊びを目の前にした子供のような姿だった。
「結界などいらぬ! 痛みこそ闘争!」
「私は痛いのは嫌だ……な!」
魔王の剣戟を受け止めながら、私達は会話を続ける。
「それ程の力の前で、痛みを怖がるか小娘!」
「だってズルだからねっ!」
私は振るう宝剣に光属性の補助魔王を乗せ、魔王の暗黒を纏った剣戟を受け止め続ける。
そうして、そのうちに魔王の魔剣が、折れる。
――これは、次のステージの合図だ。
「本気を、出すか。小娘、この闘争の先に何を望む?」
本来ならば、意味を選ばされる言葉に、私は興味などない。
「魔王さんの、救済かな?」
カサがカシャカシャ笑っているが、彼にとってそれは笑い事ではないような気もする。
ただ、こんな端的すぎる理由が、口から飛び出していた。
「これからのことは、何とかするよ。だから、せめて楽しもう。私、常々パーティーと戦う一人きりの魔王はちょっと可哀想だなって思ってたんだ」
私の言葉を聞いているのかいないのか、魔王の姿は人型から変化していく。
私が知る限り、そうなればもう魔王は人語を発さない。
だから最後に魔王が私に告げた言葉が、ひどく印象的だった。
「面白いことを言うな、我も束になって向かう人間には飽いていた。ただ、その束も全て散らせたがな。その我が、小娘一人にこの姿を見せるとはな。特別に、名乗りを許すぞ、小娘」
その退屈を壊してあげたい。
魔王もまた、生きているのだから。
「私はね、梨木洋。アイスとゲームが大好きで、ちょっとだけお人好しの、一般人だよ」
目の前と、私の上空で、笑い声が聞こえた。
「魔王に自己紹介する子なんて、数千見た転生者の中でも初めて見たよ」
魔王には鳥が鳴いたようにしか聞こえないのかもしれない、彼はカサの方を一瞬チラリと見て、興味なさげに私に視線を戻した。
「アイス、ゲーム、イッパンジン、知らぬ言葉だ。しかしイッパンジンとは、さぞ人の子の高みなのだろうな?」
思わずそんな言葉に私すら吹き出してしまった。
「確かにそうだね。この世界に一人しかいない……最強の存在だよ!」
嘘を吐いた。だけれど、もうそれでも良い。
彼はこの嘘によって救われるかもしれない。
どうせ死ぬのが運命ならば、私の力がズルであっても、全力を以て戦い合いたい。
雑なチートのせいで力も拮抗しているだろう事は、少々不安でもあり、面倒でもあるけれど、私はそのくらいでいいのだ。
「私は、貴方が出会った来た人の束なんかよりずっと強いよ。だから、早くやろう」
「本当に、面白い事を言うものだな。イッ……パンジン……」
魔王が完全に、巨大な竜へと姿を変える。圧力と殺意を明確に感じられた。
――これを、たった一人きりで。でも、良いハンデだ。
「もうちょっとお話したかったな。でも、貴方の闘争にはもう、言葉なんていらないんだよね」
もう人語を発さなくなった魔王の姿は、それでも瞳の奥に光が宿っているように見えた。
「私も、ちょっとだけ楽しいよ。じゃあ、やろう!」
それに対応するかのように、握りしめた宝剣の宝石が、キラリと光る。
それは、ルビーか、サファイアか。それとも黄金の刀身か。
――私は彼を、幸福の魔王にしてあげられるだろうか。
そんな事を考えながら、私は強く咆哮している暗黒竜に駆け寄り、強くに地面を蹴った。




