23話 トルガ、参上!!
解人たちは王宮を出て、まっすぐ東へ向かった。
大通りを外れると、道は少しずつ細くなっていく。宝石の塔が並ぶ一角を抜け、水路を二つ渡ったところで、街の喧しいほどの輝きが、ふっと薄くなった。その先、街の縁に近い奥まった場所に、ひときわ太い塔が一本だけ立っている。外壁には金の帯が幾重にも巻かれ、てっぺんでは青い宝石が、こちらを見下ろすように光っていた。
「……あれが、宝物塔か」
「宝など、どうでもいい。用があるのは、欠片の手がかりだけだ」
マハトは塔を見上げたまま言った。解人は、隣を歩くエマの頭を見下ろした。
「エマは取り返した。……けど正直、帰り方が分かんないんだよな。コッコも全部、下に戻っちまったし」
「……帰り道、ないの?」
「ある。まだ見つけていないだけだ」
「……根拠は?」
「ない」
エマが二人の顔を交互に見上げて、クスッと笑った。王宮を出てから、初めての安心した表情だった。
穏やかな時間はすぐに終わり、解人たちは宝物塔に辿り着いた。
扉を押すと、ギィィィィィ、と重たい音を立てて開いた。
中は、宝物と名前が付いている割には、とても暗かった。
目が慣れてくると、宝の山などどこにもないのが分かった。並んでいるのは、油の染みた作業台と、壁一面に掛けられた工具。歯車の山、継ぎかけの金属の板、何に使うのかも分からない部品が、棚という棚から溢れている。天井からは鎖が何本も垂れ下がり、その先で鉤が、ゆっくりと揺れていた。油と、焦げた鉄の匂い。どこか遠く、壁の向こうから、何か大きなものを叩くような音が、規則正しく響いてくる。
「……なんだよ、宝なんか一つもないじゃないか。あいつ、嘘ついたな」
「なんだ、欲しかったのか。……気を抜くな。またあの鳥みたいなのがいるかもしれん」
マハトの声が、いつもより低い。エマはマハトのコートの裾を掴み、背中から顔だけを出して暗がりを覗いていた。
作業台の脇の棚に、短い金属の筒がずらりと並んでいた。どれも尻から細い紐が垂れている。解人が何気なく指を伸ばすと、マハトの手がそれを払った。
「触るな。火薬だ」
奥で、何かが光った。
消えて、また光る。一定の間で、ゆっくりと。心臓の鼓動みたいな点滅だった。
解人の足は、惹きつけられるように点滅する方へ向かっていた。
作業台の列を抜けた先、塔のいちばん奥に、それはあった。石とも金属ともつかない輪が、幾重にも重なって宙に据えられている。その中心で、鈍い光が脈を打っていた。輪の表面には、点と点を細い線でつないだような模様が、びっしりと刻まれている。
――星座、みたいだ。
「この輪……さっきの映像の、洞窟の」
輪の下には、四体の像が輪を囲むように立っていた。どれも両手を高く掲げ、宙に浮いた輪を下から支えているように見える。体は人に近いのに、首から上は、丸い目をした魚の頭だった。
――魚?
輪の周りには、太いケーブルが何本も、蛇のように絡みついていた。床を這い、壁を伝い、天井へ消えていくもの。その全部が、最後には一本の太いケーブルへ束ねられて、床を貫いて下へ伸びている。
下。――巨人の胸へ。気づいたときには、手が伸びていた。
「おい、気安く触るな!」
マハトの声より先に、指が輪に触れた。輪が、回り始めた。
『……起動。中枢、カノン・グロリア。供給を、継続します』
冷たい声が、塔の中に大きく響いた。それと同時に、解人の右腕が、内側から焼けるように跳ね上がった。
――熱い。なんでだ。
指が輪から離れない。体が震え、顔が勝手に上を向く。視界の端から白いものが流れ込んできて、塔の暗がりが、塗りつぶされていく。
暗い。
腹が空っぽで、何も入っていないのに、喉の奥だけが焼けている。降り続く雨。誰もいない地面。
巨大な手が、何かを握り潰した。逃げ惑う小さな影。――一瞬だけ。
空のはるか上で、光が花火のように大きく咲いた。目を奪われるほど、きれいだった。そして、光がばらばらの火になって降ってくる。
眼鏡をかけた小さな男が、こちらへ手を差し伸べている。微笑んだ唇が動く。
『私の生涯の研究のため……いや、哀れな人間のために、力を貸してくれないか。……少しだけで、いいんだ』
胸の奥で、光が引き剥がされていく。根を張った何かを、無理やり、少しずつ。
――く、るしい。心臓を、濡れた布みたいに、最後の一滴まで上へ絞り上げられていく。
声が、細い。消えかけている。
「うわあああああああっ!」
頭の中が割れるように痛い。
「解人!!!」
肩を掴まれ、後ろへ引き剥がされた。指が輪から離れた瞬間、白いものが一気に引いていく。気がつくと、解人は床に座り込んで、マハトの腕の中で息を荒くしていた。額から、汗が顎まで流れている。
「……ハァハァ・・・。今の……何だよ……」
「大丈夫だ!しっかりしろ」
エマが、マハトの後ろで、両手で胸を押さえている。
『侵入者を、確認。排除します』
輪の回転が、加速する。
作業台の上の部品が、かたかたと震え始める。歯車が浮き、金属の板が浮き、天井の鎖が引きちぎられて、全部が輪の方へ吸い寄せられていく。輪を支える四体の像だけが、両手を掲げたまま、びくともしない。輪を芯にして、腕ができ、脚ができ、胴ができる。継ぎ目から油を滴らせながら、人の背丈の倍ほどもある影が、ゆっくりと立ち上がった。
胸の真ん中で、輪が、さっきと同じ間で脈を打っている。
「……これ、ヤベェぞ」
「あぁ…これはヤベェな」
マハトの額に、らしくない汗が垂れていた。それでも杖を構え、エマを太い脚の作業台の陰へ押し込んだ。
「エマ、ここから動くな」
カノンの腕が振り下ろされる。マハトが杖を床に突き立てると、翻ったコートの背で曼荼羅が光り、白い円が足元に広がった。円に入った腕は一瞬だけ鈍ったが、それだけだった。円の光が、見る間に薄くなっていく。重さに押し切られた拳が、円の縁の石を叩き割った。
「……重い。すぐに食い破られる」
解人は、作業台に転がっていた鉄の棒を掴んだ。握った瞬間、重さが手のひらに馴染む。長さも、太さも、ちょうどいい。
――バットだ、これ。
輪の回転が唸りを上げ、カノンの体から、歯車やボルトが弾丸のように撃ち出された。速すぎる。解人は棒を顔の前に構え、飛んでくるものを弾くので精一杯だった。腕が痺れ、ボルトの一本が頬をかすめていく。
マハトが解人のすぐ横へ杖を突き立て直した。白い円が、解人の足元に広がる。円に飛び込んできた歯車が、水の中に入ったように、ふっと遅くなった。回転する歯の一枚一枚まで、はっきり見える。なのに、棒を握る自分の腕は軽い。遅くなっているのは、向かってくるものだけだ。
――これなら、打てる。
解人は棒を握り直し、左足を上げた。溜めて、踏み込む。引退してから一度も振っていなかったのに、体は覚えていた。振り抜いた棒が歯車を芯で捉え、甲高い音とともに、それがカノンの肩へ突き刺さる。二つ目、三つ目。円が消えるたびに、マハトが杖を突き立て直す。その息が、目に見えて荒くなっていった。
カノンが体ごと振り回した鎖が、解人の頭の上を薙いで、背後の壁に叩きつけられた。壁が崩れ落ち、その向こうの暗い格納庫に、巨大なものが横たわっていた。傷ひとつない、金の装飾をまとった船体に、畳まれた幾枚もの翼。
「……船?」
考える暇はなかった。次の弾が、もう飛んできている。
マハトが杖から離れ、腰の剣を抜いて踏み込んだ。細い刃が、カノンの脚の継ぎ目を斜めに断つ。体が傾いて片膝をつき、胸の輪が、ちょうど解人の目の高さまで下りてきた。輪の中心には拳ほどの穴が空いていて、そこだけ光が脈を打っている。
輪から、鉄の球が一つ、まっすぐ撃ち出された。
「最後だ!」
駆け戻ったマハトが、杖を解人の前へ突き立てた。曼荼羅が広がり、球が、その中でゆっくりになる。回転も、軌道も、全部見えた。
――入れ。
振り抜いた棒が、球を芯で捉えた。打ち返された鉄の球は一直線に飛んで、輪の中心の穴へ吸い込まれ、鈍い音が響いた。
光が、ぶつりと消えた。
カノンの体が、ばらばらに崩れ落ち、歯車が転がり、鎖が床を打ち、最後に輪が、重たい音を立てて床に落ちる。
「……倒した、のか!?」
息が上がっていた。手のひらが、棒の形のまま痺れている。マハトは杖にすがるようにして、膝に手をついていた。作業台の陰から、エマが両手で胸を押さえて顔を出す。
「ずっと聞こえてた声……さっきより、小さい」
床を貫くケーブルが、どくん、と脈を打った。
『カノン、再始動。供給を、再開します』
落ちていた輪に、また光が灯った。散らばった部品が震え始め、今度は作業場じゅうの鉄が、棚から、壁から、天井から剥がれて輪へ吸い寄せられていく。さっきより分厚く、重く。解人が球を叩き込んだ穴の上に、別の鉄板が何枚も重なって塞がっていった。
「……嘘だろ、さっきよりデケェじゃねぇかよ」
組み上がった腕が真っ先に伸びた先は、作業台の陰から顔を出していたエマだった。鉄の指の影が、エマの頭の上に落ちる。
その腕が、肘から先ごと、宙に飛んだ。
高い窓を破って回転しながら飛んできた斧が、継ぎ目を断ち切り、そのまま壁に突き刺さっていた。その窓から、コッコの群れが雪崩れ込んでくる。その先頭から、大きな影が飛び降りた。
「エマ!解人!無口の兄ちゃん!」
「無口・・・」
床を揺らして着地したのは――下で待っているはずの、あの陽気な大男だった。
「……トルガ!」
「トルガ兄ちゃん!」
「Yo!Yo!ひとつ、下でじっと待ちぼうけ。ふたつ、鳥ぶっ叩いて、ひとっ飛び。みっつ、空から一投、鉄のデカブツ、上等。トルガ、ここに参上ぉぉおおお!!」




