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理の果て ― 欠けた世界の最終解  作者: 夜明け前のじゆうちょう。
第一章 栄光都市と償われぬ罪
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21話 選ばれし者と、王宮の主

 止まった首は、それきり動かなかった。


 肩の箱からは、ビートだけが同じ速さで流れ続けている。腹に響く低い音が四つ、五つと過ぎても、ドロップは嘴を下げたまま、石の目で解人を見ていた。噴水の水音が、やけに大きく聞こえる。


 ばきん、と首の付け根で金具が鳴った。


「う〜た〜えーーーよーーーーーーー!!!!」


 拍も数もない、怒りで割れた声だった。羽が一息に開き、埋め込まれた石がいっぺんに光る。解人が横へ跳ぶのと、嘴が落ちてくるのが同時だった。


 ドガァンッ!


 さっきまで立っていた場所で石畳が砕け、宝石の花びらが火花みたいに散らばる。


 籠の中で、エマが両手で口を押さえた。悲鳴は指の隙間から少しだけ漏れて、すぐに止まった。


「解人!!」


 転がりながら振り向くと、マハトが杖を石畳に突き立てていた。翻ったマントの背で、曼荼羅の模様が白く光る。光は杖の先から地面へ流れ、大人が三人、両手を広げて並んだほどの円になって広がった。


 ズゥン――。


 二撃目の嘴が、その円の中へ入った。


 途端に遅くなり、水の底を進むように嘴がのろのろと空気を掻き分けてくる。ところが、円の外へはみ出した羽の先は、さっきと同じ速さでばたついている。遅いのは、円の中に入った部分だけだった。


 ――あの円の中だけか。


「長くはもたん。この図体だ」


 マハトの額には、もう汗が浮いていた。杖を握る手が、細かく震えている。


 ドロップが首を引いた。嘴が円の外へ抜けた瞬間に元の速さが戻り、首がばねのように跳ね上がる。マハトが杖を引き抜くと、白い円がふっと消えた。


「走れ!」


 噴水の縁に沿って、二人で走った。背中で、羽と金具の音が追ってくる。


「あの円、もう一回作れるか?」

「ああ、できる。……が、次はさっきほどもたんぞ」

「じゃあ、俺があいつを円まで連れてくる。その間に、籠を何とかしてくれ」

「……お前は、いつもそういう役を選ぶな。自分を差し出すのが、お前の流儀か」

「元キャプテンなんだよ、野球部の。しんどい役は、キャプテンが取るもんだろ」


 マハトは一瞬だけ解人を見て、何も言わずに籠の方へ走った。籠の真横に回り込み、もう一度杖を突き立てる。白い円が、籠ごと石畳を呑み込んだ。


 ズゥン――。


 解人は反対側から、ドロップの正面へ飛び出した。


「こっちだ、バカ鳥!」

「解人兄ちゃん、だめ……!」


 両腕を大きく振ると、石の目がこちらを向いた。嘴が落ちてくる。解人は背を向けて走り、円の縁を蹴って、中へ転がり込んだ。追ってきた嘴が、円に入ったところで、ずぶりと沈むように遅くなる。


 その横で、マハトが剣を抜いた。細い刃が二度、三度と光り、籠の格子が斜めに断ち切られていく。マハトは切り口に肩を入れ、格子を内側へ押し曲げた。


 解人が呼ぶより先に、切り口から小さな手が突き出ていた。エマが、自分から手を伸ばしている。


「エマ!」


 その手を掴んで、引きずり出す。エマは転がるように解人の胸へぶつかってきて、そのまましがみついた。


 円の中で、ドロップの首がのろのろと下がってくる。嘴の先が、空になった籠のすぐ上まで来ていた。杖を握るマハトの膝が、がくりと落ちかける。


 ――今しかない。


 解人はエマをマハトの後ろへ押しやり、二歩下がって助走をつけた。


「入っとけーーー!!」


 跳び上がり、両足を揃えて突き出す。ドロップに、ドロップキック。


 ドゴォッ!


 頭が切り口から籠の中へ滑り込んだ直後、白い円が消えた。ドロップが首を引くが、内側へ曲がった格子が返しになって、もう抜けなかった。


「だして、だして、だして〜!なんで、なんで〜〜?」


 籠ごと首を振り回して、ドロップが喚く。肩の箱のビートまで、めちゃくちゃな速さになっていた。


「うるさい鳥だな……」


 解人は、石畳に落ちていた赤い布を拾い、籠の上からばさりとかぶせた。喚き声が、嘘みたいにぴたりと止んだ。布の下で、ビートだけが小さくこもっている。


 マハトが、剣を持ったまま籠の前に立った。


「おい、もう静かになったって」


 返事の代わりに、マハトは布の上から、剣をまっすぐ突き入れた。


 金属の擦れる、嫌な音がした。布の下でビートが一度だけ跳ねて、それきり、何も聞こえなくなった。


「……そこまでしなくても、いいだろ」

「あれは、エマを『おいしそう』と言った。……二度と、あの子に近づけるわけにはいかん」


 マハトは剣を引き抜き、刃についた黒い油を布の端で拭い始めた。その手が、途中で一度だけ止まった。


 解人の後ろで、エマが「ひっ」と小さく息をのんだ。服の裾を掴む指に、力がこもる。解人は何も言い返せないまま、代わりにエマの頭へ手を置いた。


 そのとき、街じゅうに放送が流れ始めた。


『ザ、ザザ……』


『ご来客の皆様。ようこそ。ここは、栄光都市グロリアでございます』


 平らで、丁寧な声だった。どの塔の上からも、どの家の窓からも同じ声が流れて、少しずつずれながら重なっている。花畑で、ドロップの肩の箱から途中まで流れた、あの声だった。


『ここまでお越しになられたということは、皆様は選ばれし者。どうぞ、王宮へお越しくださいませ』


「……選ばれし者って…俺らのことか?」

「さあな。だが、招かれているなら都合がいい」

「都合?」

「エマは取り返した。……あとは、私たちがこの層へ来た本当の用だ」

「……理の欠片か」

「あの管が吸い上げた先が、この街だ。何かあるとすれば、あの奥だろう」


 アーチをくぐり、大通りをまっすぐ進んだ。近づくにつれて、王宮は通りのどの建物よりも高く、白く、こちらへ覆いかぶさってくる。屋根の縁と窓枠は金で縁取られ、白い壁に、日を受けた金色の線を何本も引いていた。半分だけ開いた正面の扉の、閉じたままの片側には、子どもの背丈ほどもある赤い宝石が埋め込まれている。見上げると、その石の中に、自分たちの姿が小さく逆さまに映り込んでいた。


 扉の隙間から、ひやりとした空気が流れ出ている。三人は、その隙間をくぐった。


 中は、外よりもさらに眩しかった。床は顔が映るほど磨かれた石で、高い天井には、空へ昇っていく人々の姿が、一面の宝石で描かれている。柱は一本一本が翼を広げた人の彫刻になっていて、その羽根の一枚一枚にまで、赤や緑の石が嵌め込まれていた。壁際には金の器や冠、細工の細かい剣が数えきれないほど並び、そのどれにも埃一つ積もっていない。そして、やはりどこにも人はいなかった。


「こんなに宝石、どこから取ってきたんだよ……」


 声が、高い天井に吸い込まれていく。


 エマが、壁に嵌まった青い石の前で足を止めた。


「……村の光石と、おんなじ色」


 解人は思わず、胸元に下げたリナの光石を服の上から押さえた。指の下の石と、壁の石は、同じ青をしていた。マハトは何も言わず、壁際に並んだ冠を、一つずつ目でなぞっている。


 広間のいちばん奥に、玉座があった。その手前に、天井から床まで届く深紅のカーテンが下がっている。布の向こうに、椅子に座った人影が透けて見えた。


「……誰か、いる」


 解人が一歩踏み出したとき、カーテンの奥の人影が、ゆっくりと右手を上げた。


『ようこそ、選ばれし高貴な皆様』


 さっきの放送とは違う、男の声だった。年を重ねた、低く落ち着いた声。人影の手が言葉に合わせて、もてなすように開かれる。


『初めまして。私は天に選ばれし王家の血を引き、この都の頭脳を担う者、ヴィクター・レーヴ・グロリアと申します』


「ヴィクター……噴水の像の。まだ生きているのか」

「・・・・・」


 マハトは黙ったまま、カーテンの奥の声に耳を澄ませている。


 その声は丁寧だった。言葉遣いも抑揚も、上等な客をもてなす人間のものだ。それなのに、語尾がいちいち、こちらの脳裏に引っかかる。お辞儀の形はしているのに、見下ろされているのがはっきり分かった。


「あんたが、エマを攫わせたのか」

『長旅で、さぞお疲れのことでしょう。地べたの道は、さぞ汚れていたことでしょう』

「おい、聞いてんのか!答えろよ!!」

「解人兄ちゃん、なんか怖いよ…」


『では、お聞かせしましょう。蔑まれた我らが罪を背負い、栄光を掴むまでの物語を』


 カーテンの奥の人影は、解人の問いには一つも答えないまま、淡々と語り始めた。


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