5話 最初の街を目指して
521系には運転室に繋がる扉の上に運賃表示器がある。七尾線の100番台以外は電源を点けていない…なのに。
「あ、もしかしてこれ地図ですか?」
運賃表示器は世界地図の役割を果たしていた。なんで?
そこに映し出されていた地図はどこか地球の各大陸に似ていた。けれど一つだけ大きな違いがあった。
「ここって、地球なら太平洋ですよね?」
「確かに、でかい大陸がある」
太平洋にあたる海がほとんど陸で埋め尽くされていた。ムー大陸が存在していたらこんな感じだったのかもしれない。
「…流通している世界地図よりも精度がいいわね、これ。こんなにギザギザしている部分なんて記されていないもの」
ギザギザしている部分とはノルウェーなんかでよく見られる『フィヨルド』のことだ。氷河の侵食作用によって複雑な地形が形成された場所である。
「この世界で世界中を歩き回った人はいないの?」
「いないわよ、そんな人。誰も必要としていないもの。大雑把に把握できれば、それで十分なのよ」
伊能忠敬さんみたいな人はいないのか~。
すると、かなでさんが画面を触り始めた。その後を追うように地図も動いた。運賃表示器にタッチしても何も起きないはずなのに。
「もう運賃表示器じゃなくてマルチディスプレイだよ…」
すると、アフリカ大陸がありそうな場所の北部に『魔王領』と書かれていた。けっこう広い面積だ。
「水素足りるかな…」
「そういえば翫さん、あの城からここまで移動するのに水素は減りましたか?」
おっと、そういえば確認し忘れていた。
運転室に移動して計器を確認すると、水素の残量は満タンだった。1リットルも減っていない。
「へ、減ってない! え、なんで!?」
「イアさん、この世界に魔法ってあるんですか?」
かなでさんが質問した。
「あるわよ。体内や空気中を漂っている『魔素』を上手く扱うことで、火を出したり、水を生み出したり、風を吹かせたり…まあ、私に魔法の才はなかったから剣術を鍛えたけど」
「…これ、魔素が水素代わりになっている可能性は?」
それだと『魔素=水素』の式が成り立ってしまうけど。ふ、深くは考えないでおこう。
それにしても魔法があるんだ…僕にも使えるのかな?
「魔法はそれなりに鍛錬を積まないと大けがをするわよ。前に未熟な冒険者が魔法を使ったことで、建物を吹っ飛ばしたことだってあるの」
Oh…まだ試す前で良かった。
「じゃあ…ちょっとやってみましょうか」
「待て待て待てっ!! さっきの話聞いてた!?」
「浪漫じゃないですか、魔法って。翫さんはしたくないんですか?」
「したいよ、したいけどさぁ…『強大な力は自分の身を滅ぼす』ってよく言うし」
「なら私がお手本を見せますよ」
ダメだ、制御が効かない。完全に暴走列車状態だ。
「えっと適当に…『タップ』」
タンッ!
白い棒が木にぶち当たり、軽い音が響いた。その後、メキメキと木が折れた。威力高ぇ…。
「『サイドフリック』…あ、これは武器なんですね」
かなでさんの手元に黄色のブーメランみたいな武器があった。かなでさんがそれを振ると、走っている車の窓から入り込んでくる風並みの風圧が飛んできた。
「イアさ~ん、どうでしょう?」
「……正直驚いたわ。私も見たことがない魔法ばかりで」
「ふふ、魔女としてデビューするのもそう遠くはない…! ほら、翫さんもやってみてくださいよ」
「魔法のネーミングセンスなんてないし、既存の魔法は道具が必要だからさ」
「道具って、例えばどんなものなんですか?」
「八卦炉」
「ないものは作るんですよ!」
「どうやって!?」
僕が魔法を放つのは当分先のことだろう。
「で、最初の目的地は?」
僕らは世界地図を見ながら話し合っていた。
「この橙色が現在地なの?」
「そうなんじゃないですか…多分」
「だとすれば…ここはどうかしら? 『アレジェリータ』という街で、繊維業が盛んなのよ。それに、マジックアイテムもそれなりに流通しているの」
「翫さん、行きましょう!」
かなでさんの目はキラキラと輝いていた。ノーとは言えない。
「決まりだね。じゃあ席に着いて」
「え、運転室に入るのはダメなんですか?」
「一般人は立ち入り禁止。ここに貼ってあるでしょ」
注意書きは運転席の真後ろにあるドアにしっかりと貼られている。
「…は~い。イアさんも座りましょう」
「立っていたらダメなの?」
「電車は初体験なんでしょう? なら余計に座らないと」
『発車します。閉まるドアにご注意ください』
電車に初乗車のイアさんがいるので、加速はゆっくり慎重に。見上先輩に教えられた通りに。
【gyb4t"quki…】




