16話 元素記号『K』
音がした方向には湖があった。琵琶湖と同じとはいかないけど、それなりに大きい。
その湖のすぐそばで、少年が倒れ込んでいた。呼吸を確認した結果、ただ気絶しているだけだと分かった。
「…手のひら、やけどしてる」
皮膚の水分と激しく反応してしまったんだろう。近くにカケラだけになったアルカリ金属を触ったのかも。初めて見た金属だったからだろうか…?
「これはひどい有様でありんすねえ…」
春風くんは呟いた。湖には野生の魚といった様々な生物が住み着いている。それは日本でも同じ。そんなところにアルカリ金属…おそらくは『カリウム』を放り込んでしまったら、魚たちは息絶える。
皆さん、絶対にしちゃいけませんからね。
「まずは少年の手当てが先だね。いったんフィラデルディーヴォに戻ろう」
「…ん、これは」
春風くんは手袋をはめて小さな灰色のカケラを拾い上げた。
「あ~、やっぱりカリウムでありんしたか」
「『こんなの使い物にならない!』とか言って湖に放り込んじゃったとか?」
「鉄よりは柔ぇんで、武器を作る親方たちからすりゃあゴミでありんす」
「そっかあ…でもさ、別の使い道があるよね」
「よくご存じで!」
別の使い道というのは…『肥料』だ。
———Change Viewpoint———
「やっぱりこれ、カリウムですね」
私は清潔な布で目の前の塊を拾い上げ、カウンターに置いた。
「カリウム…?」
「鉄とは違うのか?」
「鉄とは全くの別物です」
適当にナイフを取ってきてもらい、塊を切った。
「ナイフで切れるくらいの柔らかさですし、断面が銀白色でしょう?」
そしてみるみるうちに灰色へと変色していった。
「あと、火をつけたら薄紫色の炎で燃えるはずです」
「でもよ…使い道がなければただのゴミだろ?」
クエンチさんは興味なさげにカリウムを見た。
「実はあるんですよ。使い道が」
「…実用的なものなのよね?」
「もちろんですよ」
さて、作りましょうか。
数時間後、手間をかけて完成させたのは『肥料』だった。
「これを、植物にかけりゃあいいのか?」
「どうぞ、やってみてください」
クエンチさんは肥料を鷲掴みして辺りの土に撒いた。
その瞬間、枯れていた植物たちが一気に緑色に変化した。
「うわ、まさかここまで効果があるなんて…」
異世界だから質が違っているのかもしれない。
「凄いわね、かなでって何でもできるの…」
「いやいや、今回はイアさんたちが手伝ってくれたからですよ」
「イア、これすげえぞ! 数十年放置していた場所がこんなになっちまったぞ!」
クエンチさんは大興奮だった。何を植えても育たなかったらしい。そんな土地が一瞬でこうなってしまったから、当然の反応ではある。
「こんな場所で植物の栽培ねえ…」
イアさんは苦笑しながら呟いていた。
そういえば、翫さんたちはどこで何をしてるんだろう?
———Change Viewpoint———
「ん……」
少年をクモハのロングシートに横たわらせ、発車してから数分。フィラデルディーヴォに向かう途中で意識が戻った。
「起きやしたね」
「あなたは…」
「大丈夫ですかい? 湖で倒れてたでありんすよ」
「…そうか、俺、何も考えずに親方の所を飛び出して」
親方…工房のかな? クモハの運転席で耳を傾けていた。
「ひとまず、街に戻るでありんすよ。ケガを直してもらいんしょう」
「ケガ……いてっ」
痛みが後からくるとはまさにこの事である。
『まもなく、フィラデルディーヴォ、フィラデルディーヴォ。お出口は左側です』
職業の都合上、アナウンスをしないと体が鈍ってしまう。だからかかさずマイクを手に持つようにしている。
「…絶対、怒られる」
「大丈夫でありんすよ。正面から謝りゃあ許してくれる…はず」
そこは断言してやってよ春風くん…。
少年に案内されて向かった先に、レンガ造りの大きな工房があった。そこには三人の人影が。
「あれ、かなでさんにイアさん」
「翫さんと春風さん…あ、さっき飛び出していった男の子!」
どうやらイアさんのレイピアはここで新しく作る予定らしい。
すると、親方らしきドワーフが少年を見るなり近づいた。少年は怒られると思って身をすくめたが…。
「お前、いいもん持ってきたな!」
この反応は予想外だったらしく、少年は目を丸くしていた。
「お、怒らないんですか?」
「怒るかよ。こんな役立つものに変わるんだからな」
親方の手には麻袋があった。
「何あれ?」
かなでさんに聞いてみると、
「肥料ですよ?」
と、あっさりと返された。考えは同じだったみたいだ。
「で、渡してきたんでしょうね?」
「え、何が?」
「ほら、ここの冒険者協会に渡す封筒をもらってきたでしょ?」
「あ…」
イアさんに言われて思いだした。ヴェルファードさんから頼まれていたんだった。
「え~と、『シャルル』さんだっけ?」
「翫さん、それはバルーンさんの楽曲名ですよ!」
「あ、そうだった」
「「アハハハハ!!」」
僕とかなでさんが呑気に笑っているそばで。
「…いや、伝わらないのよ」
「おいらも、演歌なら分かりやすがねえ…」
イアさんと春風くんは呆れていた。
結局、その日は遅すぎるので翌日に渡しに行くことにした。
『謳って』
うわぁ! どこからともなくフリックがぁ!




