第3話 次の進化
森の奥まで走り続け、ようやく足を止めた。
「……はぁ、はぁ……」
息が荒い。
体の奥に残る熱と、遅れて押し寄せる疲労が抜けない。
背後を振り返る。
――追ってきていない。
「……撒いた、か」
その場に崩れるように座り込む。
全身が重い。
さっきまでの死線が、今さら現実になったようだった。
「《アクセル》……」
小さく呟く。
あの瞬間的な加速。
確かに強力だった。
だが同時に、はっきり分かったことがある。
「連発は無理だな」
発動中は問題ない。
だが終わった直後、一気に体が鈍る。
反動が大きすぎる。
「使いどころを間違えたら、そのまま死ぬ」
それでも――
「あれがなきゃ、もう終わってたか」
苦笑が漏れた。
視界の端に、数字が浮かぶ。
【残り寿命:336日】
「……増えたままか」
捕食によって、わずかに回復した寿命。
減るだけじゃない。
奪えば、延びる。
「分かりやすいな」
食われるか。
食うか。
強くなる。
それだけの世界だ。
ふと、記憶が引っかかる。
会社にいた記憶はある。
だが、それ以外が曖昧だ。
顔も、名前も思い出せない。
「……今はいい」
考えても答えは出ない。
生き延びることの方が先だ。
そのとき。
頭の中に、新たな表示が浮かび上がった。
【一定条件を満たしました】
【進化が可能です】
「……また来たか」
目を細める。
表示された内容に意識を向ける。
複数の選択肢。
――そこまでは、さっきと同じだ。
だが。
「……中身が違うな」
小さく呟く。
前の進化は、体そのものが変わった。
存在そのものを作り替えるような感覚だった。
だが今回は違う。
並んでいるのは、種の変化じゃない。
強くなる方向だ。
「……同じ進化でも、種類があるのか」
完全には分からない。
だが、一つだけは理解できる。
「これは、どう強くなるかを選ぶやつだな」
改めて、選択肢を見る。
【進化先候補】
・強化個体(消費寿命:20日)
・敏捷特化(消費寿命:25日)
・捕食特化(消費寿命:30日)
「……どれも一長一短だな」
強化個体。
バランス型。安定はするが、突出はしないだろう。
敏捷特化。
速度と回避に寄る。《アクセル》との相性は良さそうだ。
捕食特化。
寿命消費は一番重い。だが、その分見返りも大きいはずだ。
「……どうする」
わずかに考える。
だが、迷いは長く続かなかった。
「結局、同じだな」
この世界は単純だ。
強くならなければ死ぬ。
なら――
「一番、伸びる可能性を取る」
意識を集中する。
選ぶのは――
【捕食特化】
「これでいく」
【進化を開始しますか?】
→ YES
次の瞬間、体の奥が熱を帯びた。
「あ……っ」
さっきのような激痛ではない。
だが、確実に何かが変わっていく。
内側から、性質を書き換えられる感覚。
やがて、それは静かに収まった。
「……終わったか」
ゆっくりと立ち上がる。
すぐに違いに気づく。
「……腹、減ったな」
強い空腹。
さっきまでとは比べものにならない。
体が理解している。
もっと取り込め、と。
【進化完了】
【捕食能力が向上しました】
「分かりやすい」
小さく笑う。
代償も、変化も、すべて単純だ。
そのとき。
森の奥から、気配が届く。
さっきより弱い。
だが、はっきりと分かる。
(いるな)
位置も、おおよそ掴める。
ゆっくりと、歩き出す。
さっきとは違う。
逃げるためじゃない。
「次は――」
足取りに迷いはない。
「狩る側だ」
【残り寿命:306日】




