第42話:七日間の万華鏡
ガタゴトと心地よいリズムを刻んでいた馬車の揺れが、ついに止まった。
一週間前、湖底の駅を出発した時は、一週間も馬車に揺られるなんて
退屈で死んでしまうかも、なんて密かに覚悟していた。けれど、
窓の外を流れる景色の移ろいを前に、今は名残惜しささえ感じている。
「……着きましたよ、紬さん。ここが今回の出張の終着点。
魔法の源流が地表へと滲み出す『最果ての庭』です」
櫂さんに促されて馬車を下りると、そこは現実世界の
どの風景とも似ていない、色彩が飽和したような美しい荒野だった。
私は大きく背伸びをして、この一週間の旅の記憶を反芻する。
「……ねえ、櫂さん。一週間って、もっと長いかと思ってた。
でも、全然飽きなかったよ。あの猫の街を出た後に通った、
空気が甘いシロップみたいな香りのする不思議な村とか……」
二日目、私たちは花の精霊が管理する、虹色の花畑を突っ切った。
三日目には、夜になると影だけが独立して踊りだす宿場町に泊まり、
怖がる私に櫂さんは「彼らはただの寂しがり屋ですよ」と隣で笑った。
五日目に見た、重力を無視して逆さまに空へ流れる滝の輝き。
どれもが、私の中途半端な日常を粉々に打ち砕くほど鮮烈だった。
「……それに、馬車の中で櫂さんが話してくれた、古い魔法の歴史。
学校の教科書よりずっと面白くて、物語の中にいるみたいだった。
私のリボン、一度も退屈な灰色にならなかったよ。……本当に楽しかった」
私は右手の指輪に触れた。『虚空の蔵』の中には、
道中の村々で見つけた、不思議な木の実や魔法の石が詰まっている。
櫂さんは、私の満足げな表情を見て、ふっと穏やかに目を細めた。
「それは良かったです。……ですが、紬さん。ここからは『観光』では
ありませんよ。私が本来ここへ来た目的……その光景を、隣でじっくり
見ていてください。きっと、あなたにとっても良い経験になりますから」
櫂さんの視線の先、美しい荒野の中央に、どろりとした黒い泥のような、
あるいは空間そのものがひび割れたような、異様な「歪み」が浮いていた。
そこから漏れ出す冷気は、これまでの旅で感じたどの魔力よりも鋭く、
不気味なほどの重圧を周囲の空気に放っている。
「……あれが、今回の仕事……『場所の調整』が必要なところなの?
なんだか、すごく怖そうだけど。櫂さん、一体何をするつもりなの?」
櫂さんは何も答えず、ただ静かに空中に手をかざした。
彼自身の『蔵』から、重厚な銀の装飾が施された黒塗りのトランクが、
音もなく目の前に現れる。一週間の夢のような旅路は終わり、
いよいよ出張の本番が始まろうとしていた。
私は気を引き締め、櫂さんの背中を見守った。
魔法使いが世界の綻びを修復するための「仕事」の真実が、
今、目の前で暴かれようとしていた。




