第4話:上客の背中
ミント水の最後の一滴を飲み干し、
私は大きな溜息をついた。
空を飛ぶための初期費用が五十万。
全教科カバーするスロットなら五千万。
あまりに世俗とかけ離れた金額設定に、
私は一つの素朴な疑問を口にした。
「ねえ、櫂さん。そんなに高い指輪、
普通は誰も買わないと思うんだけど。
お客さん、あまり来ないんじゃない?」
もっともな指摘だと自分では思った。
けれど、櫂さんは心外だというように、
さわやかに首を横に振った。
「そんなことはありませんよ。
皆さん、目的のためには手段を
選ばないものですから」
彼はカウンターを丁寧に拭きながら、
どこか遠くを見るような目で続けた。
「先日も、五千万の指輪が売れました。
五スロットの最上位モデルですね。
その方は、鑑定の魔法をフルセットで
希望されましたよ」
「……ご、五千万? 本当に買った人が
いるの? しかも、鑑定って何?」
「物の真贋や価値を完璧に見抜く、
『真実の眼』。
古美術商や宝石商の方には、
喉から手が出るほど必要な魔法です」
櫂さんは、お天気のニュースでも
伝えるような平然とした口調だった。
「その鑑定の魔法も、一回につき
レンタル料は十万円頂戴していますが。
五スロット分、五十万円のチャージを
笑顔で払っていかれましたよ」
「……じゅ、十万……。五回で五十万……」
昨日私が必死に払った千円が、
まるでおもちゃのお金に見えてくる。
世界には、私の想像もつかないような
「魔法の使い道」があるらしい。
「人生を左右する商談の席なら、
十万など安い投資だそうですよ。
……さて、紬さん。テストも終わり、
スロットは空のままでいいですか?」
櫂さんは、私の指にはまった
空っぽの銀の指輪を淡々と眺めた。
「……正直、五千万とか五十万とか、
私、逆立ちしても払える気がしない。
でも、一スロットだけじゃ、
何もできないって分かっちゃったし」
私は、銀色の指輪をじっと見つめた。
魔法の万能さを知ってしまった以上、
このまま終わるのが、
なんだか、もったいない気がした。
「……ねえ、櫂さん。ここで、
私をバイトで使ってくれない?
お給料で、指輪の代金を払うから」
思い切って提案してみたけれど、
櫂さんは困ったように眉を下げ、
さわやかな苦笑いを浮かべた。
「お気持ちは嬉しいですが、紬さん。
見ての通り、ここは小さな店ですし、
私一人で十分回せてしまうんです。
人員を増やす必要は、全くありません」
案の定、あっさりと断られた。
冷たいわけではないけれど、
明確に引かれた境界線。
私は、何も言い返せなかった。
中途半端な街の、中途半端な自分。
魔法という圧倒的な力の前では、
私はただの「客」に過ぎないのだ。




