第39話:魔法の吐息が混ざる街
石畳を叩く櫂さんの革靴の音が、軽やかに響く。
私は、右手の指輪から『虚空の蔵』の感触を
確かめながら、色鮮やかな旗がはためく商店街へと足を踏み入れた。
そこは、まるで童話の世界を煮詰めたような、不思議な活気に
満ち溢れていた。
「……ねえ、櫂さん! あの屋台、何焼いてるの?
お肉みたいだけど、焼けるたびに虹色の煙が出てるよ!」
「あれは雲トカゲの串焼きですよ。見た目は派手ですが、
味は鶏肉に近くて、食べると少しだけ体が軽くなります。
……あちらの雑貨屋には、感情に反応して歌うオルゴールや、
持ち主の夢を瓶詰めにした小物が置いてありますね」
私は、珍しい食べ物やキラキラした小物の数々に目を奪われ、
まるでお祭りに来た子供のように歩き回った。
バイト代の入った財布を握りしめ、自分へのお土産を選んだ後、
私たちは広場の中央にある白いベンチで小休止することにした。
櫂さんが買ってきてくれたのは、透き通った紫色のジュース。
ストローで一口飲むと、舌の上でパチパチと星が弾けるような
刺激があり、その後に花の香りが鼻を抜けていく。
今まで味わったことのない、清涼感と高揚感が入り混じった
不思議な飲み物だった。
「……ふぅ。美味しい。……ねえ、櫂さん。あの店……」
私が指差したのは、広場の一角にある重厚な樫の扉の店。
ショーウインドウには、複雑な彫刻が施された「杖」が、
天鵞絨のクッションの上に並べられていた。
それは、私の指輪とは違う、魔法使いの象徴そのものだった。
「……ねえ。私、もっとここで頑張って、魔法のこと勉強したら……。
いつか、レンタルじゃなくて、自分の力で魔法を使えるように
なれるのかな? ……そういうことって、あるの?」
私はジュースのカップを両手で包み、自分でも驚くほど
真剣な声で尋ねた。この世界の美しさと深さを知るほどに、
ただの『見習い店員』で終わるのが、もったいない気がしたのだ。
櫂さんは私の瞳をじっと見つめ、やがて優しく目を細めた。
「……可能性は、ゼロではありませんよ。紬さん。
魔法とは、技術であると同時に、世界の捉え方そのものです。
この出張で多くの『真実』を目にすれば、あなたの内にある
何かが、呼び覚まされることもあるかもしれません」
「本当!? 私、頑張るよ。櫂さんに認められるくらい、
一人前の魔法使いを目指しちゃうかも!」
「ふふ、それは楽しみですね。……ですが、まずは今夜の宿へ
向かいましょうか。観光で歩き疲れて、明日からの本番で
足が動かない……なんてことにならないようにね」
櫂さんは立ち上がり、夕暮れに染まり始めた石畳を歩き出す。
夕日に照らされた彼の背中が、いつもより少しだけ、
近く、そして温かく感じられた。




