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ロカシオン・マギ  作者: じょん-ドゥ


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第38話:湖底の水上都市

 湖底駅のホームに降り立つと、そこには湿り気を帯びた、けれど花の蜜

のような甘い香りの空気が満ちていた。私は櫂さんの後に続いて、真鍮(

しんちゅう)の重厚な回転扉を押し、駅の外へと踏み出す。その瞬間、

私は自分の目を疑い、あまりの光景にその場に棒立ちになってしまった。


「……えっ!? ちょっと、櫂さん! ここ、本当に湖の底だよね!?」


 目の前に広がっていたのは、中世ヨーロッパを思わせる石畳の美しい街

並みだった。オレンジ色のレンガ屋根の家々が幾重にも重なり合い、迷路

のような路地がどこまでも続いている。何より驚いたのは、頭上を見上げ

た時だ。そこには、透き通るような青空が広がり、白い綿雲がのんびりと

流れていた。湖の底に沈んだはずなのに、太陽の光が燦々と降り注ぎ、

街全体を暖かく包み込んでいるのだ。


「……どうなってるの? さっき列車で湖の深くまで潜ったのに、なんで

空があるの? あそこに見えるのは、本物の太陽なの? 私、混乱して、

何が現実か分からなくなっちゃいそうだよ」


 混乱して立ち尽くす私を横目に、櫂さんは涼しい顔で、コツコツと小気

味よい音を立てて石畳を歩き始めた。


「紬さん、これは紛れもない本物の空ですよ。ここは世界が折り重なって

いる特別な場所なのです。湖の底という物理的な位置は、この街の存在

を否定する理由にはなりません。見えているものが、ここでの真実です。

……陽だまりの温かさも、頬を撫でる風も。心地いいでしょう?」


 櫂さんの言う通り、肌を撫でる風は柔らかく、広場の中心にある噴水の

水の音はどこまでも澄んでいた。中途半端な街の喧騒けんそうとは

無縁の、おとぎ話の中に迷い込んだような美しさに、私は目を輝かせた。


「本当だ……。湖の底にこんなに広くて、綺麗な街があるなんて。……ねえ、

櫂さん! ここが、今回の『出張先』なの? ここで魔法を補充する

の? なんだか、お仕事っていうより、お城に招待されたみたいだよ!」


「いいえ。……残念ながら、目的地はここではありません、紬さん。私た

ちの本当の目的地はまだ遠く、ここからさらに険しい道のりを、いくつも

越える必要があります。……ですが、今日はもう日が傾いてきました」


 櫂さんは広場の中央にそびえ立つ、巨大な時計塔を見上げた。


「一気に移動するのは、まだ魔法に慣れていないあなたの体が持ちません。

今夜はこの街で一泊しましょう。宿を取ったら、夕食の時間まで、少し

観光でもしますか? 見習い店員の研修として、私がこの街を、隅々まで

案内してあげましょう。……どうですか?」


「えっ! いいの!? やったぁ! 観光、絶対にしたい!」


 私は喜びのあまり、思わずぴょんぴょんと跳ねてしまった。


「……あ、待って。荷物は……。あ、そうだ、『虚空のストレージ

に入ってるんだ! 重いトランクを持たなくていいなんて、最高だね!」


 私は右手の指輪を誇らしく掲げ、櫂さんの隣に並んで歩き出した。これ

から始まる、湖底の美しい街での特別な夜。明日からの厳しいお仕事の

前に、私はこの不思議な「空白地帯」の空気を、心ゆくまで楽しもうと

決めていた。

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