第34話:遺構の入り口
二階の改札を抜け、見慣れた広いデッキへと踏み出す。
駅前の広場は、夏休みの午後の茹だるような熱気に包まれていた。
目の前には大きな家電量販店がそびえ、大勢の人が行き交っている。
けれど、そのさらに奥。街の風景に溶け込んで、今はもう
人々に意識されなくなった巨大な百貨店の建物だけは、
数年前から時が止まったように、静まり返っていた。
「……ねえ、櫂さん。ここ、私が小さい頃からずっと閉まったままだよ。
家電量販店の陰で、なんだか忘れ去られたみたいで寂しいよね」
私がシャッターの下りた入り口を見上げると、櫂さんは
デッキの手すりに軽く手をかけ、眩しそうに巨大なビルを仰ぎ見た。
「ええ。ですが、人の意識から外れた『跡地』というのは、
こちら側の人間にとっては、絶好の結節点になるのですよ」
櫂さんは迷いのない足取りで、人通りの途絶えたビルの脇にある、
錆びついた鉄扉の前で立ち止まった。彼が指輪を軽くかざすと、
重苦しい音を立てて扉が内側へとゆっくり開く。
「……櫂さん、勝手に入って大丈夫なの? 不法侵入にならない?」
「ご心配なく。ここはすでに、私たちの管理下にある『通り道』です。
……さあ、地下へ。深ければ深いほど、世界は混ざり合う」
私たちは、非常用ライトが微かに灯る、ひんやりとした階段を
下りていった。かつての食品売り場だったのか、埃を
被ったショーケースが並ぶ無人の空間を抜け、さらに奥のエレベーターへ。
櫂さんが行き先ボタンの下、金属板を指でなぞると、沈黙していた箱が
低く唸りを上げた。表示階数は、地上ではありえない『地下七階』。
見慣れた地元駅の、その真下にこんな場所があるなんて。
「……地下七階なんて、このビルにあったっけ? 嘘でしょ」
「物理的な階数に意味はありません。私たちが向かうのは、土地の記憶が
深く沈殿した最下層……魔法使い専用の『プラットホーム』ですよ」
チーン、と澄んだ鐘の音が響き、エレベーターの扉が開いた。
目の前に広がっていたのは、殺風景な地下室ではなく、
高い天井を支える大理石の柱と、ガス灯のような柔らかな光に
照らされた、重厚な駅のコンコースだった。
櫂さんは窓口のような小さなカウンターへ歩み寄り、
古びた真鍮の呼び鈴を鳴らした。
「……さて、紬さん。切符を買いましょうか。
残念ながらここでは、Suicaやスマホ決済は使えませんよ」
櫂さんは苦笑しながら、私の目の前に古めかしい厚紙の切符を二枚、
並べて見せた。そこには見たこともない幾何学模様が刻まれている。
支払ったのはお金ではなく、何かの「契約」のような気配だった。
「……すご。これ、本当に電車に乗るための切符なの?」
「ええ。……紬さん、そろそろ列車が来ます。
ここから先は『視線』を逸らさないように。
迷いが生じると、ホームが消えてしまうことがありますから」
櫂さんは、暗闇の奥から響いてくる重厚な蒸気の音に目を細めた。
私は、自分の指に光る指輪を強く握りしめる。
これから乗る列車が、私をどんな「空白地帯」へ運んでいくのか。
怖さと好奇心が、胸の中で激しく火花を散らしていた。




