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ロカシオン・マギ  作者: じょん-ドゥ


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第30話:白昼夢の招待状

 セミの声がレンガの壁を激しく震わせる、本格的な夏がやってきた。

 終業式を終え、熱を帯びたアスファルトを蹴って辿り着いたのは、

 いつもの『ロカシオン・マギ』の扉だ。カラン、と涼やかな音を

 立てて店に入れば、そこには外の喧騒を切り捨てたような静寂と、

 ハーブの香りを纏ったかいさんがいた。


「櫂さん、今日から夏休みに入ったよ。……あの、バイトのシフト

 なんだけど、私、毎日ここに来た方がいいのかな?」


 私はカウンターにカバンを置き、期待を込めて尋ねた。一人で家に

 いるよりも、この不思議な店でカタログを読んでいる方が、今の私

 にはずっと「日常」らしい気がしていたから。櫂さんは淹れたての

 アイスティーにミントを添え、穏やかに首を振った。


「シフトはお任せしますよ、つむぎさん。学生の特権である

 長期休暇を、この薄暗い店だけで浪費するのは感心しません。

 ……ただ、来月の上旬、この三日間だけは店を閉める予定です」


 櫂さんがカレンダーの特定の日付を指差した。年中無休に近いこの

 店が、三日間も完全に閉まるなんて、今まで一度もなかったことだ。


「え、完全にお休み? もしかして、櫂さんも夏休みを取るの?」


「いいえ。少々、遠方まで『出張』に行かなければならなくてね。

 魔法の補充と、ある『場所』の調整です。……私一人で十分な

 用事ですから、その間、あなたは羽を伸ばしてきなさい」


 出張。魔法の補充。そして、場所の調整。聞き慣れない単語の

 羅列に、私の好奇心は一気に跳ね上がった。この中途半端な街を

 離れて、櫂さんは一体どこへ行くというのか。


「……出張って、どこに行くの? 魔法の材料を買いに山奥へ

 行ったりするの? それとも、別の街にあるレンタル屋?」


「……さて。どこでしょうね。言葉で説明できるような場所では

 ないのですが。……強いて言うなら、地図の空白地帯ですよ」


 まただ。櫂さんはいつものように、核心に触れそうになると

 さらりとはぐらかす。けれど、その瞳の奥には、以前よりも

 深い「影」が揺らめいているように見えて、私は胸がざわついた。

 一度気になり始めると、もう止まらない。私は身を乗り出した。


「……ねえ、櫂さん。その出張、私も一緒に行けないかな?

 私、もう見習い店員だし、魔法の補充とか、見てみたい。

 一人で留守番してるより、役に立てると思うんだけど……ダメ?」


 自分でも驚くほど、真っ直ぐな言葉が出た。櫂さんは意外そうに

 少しだけ目を見開き、それから困ったように顎に手を当てた。

 沈黙が流れ、氷がカランと音を立てて溶ける。彼は私の瞳を

 じっと見つめ、やがて諦めたように、長く深い溜息をついた。


「……同行を望みますか。正直、観光気分でいられるような

 場所ではありませんが。……今のあなたなら、その『門』を

 潜る資格があるのかもしれませんね。……いいでしょう」


 櫂さんは、これまでにないほど柔らかく、けれどどこか

 覚悟を決めたような笑みを浮かべて、私を真っ直ぐに見据えた。


「三日間、私に付いてきなさい。……ただし、そこにあるのは

 カタログに載っているような便利な魔法ではありません。

 ……世界の裏側を覗く準備は、できていますか? 紬さん」


 承諾の言葉。私の心臓は、期待と少しの恐怖で跳ね上がった。

 二スロットの指輪が、主人の高揚に呼応するように微かに熱を持つ。

 中途半端な街を離れ、魔法使いの本当の『場所』へ。

 私の夏休みは、想像もしていなかった物語へと動き出した。

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