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ロカシオン・マギ  作者: じょん-ドゥ


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第27話:三日間の空白と、再会の鐘

 私が「三日だけ待ってみて」と瀬戸くんに告げ、櫂さんの指を止めた

あの夜から、私の世界は一変した。学校での日常は、まるで薄暗い霧に

閉じ込められたように不鮮明になった。いつもなら、グラウンドから

響く彼の威勢のいい掛け声が、この日常に確かな色を与えていたのに。


「……ねえ、紬。瀬戸くん、今日も休みみたい。どうしたのかな」


休み時間、親友の愛実まなみが、心細そうに私の顔を覗き込んできた。

彼女は何も知らない。自分の存在が、一人の少年の心をこれほどまでに

激しく掻き乱したことなんて。彼女の純粋な「心配」が、今の私には

研ぎ澄まされた刃のように胸の奥底に突き刺さる。事情を知っているのは、

この学校で私一人だけだった。


「……そうだね。瀬戸くん、案外体が弱いところ、あるのかもね」


私は引きつった笑顔を貼り付け、自分の指に嵌まった二スロットの

指輪を、無意識に何度も弄った。そこには、彼の苦しみを一瞬で

消し去る『忘却の霧』が、冷たく静かに眠っている。私がこの銀色の

輪をなぞり、術式を起動させれば、彼は愛実への想いも、この三日間の

地獄のような葛藤も、すべてを無かったことにして笑えるはずなのに。

 あの日、私が櫂さんの指を止めてまで提案した「三日の猶予」。

もし、あのまま彼に魔法を掛けさせてあげていたら、今頃彼は学校に来て、

何もなかったかのように笑っていたのかもしれない。私の余計な一言が、

彼を余計に苦しめているのではないだろうか。一日目、二日目、そして

三日目。彼の席はポッカリと穴が開いたままで、担任の先生が

「体調不良で欠席だ」と告げるたびに、私の胸はざわざわと波立った。

 放課後のチャイムが鳴ると同時に、私は愛実の誘いを振り切り、

逃げるように学校を飛び出した。レンガ造りの店へと続く路地裏は、

燃えるような夕暮れの赤に染まり、家路を急ぐ人々の影を不気味に

長く引きずっている。心臓が口から飛び出しそうなほど、激しく、

痛いくらいに脈打っていた。


「……ただいま戻りました、櫂さん。……瀬戸くんは、まだ?」


ドアベルを鳴らして店に入ると、櫂さんは相変わらずの余裕を湛え、

カウンターの奥で琥珀色の液体をカップに注いでいた。


「おかえりなさい、紬さん。……いよいよ、あなたが提案した三日目の、

最後の日没が近づいてきましたね。彼が自分の足で現れるか、

それとも魔法に縋るのか。……ほら、来ましたよ」


 櫂さんが視線を向けた先、曇りガラスの向こう側に、一つの影が映った。

カラン、と。あの夜よりもずっと重く、けれど迷いのない音を立てて、

瀬戸くんが、三日ぶりに私の前に姿を現した。

 彼の顔は、幽霊のようにやつれていた。目の下には酷く深い隈があり、

頰は数年経ったかのように削げている。けれど、その瞳の奥には、

あの夜の泥のような絶望ではなく、凪いだ海のような、不思議なほど

静かな光が宿っていた。


「……来たんだね、瀬戸くん。……三日間、どうしてたの?」


私の問いに、瀬戸くんはゆっくりとカウンターの椅子に腰を下ろした。

彼は震える手で、ポケットからクシャクシャになった三千円札を出し、

それをカウンターの上に置いた。


「……学校、行けなくて悪かったな。ずっと、部屋にいた。

佐々木さんのことを、ずっと考えてた。……全部、消そうと思ったんだ。

何度も何度も、お前に電話しようとした」


 瀬戸くんの声は掠れていたけれど、不思議と芯が通っていた。


「でも、そのたびに……あいつと話した時の、あの胸の温かさまで

消えちゃうのが怖くなって。紬、お前が言った意味、やっと分かった

気がする。だから、俺は決めたんだ」


 私は、自分の指輪から伝わってくる魔力の拍動を感じた。


「……それで、瀬戸くん。あなたの出した、答えは……?」


瀬戸くんは、櫂さんの方を真っ直ぐに見据えた。


「店主さん。……この三千円は、魔法の代金じゃない。三日間、

俺に『自分』を捨てさせなかった、紬への報酬として受け取ってくれ。

……魔法は、もういらない。苦しいけど、この痛みも俺の一部だから。

……消さないで、持っていくよ」


 その瞬間、私の指輪から銀色の光がふわりと霧散していった。

櫂さんは満足げに目を細め、カウンターの上の三千円を魔法で消し去ると、

彼のために新しいお茶を用意した。


「素晴らしい決断です、瀬戸さん。心を育てるのは便利な魔法ではなく、

あなた自身の勇気です。……そして紬さん。魔法を売らずに彼を守った

あなたの仕事、実に見事でした。……さて、温かいお茶をどうぞ」


 中途半端な街の、小さな魔法のレンタル屋。私たちの長い三日間は、

一滴の魔法も使われることなく、一人の少年の確かな一歩によって

美しく幕を閉じた。

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