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ロカシオン・マギ  作者: じょん-ドゥ


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第23話:鏡の中の「あの子」

 夕暮れの斜光が店内のアンティークを赤黒く染め、床に長く歪んだ影を落とす。

 私はノートの端を指が白くなるほど握りしめ、瀬戸くんの次の言葉を待った。

 クラスの人気者である彼を、これほどまでに追い詰め、魔法という非日常へ

 逃避させるほどの恋の相手。一体、どんな高嶺の花なんだろう。私は自分の

 心音を落ち着かせるように、ゆっくりと深く息を吐き出し、彼を見つめた。


「……それで、瀬戸くん。その、振り向いてほしい『好きな子』っていうのは。

 ……一体、誰のことなの? 私もよく知っている人だったりするのかな」


 私は努めて冷静を装いながら尋ねた。けれど、心臓の鼓動は早鐘のように

 耳の奥で鳴り響き、ペンを握る右手が微かに震えるのを止められなかった。

 瀬戸くんは顔を覆うように両手を当て、深く、重い溜息を何度もついた。

 指の間から覗く耳の先まで真っ赤になっているのが、カウンター越しでも

 痛いほど伝わってくる。彼は震える声で、絞り出すように、名前を呼んだ。


「……同じクラスの、佐々木さんだよ。……白石、お前もよく知ってるだろ」


「…………えっ? 佐々木さんって、私の親友の、あの愛実まなみのこと?」


 一瞬、店内のすべての音が消え、時間が凍りついたような錯覚に陥った。

 カチ、カチ、と規則正しく壁の時計が刻む音だけが、耳障りに響いている。

 私は差し出したペンの先を宙に浮かせたまま、文字通り固まってしまった。

 愕然とした。瀬戸くんが語る「好きな子」は、私を一番近くで支え続け、

 毎日お弁当を一緒に食べている、あの笑顔の絶えない親友だったのだから。


「そうだよ。……お前たちがいつも仲良くしてるのは、嫌っていうほど見てる。

 佐々木さんがたまに見せる、誰にでも裏表なく優しいところとか……。

 お前のくだらない冗談に、お腹を抱えて笑ってる横顔とか……。

 気づいたら、俺、アイツのことばかり目で追うようになってたんだよ。

 でも、あいつ……俺のことなんて、ただの同級生としか見てないだろ?」


 瀬戸くんの独白は、あまりにも切実で、そしてあまりに絶望的だった。

 なぜなら、彼はまだ肝心なことを知らない。愛実には、もう中学生の頃から

 ずっと付き合っている、他校の、優しくて一途な彼氏がいるのだ。

 彼女が幸せそうにスマホを見つめ、ノロケ話を私に聞かせてくれる姿を、

 私は昨日も、一昨日も、放課後の教室で見たばかりだった。


「……あ。……瀬戸くん、あの、その……。愛実には、そのね……」


 真実を告げるべきか、それとも店員として魔法の代償を淡々と説くべきか。

 喉まで出かかった「彼女には彼氏がいる」という言葉が、呪いのように

 私の舌に絡みついて離れない。もし今、この残酷な事実を突きつければ、

 彼は一体どんな顔をするだろう。私の脳内は激しい混乱で白く染まった。

 その時だった。カラン、と乾いたドアベルの音が、静寂を打ち破った。

 夜の冷たい空気を全身にまとったかいさんが、予定よりも

 少しだけ早く店に戻ってきたのだ。彼はカウンターに漂う異様な空気を

 鋭い直感で察したのか、いつものさわやかな微笑を湛えつつ、目を細めた。


「おや……。随分と熱心な『聞き取り』をされているようですね。

 ……紬さん、お客様のご要望は、綺麗にまとまりましたか?」


 櫂さんの声は、絶対零度の透明な刃のように、私たちの間に割り込んだ。

 私は助けを求めるように彼を見上げたが、その瞳は相変わらず、

 深淵しんえんを覗き込むような冷たさをはらんでいた。


「……櫂さん。あのね、瀬戸くんは、その……。魔法で、好きな人の

 心を変えたいって……。でも、相手には、もう……」


 私は震える指先でノートを指し、途切れ途切れに事情を説明した。

 瀬戸くんは戻ってきた店主の圧倒的な存在感に気圧され、青ざめた顔で

 椅子に深く沈み込んでいる。


「なるほど。他人の心を奪うための、数千万、あるいは数億の術式ですね。

 ……いいでしょう。紬さん、後の判断は私に任せてください」


 櫂さんは優雅にコートを脱ぎ捨てると、獲物を定める猟師のような目で、

 瀬戸くんを真っ直ぐに見据えた。

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