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ロカシオン・マギ  作者: じょん-ドゥ


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第21話:初めての留守番

 その日は、開店して間もなくかいさんが外出の準備を始めた。

 いつもならカウンターの奥で、優雅に古い洋書をめくりながら

 琥珀色の紅茶を嗜んでいる時間なのに。彼は手際よく帳簿を閉じ、

 クローゼットから上質なウールのコートを取り出して羽織った。


つむぎさん、少し用事で出かけてきます。一時間ほどで

 戻りますが、その間に客が来たら『聞き取り』を頼みます」


「えっ!? 私一人で!? ……無理だよ、絶対に緊張しちゃう。

 変な人が来たらどうすればいいの? 警察を呼べばいい?」


 私の情けない泣き言に、櫂さんは困ったように細い眉を下げて、

 春の陽だまりのような、どこか楽しげな微笑みを私に向けた。


「大丈夫ですよ、今のあなたなら。適切な距離を保ち、相手の言葉を

 鏡のように反射するだけでいい。ああ、それから……」


 櫂さんは急に真面目な、絶対零度の厳格さを帯びた瞳になり、

 私の右手の指に嵌まった二スロットの指輪をじっと見つめた。


「もし、少しでも生命の危険を感じたら、躊躇わずにその指輪の

 『転移ゲート』を使ってください。一瞬で私の隣へ飛べます。

 一人で抱え込まず、すぐに私を頼ること。いいですね?」


 二スロットの片方に込められた、店主の元へ瞬時に移動する魔法。

 その銀の重みを指先に感じながら、私は小さく頷いて彼を見送った。

 カラン、と乾いた音を立ててドアが閉まり、店内に私一人だけの

 深い沈寂ちんじゃくが流れる。改めて店内を見渡してみると、

 櫂さんのいない『ロカシオン・マギ』は、まるで現実世界から

 切り離された孤島のような、底知れない奇妙な静寂に満ちていた。


「(大丈夫、深呼吸して。カタログを読んで予習していればいい)」


 私は自分に言い聞かせ、分厚い革表紙のカタログを開いた。

 けれど、誰も来なければいいな……なんて弱気な逃避行の思考が

 頭をかすめていた、まさにその瞬間のことだった。

 カラン、と。

 静寂という幕を鋭く引き裂くように、小気味よいベルが鳴った。


「い、いらっしゃいませ……っ!」


 私はバネが弾けたように椅子から立ち上がり、裏返りそうな声で

 精一杯の「店員らしい挨拶」を絞り出した。

 けれど、入ってきた人物の顔を捉えた瞬間、私の思考回路は、

 凄まじい衝撃を受けた精密機械のようにフリーズしてしまった。


「……え、白石しらいし? なんでお前が、こんな店にいるんだ」


 そこに呆然と立っていたのは、同じクラスの瀬戸せとくんだ。

 運動神経が抜群で、常にクラスの中心にいる明るい彼が、

 何故、この地図にも載らないような路地裏の店に現れたのか。


「……瀬戸くん。……えっと、バイト。私はここでバイト中。

 瀬戸くんこそ、どうしてここが分かったの?」


 驚きで震える私をよそに、瀬戸くんは吸い寄せられるような、

 どこか確信に満ちた熱い眼差しで店内の装飾や棚を見渡した。


「悩み事があってさ。ずっと出口のない迷路にいるみたいで……。

 でも、ここなら『魔法』で解決できるって、分かったんだ。

 直感っていうか、そんな気がして入った。……ここ、だろ?」


 瀬戸くんは、極めて当然のことのように「魔法」と口にした。

 その瞬間、私の背筋に、氷の刃でなぞられたような違和感が走る。

 そういえば、あのお母さんの病気を治したいと言った女の子。

 結衣ゆいちゃんもそうだった。最初からここを魔法の店だと、

 疑いようのない事実として知っていたのだ。


「(……普通の人は素通りするこの店に、悩める人だけが

 吸い寄せられる? この不思議な引力は、一体何……?)」


 この現象の正体については、後で絶対に櫂さんに聞いてみよう。

 今は、混乱する頭を叩き起こして、目の前のクラスメイトに

 従業員として対応しなければならない。

 私は微かに震える指先を隠しながら、カウンターの引き出しから

 聞き取り用のノートを取り出し、新しいページにペンを構えた。

 インクの匂いが、少しだけ私に現実感を取り戻させてくれる。


「……瀬戸くん、とりあえず座って。温かいお茶、淹れるから。

 まずは、あなたの『悩み』について、私に聞かせてほしい。

 店主が帰ってきたら、必ず最善の方法を相談してみるから」


 初めての、店主のいない私一人の真剣勝負。

 クラスメイトの抱える「悩み」の深層を、私は暴かなければ。

 彼を、この人知を超えた場所まで連れてきた、本当の理由を。


「……おう。サンキュー、白石。実はお前に聞いてもらうのが、

 一番いいのかもしれねえ。……話し始めてもいいか?」


 瀬戸くんは重い溜息とともに椅子に深く腰掛けた。

 窓から差し込む夕刻の斜光が、彼の影を長く、複雑に伸ばす。

 私は小さく頷き、彼の魂の叫びを逃さないように姿勢を正した。

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