第20話:初めての給料日
結衣ちゃんのあの日から、
『ロカシオン・マギ』の平穏は、
驚くほどに守られ続けていた。
扉を叩く客は一人も現れない。
都会になりきれないこの街の、
静かな午後が過ぎていくだけだ。
「……ねえ、櫂さん。今日も、
本当にお客さん来ないね」
私はお気に入りになった席で、
ハーブティを片手に、
魔法のカタログを捲り続けていた。
これが私の、毎日の「業務」だ。
「いいじゃないですか。
知識を蓄えるのも立派な仕事です。
君が熱心に読んでくれるので、
カタログも喜んでいますよ」
「……でも、それだけなのに。
とうとう給料日が来ちゃった」
カレンダーを見つめ、私は
申し訳なさで胸が一杯になった。
お茶を飲んで、本を読んで、
たまに櫂さんと雑談するだけ。
これで本当にお金をもらって、
いいんだろうか。
「……櫂さん、お給料、いらないよ。
私、何も役に立ってないもん。
申し訳なくて、受け取れない」
「おや。それは困りましたね」
櫂さんはペンを置くと、
困ったように眉を下げて笑った。
「契約は絶対ですよ、紬さん。
私は君の『時間』を借りた対価を
支払わなければなりません。
……受け取らないのは不快ですよ?」
彼はそう言って、
厚みのある封筒を差し出した。
中には、高校生の私には
十分すぎるほどの現金が入っている。
「……こんなに、いいの?」
「ええ。君があの日、
私の指示通りに動いて、
適切な判断を下した報酬です。
……正当な労働の対価ですよ」
櫂さんの言葉は、相変わらず
淡々としていて、迷いがない。
けれど、その真っ直ぐな瞳に、
私は封筒をぎゅっと抱きしめた。
今の私には、このお金に見合うだけの
価値が本当にあるんだろうか。
ただ守られているだけの、
「おまじない」しかできない店員。
「……ありがとう。
私、もっとちゃんと勉強する。
このお店に、いなきゃいけないって
思ってもらえるように、頑張るから」
私は、自分の指に光る
二スロットの指輪を強く握りしめた。
魔法のレンタル屋の、見習い店員。
甘えてばかりはいられない。
私は決意を新たにして、
再び分厚いカタログを開いた。




