第19話:真のプロデュース
オレンジ色に染まった路地を抜け、
私はレンガ造りの店へと戻った。
ドアベルの音が、どこか
誇らしげに店内に響き渡る。
カウンターの奥では、櫂さんが
相変わらず優雅に読書をしていた。
「おかえりなさい、紬さん。
随分と清々しい顔ですね。
売上の方は、どうなりましたか?」
櫂さんは本を閉じると、
試すような瞳で私を見つめた。
私は胸を張って、
空っぽの右手を差し出してみせる。
「売上はゼロだよ。結衣ちゃんに
おまじないを教えて、そのまま
帰しちゃった。病気じゃなくて、
赤ちゃんだったから」
私は産婦人科での出来事を
一気にまくしたてた。
高額な魔法を売るチャンスを
逃した私に、櫂さんは
ふっと短く息を吐いて笑った。
「合格ですよ、紬さん。
我々の仕事の本質は、ただ魔法を
貸し出すことではなく、お客様の
幸せをプロデュースすることです」
「……え、怒らないの?
さっきは『聞き取りじゃない』って
あんなに厳しく言ったのに」
「もちろんです。もしあの状況で
君が言った通りに回復魔法を
売っていたら、どうなっていたか」
櫂さんは少しだけ真面目な顔になり、
教え諭すように指を立てた。
「妊婦の体に強力な治癒の術式を
流し込めば、中の赤ちゃんにまで
過剰な魔力が干渉してしまいます。
……最悪、取り返しのつかない
事態になっていたでしょうね」
その言葉に、私は背筋が凍った。
さっき私が櫂さんに言った提案が、
新しい命を壊していたかもしれない。
「だからこそ、足を運ばせたのです。
必要のない魔法を売らない。
それもまた、この店を守る者の
大切な判断ですよ」
「……そっか。よかった」
私は温かいカップを両手で包み、
その温もりに顔をほころばせた。
魔法のカタログに載っている
どんな高価な術式よりも、
櫂さんの言葉が、今の私には
最高のご褒美に感じられた。
「さあ、お茶が冷めないうちに。
明日はもう少し『儲かる』客が
来るといいですね」
櫂さんはいつもの、少し意地悪で
さわやかな微笑みに戻り、
私の隣で自分のお茶を啜った。




