第18話:新しい命の予感
結衣ちゃんの小さな手に引かれ、
辿り着いた場所は、大きな建物だった。
けれどそこは、私が想像していた
重苦しい総合病院ではなかった。
「……産婦人科?」
入り口に掲げられた看板を見て、
私は思わず足を止めた。
パステルカラーの壁に、
赤ちゃんのイラスト。
そこは、死の影が漂う場所ではなく、
新しい命を待つための場所だった。
「おかあさん、ここにいるの。
ずっとねんねして、
おなかがポンポコリンなの」
結衣ちゃんは真面目な顔で、
自分のお腹を膨らませて見せた。
その瞬間、櫂さんの言葉が、
パズルのピースのように繋がった。
お母さんは病気なんかじゃない。
赤ちゃんを授かって、
大事をとって入院しているだけ。
けれど、結衣ちゃんの目には、
大好きな母親を苦しめている
「怖い病気」に見えたのだ。
「……結衣ちゃん。お母さんね、
病気じゃないんだよ。
中に、結衣ちゃんの弟か妹がいて、
頑張って育ててるんだよ」
「……まほう、いらないの?」
結衣ちゃんは不安そうに、
重いブタの貯金箱を抱き直した。
彼女にとって、貯金箱を差し出すのは、
お母さんを助けたい一心。
魔法が必要ないと言われることは、
自分の祈りが届かないことと同じだった。
私は、指輪に触れようとした手を止めた。
代わりに、あの夜、店主の温かな手が
私の頭に乗った時のことを思い出す。
術式もスロットも代金もいらない、
一番頼りになった、あの瞬間のことを。
「ううん。とっておきの魔法、あるよ」
私は結衣ちゃんの前にしゃがみ込み、
彼女の小さな頭を優しく撫でた。
ゆっくりと、髪を梳くように。
「これはね、お母さんに元気を分ける
特別なおまじない。……これを
結衣ちゃんがしてあげれば、
お母さんも、赤ちゃんも、
とっても元気になるんだよ」
結衣ちゃんの瞳に、
小さな希望の光が灯った。
貯金箱をぎゅっと抱え直して、
彼女は力強く頷いた。
「……うん! わたし、やってみる!」
駆け出していく小さな背中を見送り、
私は自分の空っぽのスロットを見つめた。
魔法のレンタル屋の店員として、
これが正解だったのかは分からない。
けれど、私の心は、
夕暮れの風のように軽かった。




