第12話:従業員証の重み
一夜明けて、放課後。
私は宣言通り、レンガ造りの店、
『ロカシオン・マギ』の扉を開けた。
昨日までの「客」としてではなく、
今日からは「従業員」としての入店。
背筋が少しだけ、ぴんと伸びる。
「いらっしゃいませ。
……いえ、お疲れ様です、紬さん」
カウンターの奥で、櫂さんが
さわやかな笑顔で、私を迎えてくれた。
彼は私が席に着くよりも早く、
私の右手をそっと取った。
「さて、バイトを始める前に。
その指輪をアップデートしましょう。
……先日のような事態は、
店主として二度も許容できません」
櫂さんが私の指輪に指を添えると、
銀の輪が熱を持ち、細工が複雑に
書き換えられていく。
「これで、スロットは二つ。
片方には、あらかじめ
『転移』の術を
セットしておきました」
「え、これ、あの五万円の……?
勝手に増やしちゃっていいの?」
「ええ。もしまた危険な目に遭ったら、
躊躇わずこれを起動してください。
一瞬で、私の元へ戻ってこれます。
従業員を守るための必要経費ですよ」
櫂さんは、まるでお仕着せの
制服でも渡すような口調で言った。
「一度使えば再装填が必要ですが、
その代金も店が持ちましょう。
それから、今後あなたが私的な理由で
魔法をレンタルする場合ですが」
櫂さんは人差し指を立てて、
茶目っ気たっぷりに目を細めた。
「全てのレンタル料を半額にします。
いわゆる、従業員割引ですね。
これで、少しは仕事に
身が入るでしょうか?」
「……半額!? 五百円でいいの?」
一瞬、心が躍った。けれどすぐに、
自力で歩くと決めた時の思いが蘇る。
安易に魔法には頼らない。
「……あ、でも。私、
すぐには借りないと思うけど。
……ありがとう、櫂さん」
私は一つ、肝心なことを尋ねた。
「……で、私の仕事は?
何を手伝えばいいの?」
「そうですね。紬さんの仕事は、
主に二つあります。……一つは、
お客様への『聞き取り』です」
「聞き取り……?」
「魔法を借りに来る方は、往々にして
自分の本当の望みに無自覚です。
それを、君のその賑やかさで
引き出してほしい。私にはない、
『人の心』への歩み寄りですよ」
櫂さんの瞳が、
深い海の底のように凪いでいた。
「もう一つは……。
私が『善悪』で判断を誤らないよう、
隣で見ていてほしい。
君が不快だと思ったら止めてください」
それは、想像していたよりも
ずっと重くて、大切な役割。
私は二スロットになった指輪を眺め、
期待と不安を胸に、力強く頷いた。




